第115話 初めての共同作業
襲ってきた盗賊を退治した後は夜の間は何事もなかった。そして、護衛クエストの2日目、街道を行く俺たちはまず最寄りの街に、捕らえた二人を連行することになった。
翌朝はまず、捕らえた盗賊の残党2人を次のサラトという街まで連行することになった。
最後尾の馬車から10メートルほどのロープを伸ばして数珠つなぎにして、強制的に歩かせる。荷台の後ろにルシエンが乗って弓を持って監視しているから、真剣に歩かないわけにはいかない。
この世界では盗賊を捕らえた場合、最寄りの街の衛兵に引き渡せば、かなりの報奨金が出るそうだ。それなりの見返りがないと、盗賊にわずかな金をつかまされて逃がしてしまう者もいて、それは治安上良くないから、だそうだ。
そして引き渡された盗賊は、重罪の者や賞金首の者は処刑されることが多いが、それほどでも無い者は危険な鉱山などに犯罪奴隷として送り込まれるそうだ。報奨金はつまり奴隷として売った場合に得られる金に相当するわけだな。
「報奨金も依頼人と護衛で半々に分けるしきたりじゃ。あんたたちだけで戦って捕らえたのになんじゃが、これが一般的なルールだから理解してくれ」
ヘイバル老人がちょっとすまなそうに言うが、別にそれで構わない。俺たちだけじゃ街まで連れてくのも大変だし、手続きとか面倒なことは商人側が行うらしいし。ただし、魔物を退治した場合は、浄化をしたら魔石は浄化した者、つまり通常は冒険者のものになるそうだ。
昨夜の戦いぶりが評価されたらしく、商人たちの俺たちを見る目が変わった気がする。最初はなんとなく舐めている雰囲気のあったナターシアおばさんも、対等な相手に対する態度になった感じだ。とりあえず少しやりやすくなった。
「普通は10人の盗賊に襲われたら、この規模だと降伏して身代金を払うこともあるからな」
と、オスマルフが耳打ちしてくれた。
10人に一斉に襲われたら面倒だったけど、斥候と各個撃破出来たのがよかったな。
徒歩の盗賊を結びつけているせいで、馬車の進みはのろくなる。サラトの街がもう近かったのは救いだが、それでも衛兵に引き渡して商人たちが手続きを終えた時には、夜明けから2刻近く経っていた。
手続き中は馬を休められたし、俺たちもノルテとカーミラに街の市場で食材を買い込んで来てもらえたので有意義だった。今夜はちょっといい物が食べられそうだ。
「ノルテ、あごに何か付いてるわよ?」
ルシエンに指摘されたノルテが真っ赤になる。ついでに買い食いしてきたのか・・・俺は聞いてないふりをしてあげよう。食いしん坊二人に行かせわけだし、まあ、そうなるよな・・・
サラトはスクタリより小さな街だったけど、主要街道の宿場街だからか活気はそれなりにあるし、宿屋も何軒も見かけた。
出発すると、ちょうど前を行く他の商隊とタイミングがあって、並んで進むことになった。俺たちは午前中の遅れを取り戻すため、ちょっとペースを上げているが、向こうも同じような速さで間隔は変わらない。
次の休憩はちょうど昼時で、少し長めにとって馬たちにも草を食わせている。
その間に商人同士で何か話し合っている。
「シロー、ちょっと来てくれるか」
オスマルフに声をかけられた。こちらの商人3人と、相手側は7、8人いるな。ヘイバルが状況を説明してくれる。
「大体同じペースで進んどるから安全のためにしばらく一緒に進もうと思うんじゃが、護衛の皆も構わんか?」
「え、あー、俺らは別に異存ないけど?」
同じペースで進んでいたのは、他の2つの商隊で、荷馬車は3台と2台、それぞれに俺たちのように護衛の冒険者が1パーティーずつ付いていた。
3台の方には、ファブレガスというLV16の戦士がリーダーを務める男ばかりの5人パーティー。ざっと見たところ、戦士・戦士・冒険者・スカウト・僧侶で、全員がLV10以上。魔法使い系はいないが、武器戦闘なら頼りになりそうだ。
2台の方には、珍しい女子3人組のパーティーで、リーダーはモウラというLV11の冒険者。まだ17歳の少女で、他の二人も同年齢の魔法使いと巫女だ。巫女ってジョブはたしか処女限定だってあの奴隷商人が言ってたよな・・・いや、だからどうだってんじゃない、邪念なんて全くないのだ。
商人たちも護衛も互いに異存はないということで、隊列を連ねることになった。
これまでの並び通りで、俺たちは一番後ろをついていく形だ。全体の最後尾だから、後ろの警戒を厚めにした方がいいだろうと思い、カーミラとノルテの配置を入れ替えた。
馬車8台、護衛の冒険者が合計12人。これだけいれば、街道筋で盗賊に襲われる危険は減るだろう。
隊列は小休止を挟んでストラツァという街を通り過ぎ、日が傾くまでに次のフンデアという宿場までの半ばぐらいまで進んで、ようやく止まった。
初日に盗賊を迎え撃ったような、少し丘のように盛り上がった場所で、森が途切れ草地になって見通しがいい。たしかにここなら襲われにくそうだ。
荷馬車を中央に集めて、護衛パーティーのテントがそれを囲むように配置することになった。
女子3人組が付いている馬車2台は女商人が率いているようで、それが馬車の並びの東端、その隣にナターシアの幌馬車、そしてヘイバル、オスマルフと来て、男の商人ばかりの3台の馬車が西側にならぶ。
護衛のテントはそれを取り巻くように、最東端に女子3人パーティー、南側に俺たちの女子用大テント、南西側に俺の小テント、そして北西と北に男5人パーティーが2つのテントを張ることになった。
周辺の警戒は各護衛パーティーから順番に人を出すことになったので、比較的落ち着いて食事がとれる感じだ。
俺たちは、まず夕暮れから最初の一刻の警戒当番に手を挙げた。他の連中の炊事の火が焚かれ、いい匂いが空きっ腹にこたえるけど、考えがあってのことだ。
俺とノルテ、リナ、粘土犬のワンで、野営地のまわりを囲んで警戒にあたる。その間に、カーミラとルシエンには周辺の偵察に回ってもらいつつ、食材と薪の調達もさせるためだ。二人とも暗くなっても嗅覚や暗視力があるから、行動にほとんど不自由しないしな。
ちょっと離れた所で、薄暗くなった中、ファブレガスたちがテントを張っていた。
「おい、そっちのはもうちょっと西に寄せろよ、ガニス」
「あー、わかった・・・いてっ!」
鈍い音がして、大男が転んだようだ。
「大丈夫かぁ」
「あぁ、ってーな、なんかヘンな石ころがあって蹴飛ばしちまった・・・」
遠目に自然の石とは思えない大きな石板みたいなのが、割れて転がってるのが見えた。なんだろうな?あれ。
俺たちの担当時間が終わる頃、偵察を終えた二人が帰ってきた。
カーミラは山鳥を、ルシエンは食べられるキノコと野草、そして背嚢には薪になる木の枝などを取ってきてくれた。これで今夜の食事は多彩になるね。
ファブレガスのパーティーに警戒当番を引き継いで、俺たちは遅めの夕食と野営準備に入った。あいつらは魔法使いがいないから水も谷川に汲みに行ってたし、あまりゆっくり食事を取れなかったんじゃないかな、気の毒に。
薪に魔法で火をつけ、食材を水魔法で洗う。鍋に入れる水ももちろん魔法で出す。
俺とカーミラで鳥の丸焼きを作り、骨についた肉はノルテが鍋に入れてダシを取りつつ、ルシエンが刻んだキノコや野草を一緒に煮る。
リナは俺が出したセラミックのテーブルと椅子を並べてから、大テントの陰に“ドラム缶風呂”の準備をしている。
食事を始めると、隣から食事を終えた女子3人パーティーがやってきた。年の近そうな女の子たちがこっちにもいるから、様子を見に来たようだ。
「こんばんは、お邪魔してもいいですか?」
女子高生ぐらいの年のグループに話しかけられるなんて、俺には難度の高すぎるクエストだから、ノルテやルシエンに相手は任せて後ろに下がる・・・チキンと言わば言え、君子危うきに近寄らず?だよ。
「皆さんも王都の冒険者ギルド所属ですよね?私たち、冒険者学校卒の同期パーティーなんです・・・」
エルザーク王国には王立の冒険者学校なんてのがあるそうだ。俺は知らなかったけど、いかにも異世界物語だな。
まだ創立6年目とかで、彼女たちは一期生らしい。
生徒は下級貴族や裕福な商人の次男以下が中心で、基本的に13歳ぐらいから3年間のカリキュラムだ。在学中に15歳になってなんらかのジョブを得るので、最後の1年は生徒同士でジョブに応じたパーティーを組んで実習も行い、卒業するまでにレベル5まで上げることが目標になるそうだ。
「レベル5になれば、卒業と同時に王都の冒険者ギルドに登録する権利ができるから、すぐに働けるでしょ。そこまで上がらなかった者は冒険者以外の仕事に就くか、それでも冒険者になりたい生徒は、条件のゆるい地方のギルドで登録するのよ」
一番年下とわかったノルテに、モウラが詳しく説明する。
「じゃあ、皆さんは卒業までにLV5以上?優秀なんですね」
「ええ、一期生トップには残念ながらなれなかったけど、うちらも卒業の時には3人ともLV6になってたからねー」
LV10魔法使いのキンディーという小柄でぽっちゃり目の子は、一番おしゃべり好きなようで、飲み物を入れたコップを持ってきて喉をしめらせながら、ずっと高テンションだ。正直、俺はこういうタイプはちょっと苦手だ、益々後ろに下がっちまう。
でも、それまで物静かにしていた、マイアというLV11巫女が低い声で俺に聞いてきた。
「みんなシローさんの奴隷だそうだけど、それってどういう気分なんですか?」
さぁーっと、空気が冷えた。
「え、どういうって言われても・・・」
「しかも、みんな、そういうお相手なんですよね?」
「ちょっと、マイア、やめなさいよ、失礼じゃない」
リーダー格のモウラが一応たしなめる、けど、なんとなく同じようなことを思ってる雰囲気だな・・・こういうの、マジにきつい。
クラスの口が達者な女子グループとか、ほんと苦手だったし、今の状況に関しては俺自身が、端から見たらどうなんだろう?って後ろめたさみたいな気持ちもあるからなおさら空気が重たい。
「うちら、そろそろ警戒当番だね」
「そうね、失礼しよう・・・どうもお邪魔しました」
キンディーが話題を変えて、3人組はそそくさと自分たちのテントの方に戻っていった。
「ご主人様、悪気はなかったと思いますし・・・」
「あ、うん、いや、かえって気を遣わせちゃって」
悪気はなかったろうな、むしろ正義感か潔癖なのか、俺だってあっちの世界で他の男がこういう状況だったら、爆発しろ、ぐらい言ってるから。
気を取り直して、順番にドラム缶風呂を使った。とは言え、お湯を入れてあるのは膝ぐらいの浅さだ。
これなら、ドラム缶内でしゃがんでから服を脱げば、まわりからも見られない。
「お湯の追加はいらないかな」
「リナがやってくれるから、シローは来なくていいから」
つれないです、ルシエンさん。俺の楽しみを・・・
「・・・ねえ、あれなにやってるのかな?」
「ひょっとして浴槽!?野営中に、信じられなーい」
「でもちょっとうらやましくない?」
モウラたちが遠目に見てなにか話してるけど、気にしない。
順番にお湯を使った後は、俺たちの次の当番は夜中だから、とりあえず一旦寝ることにした。
一人だけのテントで、お供はワンだ、さびしくなんかないよ、ぼっちには慣れてるよ・・・。
「わんわんっ」
このざらざらしたものはなんだっけ?記憶に無い感触と、
(起きて、なんか魔物の群れが来る!)
リナの鋭い念話に頭を揺さぶられる感触は、ほぼ同時だった。二度目の警戒当番を終えて、後は薄明まで俺たちは寝てれば良かったはずだ。
ワンが俺をなめてる。舌も作ったっけなー?とかどうでもいいことを考えた。
魔物の群れだって!?
一瞬で意識が水底から急浮上する。
枕元の剣をひっつかみ、平服のままテントの外に飛び出す。地図スキルに赤い点!それ以前に、かなり近くに魔物の気配を察知する。
見回すと、北側、ファブレガスたちのテントの近くに、蠢く影が見える。人じゃない。警戒当番は誰だ。足下に倒れてる姿がある、あれは人だ、女か。
「敵襲だーッ!」
大声で叫んだ。いくつかの気配が目覚めるのが察知スキルにかかる。
(シロー、こっちは3人とももう起きてる。そっちが近いみたいけど、なにかわかる?)
俺は、ファブレガスのテントに向かって走りながら、目をこらす。
5匹、10匹、いやもっとだ。あののろい動き、見覚えがあるぞ。再び肉声と念の両方で叫ぶ。
「みんな起きろ、アンデッドの群れだ!」
 




