第12話 本屋と花売り
腹が落ち着いたところで、俺はせっかく訪れた異世界最初の町を探訪してみることにした。ただの観光じゃないよ、情報収集だ。
朝食を終えたあと、おばちゃんに今夜も泊まるかを聞かれたので、迷ったがもう一泊分を払った。ただし、夕食は食べてくるから、とつけなかった。
カレーナ嬢から、夕方、褒美を与えるので屋敷に来るようにと言われていたので、多分夕飯ぐらいは食べさせてくれるのだろう、と思ったからだ。
もし違ったとしても、それならそれで屋台とか他の居酒屋とかに行けばいい。
テーブルマナーとかも自信が無いが、それ以前にこの世界の常識が無い。ましてや、貴族にお呼ばれした時の振る舞い方なんてなおさらわからないけど。
でも、食事は出してくれても、素性のわからないよそ者の男に泊まって行けとは言わないだろうから、宿は確保しておいた方がいいだろう。
しかし、これでもう残金は銀貨2枚。おそらく1万円ないぐらい、だ。
カレーナが、たっぷり褒美をくれるといいな。ひそかに期待してしまう。
ご褒美は、ワ・タ・シ、なんてことは、さすがにないか。いやいや異世界だから、なんでもありだ。
せめて、この世界で心配なく暮らして行くにはどうしたらいいか、世話してもらおう。屋敷で仕事をもらう、なんて、できるんだろうか? とは言え、この世界で俺ができることなんて何があるのか、自信がないが。
悩んでも仕方がないので、この世界の情報収集をかねて、街中を歩く。観光だ。
引きこもりのネットおたくが、夜明けと共に起きて朝食後は外に出るなんて、むこうじゃ考えられなかった。すごい進歩だ。
連泊にしたから荷物は部屋に置いていける。
センター試験への道中用の単語帳とか、いまとなっては役に立たないものは、部屋の隅に、ゴミじゃないよとわかるよう、たたんだダウンジャケットの上にまとめて置いたが、結局、リュックは背負い、その中にリナを入れ、ベルトには古布を鞘のかわりに巻いた剣を差して、出かけることにした。
きのうの感じだと、街中で剣を差していても犯罪者扱いはされない世界らしいのと、昨夕の経験上もトラブルを避けるのに持っていた方がいいのでは、と思ったからだ。
このあたり、たった一日で俺の常識はずいぶん壊れてるな。
外に出ると、昨日は夕方近かったからか、飲食系の店以外は人気が少なかったが、けさは少し活気がある印象だ。
農村とか、朝が早いしな。
城壁沿いに、昨日入ってきた門の方に向かうが、路上に筵を敷いて、野菜を売っている農民らしい姿が幾人も並んでいる。朝市だね。
壁沿いのわりと狭い道を、トリウマに引かせた小さめの荷車が通る。薪を運んでいるようだ。
馬はまだみかけないけど、この世界にはいないんだろうか? と思ったら、ちょうど、城門が見えてきたところで、中央通り側から幌馬車が出てきた。
町の外に向かうようだ。
こうしてみると、トリウマってやっぱり馬よりかなり小柄なんだな。二人乗りしたのはちょっと可哀想だったか。でも小柄な分、トリウマの方が狭い道でも通れるとか、育てやすいとか何かメリットがあるんだろう。
馬はサラブレッドのイメージではなく、農耕馬とかばんえい競馬みたいな、ずんぐりした馬だ。
どんな人が乗っているのか、幌の中は見えないのでわからないが、御者台には農夫というには少しこぎれいな、青い草木染めらしい貫頭衣を着た男が座っている。だからなんとなく、客を乗せた駅馬車みたいなものかもしれないな。
判別スキルを意識すると、<御者LV3>と表示されたから、そうなんだろう。宿屋の主ってジョブはなさそうだったが、御者はあるのか。
城門の手前で馬車は停まり、御者が周囲を見回して大きな声をあげる。
「ドウラス行き!ドウラス行き!いないかね!」
話に出ていた城市に向かう駅馬車らしいな。郊外から大きな街に、朝イチで向かう路線バス、ってとこか。
背負い袋を担いだ行商人ぽい男と、野菜のカゴを抱えたおばあちゃんが、馬車に向かう。表示は、<商人LV2>と<農民LV9(老)>と出た。
LV9って、この町で見た人では一番高いな。でも、(老)ってなんだ。失礼だよな。
商人の男は慣れているのかさっさと金を払って乗り込むが、おばあちゃんは御者に何か訪ねている。
「銅貨4枚と銭貨5枚だよ!」
耳が遠いのか、御者が大声で値段を伝えているようだ。センカ?銭貨か、銅貨の下にも貨幣の単位があるのかな。銅貨4.5枚ってことだろうか。
そういえば、門衛の兵士は、昨日見た戦士LV2と、さらに若い戦士LV1の2人になってる。早朝は若い者に押しつけてるのか、大丈夫なのか?
それから俺は、門前の広場を通り過ぎて、さらに城壁沿いに時計回りで歩く。そして、しばらく行ったところで、運良くあったらいいな、と思っていた店を見つけた。
本屋だ。
中世っぽい世界に印刷技術なんてまだないかもしれないし、そうそう本があるとは思っていなかった。ここも分類するなら「よろず屋」みたいな感じの、雑多なものを並べた店だったが、その一角に書物らしきものが並んでいたのだ。
白髪の老人が店の奥に座っている。<商人 LV11>だ。
最高レベル更新ですよ、ご隠居。 でも、この人は(老)ってついてないんだな。
「すみません。これは、本ですよね?」
「見てわからんか」
リナみたいな反応だ。そう思ったら、リュックの中で、もぞもぞなんか動いたぞ。口に出しちゃいないのに。
「その、子どもに文字を教えるための絵本みたいなものって、ないかな?」
目的はこれだ。
少しずつでいいから、字を覚えたい。じゃないとこの世界でできることが、かなり限定されそうだからな。
「ふむ、感心じゃの。読み書きを習おうという意欲は立派なもんじゃ」
あれ?俺が学びたいとは言ってないよね。
「いや、えっと、俺じゃなくって知り合いの子どもに・・・」
「恥ずかしがることはないぞ。誰しも最初の一歩を踏み出すのは勇気がいるもんじゃ。最近はこの街の若いもんらは、なんでもやりもせんと諦めおるが、お前さんが思い立ったことは決して無駄にはならん!」
なんだか、妙に熱い・・・何者なんだ、このじいさん。
謎だったが、雑貨&古書店のじいさんは、店の奥から何やら書き込みが色々ある絵本を探し出してきた。もともと羊皮紙もどきに質の悪いインクで手書きしたものらしく、状態もよくないが、俺がほしいと思っていた内容のものだった。
この世界の言葉の「アルファベット」に相当するのだろうか?29の文字と、10の数字、そして各文字が頭につく簡単な単語と、それが意味するものの絵が描かれている、最初のaみたいな文字はアリか?まさに、幼児とかに文字を教える時に使いそうな絵本だ。
そして、それを独学するために知っておきたい、29の文字の発音を、じいさんはわざわざ3回ずつ繰り返して、俺に聞かせてくれた。
絵本代も銅貨2枚半でいい、と言う。
印刷技術の無い時代の書籍は貴重品だから、古本とは言えちょっと安すぎるんじゃないかと思う。
だが、じいさんは嬉しそうに
「お前さんが読み書きを覚えて、それを役立ててくれれば、十分価値があるわい」
と俺の肩をたたいて言った。
あまり人から親切にされた経験がない俺は、なんだかちゃんと礼を言えず心苦しかった。
その後、早めの昼飯に屋台の串焼きを買って歩きながら - 安かったが、肉はやっぱり臭くてイマイチだった - 店の看板とかが目に入る度に立ち止まって、絵本に載っている文字と見比べて回った。
英語と同じで、スペルが読めても意味はわからないんだが、多分これは「酒場」の意味なんだろう、とかなんとなく推測できるものもあった。
「あっ!」
前をちゃんと見ずに歩いていた俺は、なにかにぶつかって我に返った。
見ると若い女が尻餅をついて、まわりに花が散らばっていた。
「ごめん!」
俺がぶつかったせいで転んだんだろう。花売りか。
<商人 LV1>という表示より、手を引いて起こそうとして、その女性の方に目がとまった。
みすぼらしい格好をしているし、化粧っ気もないが、よく見るとはかなげな美人だ。
年の頃は20歳すぎぐらいだろうか?
「いえ、買ってもらえないかと思って、私の方が突然前に出たから・・・」
「いいえ、俺の方こそ、本に夢中で前を見てなかったから。ケガしてないですか」
こっちが悪いのに恐縮する彼女と一緒に、花を拾い集めた。
花の種類とかは本当に知識ゼロだ。隣の彼女から花とは別にほんのりいい匂いがする。ちょっと痩せすぎな感じだが、長いスカートで隠れた腰のカーブはすばらしい。
「ありがとうございます」
わざわざお礼を言う彼女は、俺を、ではなくその脇に抱えた本に視線を向けていた。
「本、ですか?」
「ええっと、その、文字を覚えようかな、とか・・・こっちの世界の、その」
コミュ障だから。
「私も本が大好きなんです。あの、私なんかが言うのもなんですけど、読み書きを覚えるっていいですよね。私もできるようになってよかったって、本当に思います」
彼女はかなり貧しそうだが、読み書きはできるんだ。中世とかの識字率は相当低かったはずだが、この異世界は違うんだろうか。
いや、商人LV1ってことは、商売のために読み書きを覚えたのか。
花売りのために必須とは思えないが、なにか事情があるのかもしれない。
でも、初対面の美人と話が弾んだりするようなレアスキルは、俺にはあるはずがない。
それでも気合いを振り絞って、当たり障りのない言葉を交わしている時に、ふと思いついた。
「あの、実は夕方、領主さんの館に呼ばれているんだけど、偉い女の人を訪問するときに、花を持っていったりとか、するもんですかね?」
「伯爵令嬢様に、ですか。すごいですね。あ、すみません。ええ、それは社交マナーとしても喜ばれると思いますよ。ただ、私が今もっているのは貴族様にお出しできるようなものじゃないので・・・」
よかった、はずさなかったようだ。そして彼女はそうしたことにも詳しそうだ。
花売り娘は、よかったらもっといい花を用意して届けますよ、と言ってくれた。名前はレダというそうだ。やっと聞けたぜ、GJ俺。
お代はその時で、というのを、仕入れにいるかもしれないので先に銅貨を何枚か渡して、宿に届けてもらうことにした。
何度もお礼を言って去る彼女の後ろ姿を、ぼーっと見ていた。




