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第117話 港町ドゥルボル

アンデッドの群れを退け供養した俺たちは、東の港をめざし馬車を進めた。そして出発から5日目、この世界で初めて海を目にした。

 幸いこの日はその後は平穏だった。

 寝不足の上に俺もリナもMPが回復しきっておらず、キツい状態だったので助かった。


 フンデアという小さな街で休憩を挟んでから、3つの商隊はまた別行動になった。ドゥルボルの港に向かうのは同じでも、着きたいタイミングがそれぞれ異なっていたためだ。


 別れ際にモウラたちのパーティーが会いに来て、マイアが律儀に

「誤解しててごめんなさい。女の子たちと信頼し合ってるんだってわかったわ」

と頭を下げてくれて、かえって居心地が悪かった。そんな大層なもんじゃないし、仲良くやってるだけだから。

 お互い王都デーバの冒険者ギルド所属だから再会することもありそうだし、ノルテたちと仲良くなったようだから、今度一緒にクエストをやろう、って約束をした。

 

 モウラたちの雇い主であるエデラという女商人と、ファブレガスたちの雇い主のドブロニクまで、わざわざ声をかけてくれた。

「アンデッドはほとんどあんたたちが片付けてくれたそうね」

「おかげで助かったぞ。縁があったら今度はうちの護衛に付いてくれ」

 どちらの商隊もパルテアをめざしているようだから、また会うかもしれないな。


 出発が遅くなったこともあって、その日はビルカという街についた時点で日没になり、やむなくそこで泊まることになった。だが、三軒しかない宿がほとんど埋まっていて、荷物のある商人たちはなんとか個室を取れたものの、俺たちは大部屋でも泊まれるところがなかった。


「すまんが、今夜の護衛はせんでいいから、野営して夜明けに宿の前に来てくれんかの?」

「これ、夕食代にしてちょうだい」

 契約では街と船では宿と食事は依頼主持ち、となってたから、これは違反なんだけど物理的に空いてないのは仕方ないからな。ヘイバルに頭を下げられ、ナターシアに一人銅貨3枚ずつの食事代をもらって、翌朝迎えに来ることにした。


 安い食堂で酒無しならおつりが来る額だったから、俺たちは手頃な店を見つけてたっぷり食べ、翌朝用のパンを買い込んでから、町外れの空き地にテントを張った。

 今夜は俺たちだけだから、大テントひとつだけだ。昨日も一昨日もぼっちだったからな。頭を下げられるようなことじゃない、むしろラッキーだ。


「こういうクエストを取ろうっていうんだから、我慢する覚悟が出来てるんだと思ってたのだけど?」

 そんな覚悟はない、ルシエン、断言しておく。そこにきれいな花が咲いているのに、人生を楽しまないなんて選択はないのだ。ほんの二ヶ月前の俺だったら考えられないけど。


***********************


 翌日は日中はなにごともなく、3台の荷馬車は快調に進んだ。


 ただ、ドゥルボル港までの最後の宿場街であるヴネンチを過ぎた所で野営になり、夜はオークの群れに襲われた。

 オークリーダー1匹、普通のオーク5匹の小さな群れだったから、誰も怪我をすることもなく返り討ちに出来たけど、結局、街の外に泊まった日は全て襲われているわけで、かなりリスク高いよな。


 ヘイバルたちも、

「こんなに治安が悪くなっているとは・・・」

と苦い顔をしていた。

「今後の商いはもっと利益を上乗せして売らないと、元が取れなくなりそうね」

 ナターシアは収支の見直しをさっそくしている、たくましい。


 そして、その日の昼前に、俺はこっちの世界に来て初めての海を目にしていた。


「あれが濃紺の海よ」

 ルシエンが指さす先には、晴れた日差しの下でも黒に近い、暗い色の水が広がっていた。スタボロー海峡を通って多島海とつながり、さらに大洋へと続く海だそうだ。

 ノルテもカーミラも海を見ること自体生まれて初めてらしく、興奮気味だ。


 ドゥルボルは漁港ではなく、商港であり軍港でもあるようだ。

 遠目に大きな帆を立てた外洋交易船らしい帆船が並んでいるのが見えたが、近づくと帆船だけではなく、背は低いが大きな船体のガレー船と呼ばれるタイプも多数停泊していた。長い櫂を使って多数の奴隷に漕がせる快速船で、軍船の主力はこうしたガレー船だという。


「これって、エルザーク王国の軍船ってこと?」

「あの紋章がエルザークよ?知ってるでしょ。でも他の国の軍船も結構寄港してるわね、あれがアンキラ、あっちはアルゴルね。それからパルテアの船も・・・」

 よく知ってるなー。


 商人たちはさっそく、よさそうな船を下見して船主と値段交渉をするのに動き回っている。その間、俺たちは荷物番だ。

 早い時間に港に着くよう急いだのは、なるべく条件のいい船を見つけて有利に交渉するためらしい。


 俺たちが着いてから半刻ぐらいしてから、港に着く荷馬車が急に増えてきた。

 昨夜ヴネンチの街に泊まった商隊の列のようだ。それに先んじて船選びが出来るよう、わざわざこちらはヴネンチを過ぎてから、危険な野営をしたわけだ。ヘイバルの知恵らしいが、さすがにベテランだ、ただ宿代をケチってたわけじゃないんだな。


 やがて、オスマルフとヘイバルの孫ハウト、ナターシアの奴隷ミクラの3人が戻ってきて、荷馬車の移動を始めた。


 向かった先の岸壁には、まだわりと新しそうな帆船が直付けしていた。腹に書かれた船名?だろうか、「東の風」とかって単語じゃなかったかな、東風丸か。

 少し沖に並んで浮かんでる大型帆船に比べると二回りぐらい小ぶりで、現代日本のタンカーとか貨物船に比べるとずっと小さい。正直、これで海外に行くの?って不安になるけど、この世界では普通なんだろうか。


 ルシエンに尋ねると、たしかに外洋商船としては小さめだが、これぐらいの船も普通に使われるそうだ。

「それに多分、この船の一番のメリットはあれだと思うわ」

 ルシエンが指さした方では東風丸の橫腹に岸壁から幅の広い板が渡されていた。

 幌をはずした荷馬車を直接そこから甲板の下の船倉に入れている。

 なるほど、これはカーフェリーみたいな作りなのか。


「大型帆船は沖に停泊してはしけで積み荷だけ運ぶ形になるから、馬車は持って行けないわ。荷車ごと積めるタイプを探したんじゃないかしら?」

「その通りです」

 そばにいたミクラが肯定した。


「船のタイプによって、ここで馬だけ売るか馬車丸ごと売るかが変わるんですけど、丸ごと買い直すのは大変ですし、パルテアに着いてからの陸路も長いですから」

 荷車ごと積める船は運賃は高くなるが、馬車丸ごと買い直す値段と時間、荷の積み卸しの手間、そして使い慣れた馬車をこの先も使えるメリットを考えると、こうした方がいい、という判断らしい。


「最近このタイプの新造船が人気があって、これをおさえるために急いだんですよ」

 そういうことか。

 ルシエンも納得したようだ。

「新型船らしいから速度が出るでしょうし、船内の状態もいいんでしょうね。ただ、大型帆船よりは小さい分、揺れるし、乗組員も少ないから海賊に出くわしたりすると怖いわね」

 やっぱり海賊とかいるんだよね、ぶっそうだな。


 あとでヘイバルに聞いたところ、幌馬車一台でパルテアまでは小金貨20枚、人は食事こみで一人5枚ぐらい取られるらしい。そんなに払っても儲かるの?って聞いたら、からからと笑われた。

「そこは商才と機を見る目次第じゃな、商いの醍醐味じゃ」

 じいさんはこういうハイリスクハイリターンな交易をなんだか楽しんでるみたいだ。生粋の商人なんだな。


 荷車を積み終えると預かり証と乗船券をもらい、馬を外してドゥルボルの街に売りに行く。

 馬はさすがに長い船旅に積んでいくのは難しいし、無駄でもある。パルテアに着いたら、また新たに荷馬だけ買って馬車につなぐそうだ。


 出港は明日の夜明けなので、荷車だけは先に積み込んで船側が安全を確保してくれることになっているが、人は今夜は船には泊まれない。そこで、商人たちが何度か使ったことがある「かもめ亭」という安宿に泊まることになった。


 大事な積み荷は既に船に預けて身軽になってるから、商人たちも経費節減のため、大部屋に泊まるそうだ。みんなアイテムボックスのスキルがあるから、貴重品は収納されていてスリとかの心配は無い。あとは、可能性は低いが、犯罪者に拉致とかされないように俺たち護衛が大部屋に一緒に泊まればすむ、というわけだ。

 

宿は素泊まりらしいので、夕食は商人たちと一緒に大衆酒場みたいな所に行った。今月から東方航路が開いたばかりってことで、かなり賑わってる。大半が船乗りと商人、護衛の冒険者だ。


 一杯だけ麦酒も振る舞ってくれて、みんなで乾杯した。ここまでの無事を神に感謝し、航海の安全と商売繁盛を祈る。

 それから、串焼きや焼き魚が次々運ばれてきた。さすが旅慣れた商人たちが選ぶだけあって、味も量も文句なしだ。


 ヘイバルが昔の交易で体験した珍しい話をしたり、オスマルフがパルテアの名物とか風習の話をしたりしてくれて結構盛り上がった。

 でも一番盛り上がったのは、ナターシアが若いハウトに好みの女のタイプを聞いたりしてからかって、ミクラやうちの女子たちがキャーキャーはしゃいでた時だ。ハウトには悪いが、おれが標的にされなくてよかった、こういう空気はコミュ障にはつらいから。それにハウトも美少女たちが沢山いて、楽しかったかもしれないし。

 うちの三人はもちろん、ミクラもかなり整った容姿だ。ナターシアが「あたしの若い頃にはおよばないけどさ」って言ってるのは、俺だけじゃなくヘイバル老人も聞こえないふりをしてた。


 宿の大部屋はかなり広くて、男用の方には30人ぐらい泊まるみたいだった。

 男女別だから俺は男チーム唯一の護衛で、ちょっと心配だし寂しいが、部屋の中にワンを出すわけにもいかない。革袋の中のリナだけが頼りだ。不寝番を頼み、なにかあればすぐ起こしてくれ、と言っておく。


 眠りに落ちるまでずっと、ゆるやかな潮騒が聞こえていた。

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