第112話 荷造り
パルテア帝国の都パルテポリスに向けた長旅の前日、荷造りを始めた。おやつはいくらまでOKかって?
俺とルシエンが王都から帰ると、ノルテとカーミラも既に家に戻って片付けと掃除をしてくれていた。
実は先日、住まいの世話をしてくれた役場のガレスおばさんのところを訪ねて、
「2~3か月クエストで遠方に行くから、その分の家賃を前払いしておこうか?」
と相談したら、思わぬ話になった。
「迷宮探索のために冒険者が何十人も来るようになって、旅籠がいつも満員なの。だから、もししばらく空き家にするなら二つ目の旅籠にできないかと思うんだけど」
結局、俺は帰ってきてまたオザックに住みたいということになったら、あらためて住居の世話してもらうことにして、一旦契約を解除した。勝手に工事した給水タンクとかはそのまま使わせてもらうし、処分できないものは置いといてくれていいよ、と言われた。
「お帰りなさい、ご主人様」
「あるじ、おかえりー」
二人が迎えてくれて、顔合わせの結果を伝えながらお茶にした。
ノルテは数日間、手伝いをしていた鍛冶屋に挨拶に行って、少しだけまた手伝い、帰りに礼金をくれようとしたのを断って、代わりに中古の鍛冶用ハンマーと鋏をもらったという。正直それだけあっても鍛冶屋が開けるわけじゃないし、これから荷造りなのに、と思わなくもないが、ノルテがすごく嬉しそうにしている様子を見ると何も言えなかったよ。
わずか数日なのに、鍛冶スキルがLV2に上がっていたし、本当に熱心にやっていたんだろう。ドワーフの国の鍛冶師だという父親のところに、必ずいつか連れて行ってやりたい。今回の旅を通じて、ドワーフの情報が得られるといいな。
カーミラはその間に洗濯物を取り込んだり、ノルテが帰ってくるまでは一人で掃除をしてくれていたそうだ。野生児のようなのに、いい意味で予想外だった。
そして重要な、明日の出発に備えた荷造りだ。
俺たちのパーティーでは、俺とノルテにアイテムボックスのスキルがある。その他に4人それぞれが背嚢を背負っていくことになる。依頼人の商人たちからは、4人の荷物は背嚢各一個までにしてほしい、と言われている。
リナの存在は、人型の“使い魔”的な存在だとして一応紹介してある。突然現れるとびっくりするからな。ただ、普段は人形サイズにしていることが多いから、荷物持ちはさせられない。
まず、入れれば重さを感じなくなるアイテムボックスに、重い物を優先して詰められるだけ詰める。
より容量が大きい俺のアイテムボックスには、大小のテントと、予備の武器類と魔甲蟹の盾。そして金貨。アイテムボックスに入れた物は、スリに遭ったりこっそり盗まれる心配がないってのは結構重要な点だ。
ノルテのアイテムボックスには、鍛冶道具、食器や調理器具、麦粉や干し肉に果物、塩・胡椒などの食材に調味料、カンテラ、火打ち石、石けん、ロープなど生活用品。
食料の中には、さっき王都で買ってきた、日持ちするお菓子とか甘味類もいくつか入ってる。単調な旅の中で甘味は欠かせない、という女子たちの強い意見で、代表してルシエンが買ってきたんだ。まあ、俺も異論はないよ?あえて言えばポテチがほしい・・・ゲンさんの店にないか聞いてくればよかった。
そして、4人がそれぞれ背負う背嚢には、各自の着替え、寝袋、毛布などあまり重くはないものを詰め込んだ。お菓子も各人に少しずつ、水の入った革袋と一緒に持つ。万一はぐれた時にも大事だね。
身につけて行くのは護衛としてすぐに必要になる装備で、みんな日中は革鎧を着込むことになる。
その上で、俺は刀とリナの入った革袋を腰にさげ、ルシエンは剣と長弓を持ち、カーミラはダガー、ノルテはハンマーと新たに買ってきた「スリング」と呼ばれる投石武器を腰に下げていくことにする。
スリングはRPGとかにはよく出てくる武器だ。ゴムのないパチンコとも言えるが、折り返した紐の真ん中の広くなった部分に、小石や弾丸を引っかけて、腕を振ることで飛ばす。手で投げるよりずっと遠くまで石や弾丸を飛ばせる。
今回買ってきたのはこれが短い棒の先についたやつで、スタッフスリングなんて呼ばれるタイプだ。
これを使えば、俺が薬生成スキルで作った「火風の薬」球などを、遠くまで飛ばして武器として使えるんじゃないか、とルシエンが言い出したんだ。
弓のように嵩張らないから一つぐらい持っていっても邪魔にならないし、メンバーで順番に試したら、ノルテが一番適性が高かった。ノルテは長い弓を引くにはリーチが足りない反面、腕力はあるからスリングには向いてるみたいだ。
背嚢とアイテムボックスもほぼ一杯になってしまったが、これでも俺たちは火や水の魔法で調理や飲み水の心配がないし、粘土スキルで作った物は“とっておく”で別の収納に入れられるから、普通よりはずっと恵まれている。
例えば、小さなテーブルと腰掛けとか、セラミック包丁とか、便利グッズを幾つも収納してある。
普通のパーティーなら、それこそ背嚢が登山家ぐらいのサイズの物になっても装備を削らなきゃいけないところだ。
一旦荷造りを終えてこれで行けると確かめてから、すっきりした部屋を片付け、みんなで掃除を終えた。
明日の朝が早いから夕食は早めに食べる。
洗い物を増やしたくないから村の食堂に行った。しばらくこの村の料理ともお別れだしな。特に旅で不足しがちな野菜をたっぷり食べておくんだぞ、カーミラ。
ちょうど庁舎から帰るハメット村長の姿が見えたので、外に出てあらためて挨拶した。数日前に遠方へのクエストに出ることを伝えてあるけど、ハメットさんは、「また戻ってきて下さいね、道中ご無事で」と惜しんでくれた。
そして、寝る前にもちろん、みんなでお風呂タイムだ。旅に出ることで一番惜しいのはこれが出来なくなることだ。
「ほんとに、しょーがないわねー」
なぜかきょうはリナも等身大になって参加してるから、なおさら浴槽が狭い。でもそれもまた楽しいのだ・・・
「あれ?ひょっとして“とっておく”で浴槽を収納して持ってけないかな?」
「ご、ご主人様」
「シロー、いくらスキル独自の収納力だからって無限じゃないんでしょ?あなたって本当に、そういうことしか頭にないの?」
ルシエンにすぐ却下された・・・そんなにダメなアイデアかなぁ。
「でも、汚れた時に体をきれいにしたくない?」
「たらいだけあれば行水ぐらいできるでしょ?一人ずつ順番に使えばいいんだし・・・」
それじゃ楽しめないじゃん。
結局、妥協の産物でドラム缶ぐらいのサイズの浴槽を作って収納していくことにした。これでも頑張れば2人ずつぐらい立って入れるし・・・
「そんなことでMPを無駄遣いしなくても」
あきれた目で見ないで、みんな。
もちろん、ゴーレムのタロと番犬のワンも忘れてないぞ。セラミック自走車も、リナの剣とかよく使う大楯も欠かせない。
これで、“とっておく”の収納容量もかなりギリギリっぽいけど、それでも以前のハニワゴーレムほどの大物がないから、ドラム缶風呂もなんとか入った。
そして、明日から不自由するから、その分も今夜はお楽しみだ。
オザック村とも、そしてエルザークの王都圏での暮らしとも、これでしばらくお別れだ。
異世界に転生してからずっとこの国の中で暮らしていたわけだから、その外はどうなっているんだろう?期待と不安が入り交じった気持ちだ。
 




