第114話 盗賊の襲撃
俺たちは三台の荷馬車を連ねた商隊の護衛をしている。王都を出たばかりの初日の夕方、盗賊につけられているのを察知し、一戦交えることになった。
俺たちは地図スキルで相手との距離を把握しながら、その丘の上に荷馬車を止めた。一番木の生えていない場所、奇襲を受けるとしても、木立からは20メートルぐらいは離れているから、商人たちには馬車の陰に入っていてもらえば、森の中からの矢は避けられるだろう。
日没まではあと半刻ぐらい。商人たちには本当に野営準備を始めてもらう。
と言っても、テントを張るのはオスマルフだけで、後の2台は幌馬車だから、寝床の準備はない。ミクラとハウトが薪を出し簡単なかまどを用意する。商人たちの間では共同で食事の支度をするようだ。
俺たちは寝床も食事も自前という契約になっているから、ノルテと俺がテントを張り、自炊準備もする。もちろん警戒は続けている。パーティー編成で結びながら、カーミラとルシエンが周辺を索敵した情報をチェックする。
盗賊たちは、俺たちから500メートルほどの所で止まり、赤い点が一つだけ、アジト(仮)の方に戻っていく。どうやら仲間を呼びに行くようだ。残る赤い点は3つ。
念のため、俺たちの察知を上回る隠身スキル持ちが相手にいる可能性を確かめておこう。盗賊にはあのジノスみたいに隠身スキル持ちの奴もいるからな。
人形サイズの魔法使いリナに、LV14で覚えた「重力制御」を唱えさせ、「飛ばす」。俺も錬金術の「力場」を使ってサポートする。
数百メートルの上空に上がったリナが、まだ光がある森の上から、赤い点の見えた場所を中心に周辺を探る。
木立に遮られて詳しくは見えないが、地図に赤い点が示された場所には、その通り3人の人影が見えたようだ。それ以上はいない。確実とは言えないが、リナの視野に入ったことで、パーティーで結ばれた俺の地図スキルの精度も上がる。
まあ、街道の盗賊にルシエンやカーミラを上回る高度なスキル持ちがいるとは思えないが、たぶん間違いないだろう。
リナを回収して等身大にし、待ち構える。
既に隠身を発揮したカーミラとルシエンが、盗賊の斥候たちの背後に回っている。
「ルシエンの“精霊の耳”で、ここを襲う段取りを打ち合わせてるのが聞こえたって、間違いないわね」
盗賊確定だな、これでためらう必要はなくなった。まず、先手を取ってこいつら3人を倒すことにする。
遠話の合図と共に、ルシエンの矢が1人を貫き、直後に1人の喉をカーミラの刃がかき切った。
残る1人は恐慌状態になって夢中で2人と逆方向、つまり俺たちがいる馬車の方に走り出す。
森の中から突如、絶叫をあげ剣を振り上げて駆け出して来たひげ面の男を見て、商人たちが硬直する。事前に伝えてあってもびびるよな、普通。
<盗賊(LV4)>と表示された。それほどのレベルじゃない。
俺とリナが荷馬車と商人たちを背に守る位置に立ち、同時に放った火球が直撃した。盗賊とは言え、人を手にかけるのはまだやっぱり抵抗がある。刀より魔法の方がまだ耐えられる。こういうところが甘いってのはよくわかってるけど・・・
「間違いなく盗賊じゃったな」
倒れた男を見てヘイバルが確認する。
「ええ、私も確かに盗賊に襲われたと証言します」
ナターシアも同意する。オスマルフはためらいも無く遺体を探り、身元がわかるものなどを探したが、特にこれというものは無いようだった。
「盗賊の装備品や金銭は、雇い主と護衛で半分ずつという契約だったな」
オスマルフはヘイバルにたしかめ、剣を馬車の荷台に放り込む。
「とりあえず、おれが運ぶってことでいいかい?」
「異存ないわ、武器の目利きはあんたが専門だしね」
ナターシアが了承し、ヘイバルは黙ってうなずいた。俺の鑑定スキルでちらっと見たところ、単に<直剣>という表示だった。
「あ、あと2人、森の中で仲間が片付けたようだけど、遺体を運ばせた方がいいのかな?」
「なんだって?他にもいたのか」
「それをもう片付けたって・・・」
オスマルフとナターシアが驚いてる。質問に答えたのはヘイバルだった。
「いや、重いじゃろうし、遺体を持っていくわけにもいかん。その場所にオスマルフを案内して、身元確認と有価値のものの回収だけさせてくれんか。後は埋めてしまおう」
それがいいよな。まだ、盗賊の本隊が近づいているはずだし。
ノルテにカーミラたちの所まで案内させ、俺とリナは馬車の護衛に残ったが、その時やっと注目を集めてるのに気づいた。リナをはっきり見せたのは初めてだったか?
「こいつはリナ、俺の使い魔というか召還した妖精みたいな存在だと思ってよ。普段は姿を見せないけど、普通の冒険者と同様、戦力になるし、怪しいものじゃないよ」
怪しい者じゃありません、ってのは怪しいセリフだよな、そもそも・・・
「あなた、錬金術師よね?不思議な魔法を使うのね・・・」
それでも錬金術の一種と誤解してくれたようで、まあよかった。ヘイバルは何か言いたそうだったが。
「すごいですね」
女奴隷のミクラは素直に感心してくれている。
「・・・かわいい」
小声でつぶやいたハウトはロリコンなのか?いや16歳ならJCにひかれてもおかしくないのか。
(失礼ね、当然の反応でしょ)
リナ、調子に乗るな。
そうだ、遺体を埋める必要があるんだった。
地図スキルで、まだ盗賊本隊が近づいていないのを確かめ、俺はリナを残し、ハウトと2人で盗賊の遺体をカーミラたちの所に運ぶことにした。人の遺体に触れるのは正直キツいが、冒険者として少年の前でそういう様子は見せられない。ごく平然とやるのだ。
オスマルフが確認を済ませていた遺体2つとあわせて埋めることにした。既にルシエンが地魔法で穴を掘っている。そこに遺体を放り込んで、なるべく自然に見えるように埋め戻す。
「なにか身元のわかるものはあった?」
「いや、なにも。武器だけ回収した」
一本はさっきと同じような直剣。もう一本は短刀だった。
「シロー、そろそろ戻った方がいいわね」
「ん、そうだな」
盗賊の本隊とおぼしき赤い点が幾つか、あと1キロぐらいまで近づいている。
「あるじ、隠れようとしてる人間が何人もいる、カーミラわかるけど」
隠身スキル持ちが複数いるのか、予想通りだ。
そう意識すると、地図スキルの赤い点が増えた。でもかすかな点だ、それが3つ。
最初からはっきり見えてたのが4つ。つまり隠身スキル持ちが3人とそれ以外が4人ってことだ。
「盗賊の本隊らしい7人が、こっちに向かってる」
荷馬車の所に急ぎながらオスマルフとハウトに伝えた。リナに念話で伝えたから、ヘイバルたちにも伝わったはずだ。
「7人も!」
「まだ王都に近いってのに、やっぱり治安が悪化してるな。大丈夫なのか?」
オスマルフは武器商人だけあって、戦いにもある程度通じてるようだ。実際、スキルを見ると、剣技(LV2)、短刀技(LV2)ってのも持っていた。
「まあ、なんとかするよ」
絶対の自信があるわけないけど、護衛が不安な様子を見せるのはまずいよな。
既に商人たちは3台の馬車を動かして、コの字型に並べ、一種の防衛線を作っている。その陰に商人たちが集まり、それぞれ細剣や短剣を手に持っている。さすがに商隊を組んで外国に行くような商人たちは、それなりに場慣れしているようだ。
「ハウト、これを」
ヘイバル老が孫に短剣を渡す。
「あくまで身を守るためじゃ、戦いは本職の者たちに任せよ」
それでいいよ。
赤い光点は、カーミラたちが斥候を倒した森の中に向かっている。まず合流して情報交換することになってたんだろうからな。
そこで仲間が見つからなければ、しばらくは探すはずだ。だが、遺体は簡単に見つからないように埋めてある。とすると、慎重なリーダーなら危険を感じて立ち去るだろうけど、もし食い詰めて獲物はのがせない、って連中だったら、向かってくるだろう。荷馬車3台で護衛の数も自分たちより少ないと考えてるはずだし・・・
そろそろ日暮れで暗くなってきた。森の中を移動している方は見つからないと思うだろう。商人たちを含め、簡単に作戦を打ち合わせをする。
コの字の中側で焚き火を燃やしてもらう。盗賊は片付けたから夕飯にしよう、と油断している図に見えるだろうか?それとも、奴らはまだ仲間の末路に気づいていないだろうか?
やがて、森の中から矢が飛ぶ風切り音が幾つも鳴り、幌馬車にあたる。
「ウワーッ」
わざとらしい怒声があがる。
俺は魔法使いリナに「魔法の盾」を張らせて、ノルテと3人で馬車バリケードの前に出る。そして、錬金術の“火素”を声がした方に放つ。
火球が森に飛び込むと、一瞬、2,3人の男たちの姿が明るく浮かんだ。
<盗賊LV4><盗賊LV2><商人LV6>
商人がいるのか!?
一瞬だったから自信はないが、隠身スキルは見えなかった気がする。
再びそこから矢が放たれる。一本はいい所に飛んできたが、魔法盾に弾かれる。透明な盾だから、相手にはどうして矢が落ちたかわからないかもしれない。
そして、俺たちの背後の赤い点が急接近してくる。うん、予想通りだ。
俺とノルテは、リナを残して身を翻し、馬車の裏側に駆け戻る。
声も無く突如姿を現し、商人たちに向かって突進してきた盗賊たちの横から、さらにその虚を突いて現れたカーミラとルシエンの刃が閃く。
たちまち二人の盗賊が倒れ、残る二人の動きが止まる。そこに正面から俺とノルテが突っ込む。どちらも二対一だ。
<盗賊LV15><盗賊LV12>
レベルが高い。隠身スキル持ちの奴らだ。
だが、自分たちの奇襲を上回る奇襲で先手を取られ、さらに正面と横から2人がかりの俺たちを止めることは出来なかった。
10秒も経たずに、残る二人も地に倒れた。
それと同時に背後に明るい炎が上がる。
見えない何かに矢が弾かれていると気づいて、三対一なら行けると森の中から飛び出してきた向こう側の連中に、リナが練り上げた炎の渦を放ったのだ。
俺たちはすぐにとって返す。
一人が倒れているが、残る二人はリナに向かって来る。俺が火素を放つのと、ルシエンの弓が鳴るのはほぼ同時だった。こうして戦闘は終了した。
両サイド合わせて7人いた盗賊本隊の者たちは、ほとんどが絶命していたが、その中に2人だけ重傷をおいながらも生きている者がいた。
LV7の盗賊と、LV6の商人だった。
「商人もいるんだな」
「ああ、商人の風上にも置けんが、盗賊の仲間になるやつや、盗賊の一味が身元を偽って商人として登録しているケースは時々あるぞ」
俺の疑問にオスマルフとヘイバルが答えてくれた。
「盗賊は普通ちゃんとした街には出入りできんからな、盗んだものを売りさばくために商人を仲間にすることは多いんじゃ、嘆かわしいことよのう」
そういうことか。商人の男は、近郊の街の商業ギルドのカードも持っていた。
二人はルシエンの“大いなる癒やし”で死なない程度に治療した後、後ろ手に縛って、さらに一人ずつ別の大木にくくりつけておく。
証言によると、ダスクというLV15の盗賊がボスで、この辺りを通る商隊のうち、人数の少ないのを狙って襲っていたそうだ。ダスクは懸賞首になっているとのことだったので、オスマルフが特徴的な入れ墨の入った片腕を切り落として次の街まで持って行く、という。俺にはちょっと無理だ。
そして捕まえた2人も、次の街の衛兵に引き渡すと盗賊捕獲の報奨金が出るそうで、明日、馬車につないで連れて行くらしい。
歩かせるから少しこれまでより遅くなるが、次の街までならあと10kmあまりのはずだ・・・。オスマルフは、大木に縛り付けたロープの緩みがないか、念入りにチェックしていた。
そして俺たちは、交替で警戒しながら、カンテラの明かりで遅くなった夕食の準備をし、干し肉と麦粉を練った団子を入れたシチュー、果物で空腹を満たした。商人たちの夕食の方が豪華に見える、こういう部分で旅の経験の差がでるのかな・・・明日からはちょっと考えよう。
コの字に並べた3台の荷馬車を中心に、俺たちは大きな女子用テントを一方の外側に、小さな俺専用テントを反対の外側に設置する。さびしいけど、粘土スキルの収納から番犬のワンと、ゴーレムのタロを出して、俺のテントの前に設置し、「まわりでなにかあったらすぐ起こしてくれよ、そして俺たちと商人を守れ」と命じた。
突然出てきた人型と犬型の存在に、商人たちはまたあっけにとられてたけど、リナの時と同様、「錬金術で・・・」とか言ってごまかした。一応、冒険者の能力をあれこれ詮索するのは御法度、というのが業界ルールらしいので助かるよ。
女子組はもちろん、睡眠のいらないリナが不寝番だ。でも、ルシエンとカーミラはなにかあればすぐ起きる自信があるようだ、羨ましい。だから、あっち側でなにか察知したらすぐに俺も起こしてもらおう。
こうして、いきなり色々あった旅の護衛の初日が終わった。




