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第113話 東方への出発

三の月の上弦の六日、俺たちは初めての護衛クエストである東方のパルテア帝国に向けた旅へと、王都デーバを出発した。

「では出発じゃ!」

 ヘイバル老人の合図と共に、3台の馬車が動き出した。


 夜明けと共に王都を発つ荷馬車は他にも結構多いようだ。

 大商人のものと見られる揃いの印をつけた10台以上の馬車が連なっているものもあれば、1頭立ての小ぶりの馬車を御者一人で操る個人商人もいる。


 そうした中で俺たちのように数台の馬車が1グループとなって行動しているものもかなり多く見られる。

 他に徒歩で東に向かう人の集団も時々見かける。あちらは巡礼だろう。


 俺とカーミラは、先頭のヘイバルの馬車に乗っている。

 2頭の馬が引くいわゆる幌馬車タイプで、雨が降っても荷が濡れないだけでなく、わずかばかりの居住スペースにもなる。ヘイバルと16歳の孫は、夜はこの中で寝るようだ。ヘイバルは出発の合図をした後は、御者を孫に任せ、幌の中に引っ込んでいる。御者台の後ろの二人ほど座れる腰掛け板に俺とカーミラが座って、まわりを警戒している格好だ。


 2番手にナターシアたちのやはり2頭立ての幌馬車。こちらは御者台に使用人の女奴隷が座り、隣りにノルテが乗っている。ナターシアはやはり幌の中で休憩だ。

 そして最後尾は1頭立ての普通の荷馬車で、御者台ではパルテアの商人オスマルフが自ら手綱をとっている。荷台の後ろにルシエンが座り、後方と周辺の動きを警戒する役目だ。

 リナは人形サイズでルシエンの所にいる。連絡役でもあり、いざという時はすぐ俺の所に帰還させられるからね。


 荷を満載した馬車は、徒歩よりは速いものの、せいぜい時速6~7kmというところだろう。カレーナの隊列がデーバをめざした時よりかなり遅い気がする。それでも王国東部のドゥルボルの港に、5日目の昼には着くことをめざしているから、かなりハードな日程だ。


 ドゥルボルはスクタリよりは近いものの、東へ130クナート、大体250kmぐらいある。街道が整備されてはいるものの、このペースで馬の休憩を入れつつ4日半で着くには、毎日10時間以上は移動するってことか。

しかも、盗賊とか魔物とかに足止めされないとして、だ。


 ドゥルボル街道とか東街道とか呼ばれるこの道は、エルザーク王国最盛期に整備され、今も途中に6つの宿場町がだいたい30~40kmごとにあるらしい。

 つまり、徒歩の巡礼などは6泊7日かけてドゥルボルに着くのが普通なんだな。それを5日で行くには当然、野宿が中心になる。この時期の街道は混んでいて宿も高めだから、街と街の間で野営すれば経費節減になる。東方行きの商隊には護衛は必ずいるから野営でいい、というか、だからこそ護衛を雇っているとも言える。


 ヘイバルに聞いた予定では、最初の2泊は野営で3泊目だけは宿場に泊まり、4泊目はまた野営にするつもりらしい。もちろん、(仮)がつく予定だが、スクタリから王都に来るときに野営を経験しといてよかったかもしれない。


「なあ、あんたたちのパーティーは、亜人が多いんだな」

 出発から半刻ほど過ぎ、城門を出た多数の商隊の列もばらけて、馬車のペースが一定してきた頃、御者台に座るヘイバルの孫が声をかけてきた。


<ハウト 人間 男 16歳 商人(LV2)

    スキル 商業(LV1) 値切り

        御者(LV1)      >


 背は俺より少し低いぐらいで、ずんぐりしてるから体重は俺よりあるかもしれない少年だ。スキルとかを見ると、まだ本当に駆け出し商人って感じで、朝からかなり緊張している様子だった。国外に行くのは初めてらしい。それは俺も同じだけど。


「ん?うん、そうだな。別に意図したわけじゃないけど、自然にそうなってた」

 これは嘘じゃない。俺が集めた仲間とは言えるけど、種族とかはこだわったわけじゃない。美人かどうかは、まあ結果的にそうなったってことで・・・


「その女の子も見た目は普通の人間に見えるけど、いや普通って言うかすごい美人だと思うけど、亜人なんだよな?」

「カーミラか?ああ、カーミラは人狼族って種族だ」

 ヘイバルに聞いたんだろう。LV17商人のヘイバルには「人物鑑定」のスキルがあるし、そもそもクエストを受ける時にメンバー全員のことを書類に書いているし、今さら隠すことでもない。


「あ、いや、俺は亜人だからどうとか言うつもりじゃなくて、初めて見るから珍しくてさ、へんな意味じゃなく、無意識にじろじろ見ちゃったりしてたら勘弁してくれよ」

「あー、美人だしな、俺だってつい見つめちゃうから、気にしなくていいさ」

「ばっ、そうじゃないって!」

 意外に純情だ。DTくんだろうか、好感が持てるな。カーミラの鼻がひくひくしてるのは、どういう意味だろう。


「ハウト、仕事に集中しろ」

「ご、ごめん、じいちゃん」

 幌の中で横にでもなってるかと思ったら、ヘイバル老人はしっかり起きてたよ。


 俺もまわりの警戒を怠らないようにしてるが、さすがにまだ街道を王都から出たばかりだし、前後に他の商隊や護衛もたくさんいるから、こんなところで朝から盗賊が出たりはしないだろう。

 じいさんに叱られないよう声を小さくして、時々ハウトと話をした。


 ヘイバル老人は王都近郊の小さな街で、商業ギルドのギルドマスターまで勤め上げたベテランだそうだ。

 若い頃に交易でためた金でそれなりの規模の店を開き、その店も既に息子にゆずって隠居していたものの、気の毒なことに一昨年、息子夫婦が流行病で相次いで亡くなったそうだ。そこで、再び店を切り盛りしつつ、遺された孫たちに商いを教えているらしい。今回はハウトの姉と使用人に店を任せて、孫息子に交易を経験させるため久しぶりの長旅に出たというわけだ。


 もっとも、ハウト自身は姉が使用人と結婚して店を継ぐものと思っていて、漠然と兵隊にでもなるかと考えていたらしい。だから、これまであまり真剣に商いの修行をしていなかったそうだ。でも、外国を見られるのは楽しみだ、と。


 だいたい一刻半、つまり3時間ごとに馬を休ませるために休憩を入れるようだ。御者もヘイバル老とハウトで交替するみたいで、じいさん元気だな・・・


 後ろを見ると、ナターシアの馬車はずっと女奴隷が御者を務めるようだ。

「ミクラさんって言うんですが、馬を疲れさせないように操るのがうまいです」

 真ん中の馬車のノルテは自分も御者スキルがあるから、参考になるらしい。


「オスマルフの積み荷はどうも武器や防具が中心のようね。西方の武器製造技術の方が高いから、だと思うけど、大量の武器を買って帰るってのは、東方でなにか戦が起きたり起きそうな話があるのかもしれないわね」

 ルシエンが小声で教えてくれた。

 休憩中、仲間たちと情報交換したが、今のところ魔物や危ない気配はまわりに無いようだ。カーミラの鼻にかからないんだから安全だとは思ってたけどね。


 二回目の休憩では、馬に草を食べさせるだけでなく、商人たちもパンをかじり、水を飲んでいた。別に馬車の上で食べたっていいんだけど、揺れないところで落ち着いて食べたい気持ちはわかるよ。でも、こっちの人たちは一日二食が普通じゃなかったんだっけ?

 俺たちは、早朝に王都に行く自走車の上で昨日買っておいた肉まんじゅうとパンを食べたから、昼はすっぱいエランの実をかじるだけだ。ノルテとカーミラが商人たちの昼食をちょっと羨ましそうに見てる・・・


「早朝の出発だし、彼らは朝、あまり食べてないんじゃないかしら」

 ルシエンがフォローしてくれたが、今夜はたっぷり食べような。


 午後になり、コパスナという最初の宿場町を過ぎると、街道は森の中をうねうね曲がりながら進む一本道になり、他のグループは全く見かけなくなった。それぞれの馬車のペースが少しずつ違うし、宿場町で泊まる者もいるから、だんだん距離が開くんだろう。うちの商隊は、次のサラトという街までの半ばを過ぎた辺りまで進んで野営する計画だ。


 日が傾いて来たころ、カーミラがひくっと鼻を鳴らした。

「あるじ、まだ遠いけど、森の中に気配する」

「人間か魔物かわかるか?」

 俺の察知スキルでも意識したせいで何かいるのはわかったが、それ以上のことはまだわからない。カーミラは即答だった。


「人間が何人かいる、汚れた匂い」

 つまり身ぎれいな商人とかではなく、森の中に長くいる人間ってことか。盗賊だろうか?木こりとか狩人って可能性もあるが。


「あっちから、カーミラたちを見てる」

 斜め前方にちょっとした丘のように森が盛り上がってるところがある。木が茂ってこっちからはわからないが、俺たちの馬車を見下ろす位置だから、向こうからは見えているのかもしれない。

 盗賊だろうか。


(シロー、ルシエンが右前方の高くなってる所に、こっちを監視してる集団がいるんじゃないか、って。わたしの察知スキルでも、なにかいるとは感じるよ)

 後ろの馬車からも同じ情報が入る。あの丘なら距離的にはまだ1km以上はある。リナに、他にもいるかルシエンに訊ねてもらう。

(今のところ、あの丘だけだって)


 それぞれの馬車の商人に、とりあえず一報入れて警戒してもらうことにする。

 真ん中の馬車にはリナからノルテに遠話で伝え、ナターシアたちに知らせた。


 直接、丘が目視できたから地図スキルが使える。パーティー編成をしているから、カーミラとルシエンが感知した相手が、赤い点としてプロットされる。赤い点なら、人間だとしても盗賊なり犯罪者だってことだ。森は一番街道から近い所でも、数百メートルあるようだ。今のところ、街道に接近する様子はないな。


 念のため、リナは人形サイズのまま魔法使いに変えておく。索敵はカーミラとルシエンで十分そうだから、戦いで先手を取れるよう火力優先だ。

 いつ接近してくるかと思ったが、盗賊(仮)は、丘の近くを通過しても300メートルぐらいは離れた位置から動かなかった。


「護衛がいると気づいて手出ししない気かな?」

 再び御者台に座っているヘイバル老人がもらしたが、どうだろう?確かに、御者の後ろで俺とカーミラが身を乗り出して丘の方を見ていたから、今は木々に遮られているとは言え、途中まであっちからは剣をさげた護衛の姿が見えていた可能性はあるが・・・


「あるじ、ついてきてるのがいるよ」

 安心するのは早かった。

 やり過ごして、つけてきているらしい。夕暮れが近く予定ではそろそろ野営だからな。隊列が止まって馬を休ませるために馬車から離した後で、いや、野営してるところを夜になってから襲うのが有力だろう。


 地図スキルで見ると、赤い点は全てはついてきてない。盗賊の集団にも分業があるのか、森の中を併走しているのは3,4人だ。

 これで襲うにはレベルにもよるが数が少ない。こいつらは斥候で、夜になってから合流して奇襲かな。

 遠話で中継してもらうと、ルシエンも同意見だった。


「この先に守りやすそうな地形があれば、先手を打ってそこで待ち構えたいと思うんだけど?」


 ヘイバル老人に聞くと、記憶を辿って、少し見通しのいい高台になったところがあるはずだ、と言う。

「20年前の記憶じゃから、地形が変わっておるかもしれん、後ろの2人にも聞いてみたいのう」


 そこで、リナの遠話で中継してナターシアとオスマルフにも聞いてもらった。

(ミクラさんが2クナートぐらい先に樹木のほとんどない丘があるって言ってます、ってノルテから)

 でかした、伝言ゲームだったがこれで方針は決まった。約3キロ半ってところだから、3~40分だな、野営を始める時間として不自然ではないだろう。


「いいじゃろう、きょうはそこで野営、するフリをすればいいんじゃな」

 さすがベテラン、体は衰えてもまだ判断はしっかりしてるようだ。


 戦いなんてない方が楽でいいけど、今回のクエスト、初日から戦闘だ。

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