第111話 顔合わせ
護衛クエストを前に俺たちは着々と準備を進めていた。そして、出発の前日、3人の商人と初めて顔をあわせることになった。
パルテア帝国までの護衛クエストに出発するまでの間、俺たちは毎朝夜明けと共に迷宮に入って経験を積み、昼からはそれぞれ別行動だった。
ルシエンとカーミラは、迷宮から村の周辺の森の自主パトロールをして、残されていたオニウサギや魔猪の巣穴を幾つか見つけ掃討した。ついでに夕飯用に山鳥や食べられるキノコ、野草などを取ってきてくれた。ルシエンは植物に詳しいので、役立つ薬草なども少し見つけてきた。
ノルテは村の鍛冶屋のお手伝いだ。
前回見学に行ったときに少し手伝ったら、筋がいいと親父さんに見込まれたそうだ。なにしろ迷宮討伐が恒常化して、毎日数十人の冒険者が通っているから、剣の補修とかちょっとした金属製品のニーズも増えていて、半日でも手伝ってくれたら助かる、と歓迎されているらしい。
ノルテはいずれ鍛冶師として仕事をしたいと思っているようだから、ジョブとしてのレベルは迷宮で上がるにしても、スキルとしての「鍛冶」レベルも上げておきたい。それにはいい機会だったから、俺も喜んで送り出した。
そして俺は、リナを助手にして錬金術による薬の生成などに時間を費やしていた。
朝、迷宮で手に入れた魔石を乳鉢ですりつぶし、それに錬金術でなんらかの“元素”を送り込む。その組み合わせや、「力場」「熱量制御」「物質変化」といったスキルをさらに組み合わせることで、色んな薬が作れるとわかってきた。
例えば、「火素」と「風素」の二つを詰め込んだ丸薬は、魔物の群れに投げ込むとはじけて「炎の渦」みたいな範囲魔法に似た効果を出すことが出来る。鑑定すると<火風の薬>と出た。魔石の種類や量、こっちの魔力の練り方を頑張ると、<(極小)>だけでなく、<火風の薬(小)>も出来たが、MP消費がきつかった。
威力は魔法使いの呪文より弱いけれど、誰でも、例えば魔法が使えないノルテやカーミラにも使える。これはいざってとき役立つので、いくつか作ってまわりを粘土で包み、投げやすいサイズにしておいた。
同様に、「生素」を詰め込んだ丸薬も多めに作っておく。少しでもHP回復出来るのは助かるし、場合によっては売れるだろう。
しかも、大きかったのはこの数日の戦闘で、錬金術師のレベルが14に上がり、「聖素」という新たな“元素スキル”を得たことだった。
これはどうやら、僧侶の「浄化」の呪文にあたるようだ。魔物の遺骸を魔石に変えることも出来るし、この“聖素”を込めた薬を作ることもでき、鑑定すると<浄化の薬(極小)>になった。
さらに、「聖素」と「生素」を両方込めた薬を生成すると<治療薬(極小)>になった。これは毒や状態異常を治せる薬、僧侶の「治療」呪文に相当するわけだな。この世界の摂理では「浄化」+「癒やし」=「治療」ってことになるんだろうか。
出発までの毎朝の迷宮戦で、俺だけでなくルシエン以外は全員レベルが上がっていた。ノルテは鍛冶師LV12、カーミラは人狼LV13になった。
ルシエンはやっぱり上級職扱いのエルフでLV19と既に高レベルなので、これ以上上がるのは本当に大変なようだ。
リナも魔法使いジョブがLV14になり、「重力制御」って呪文を覚えた。ひと言で言えばこれは「空中浮揚」だ。
残念ながら、鳥のように自由に飛べる、というわけでない。重力の方向を斜め上向きにすることで、下向きの重力を相殺しながら動くってことも可能ではあるけど、MP消費が非常に多くて、歩くぐらいの速さで1分も飛んだら、MP枯渇になるとわかった。
現実的には、「高い木の上に移動して偵察する」とか、「深い谷底に飛び降りても安全に着地できる」、「重い荷物を積みおろしする」といった使い方ができそうだ。それだけでもすごく役立つと思う。
パーティー編成すれば、全員が浮くことも短時間なら可能だ。MP消費はその分増えるのでキツイが。
そして、今後のために1日は“戦士”、1日は“スカウト”で経験を積ませて、それぞれLV4まで上昇した。さすがの“成長速度2倍”効果だ。
リナは魔法使いを集中的に上げて、早くLV15の「転移」を覚えさせた方がいいんじゃないかとも思う一方で、クエストの状況によって、より前衛型のメンバーが欲しい場合もあると思ったので、最低限のレベル上げをしたんだ。低レベルの方が上昇が速いしね。
戦士LV4になるとHPも筋力も少し増えるし、スカウトLV4になると「隠身」や「索敵」も使えるようになるから、何かと便利だ。
セシリーやラルークっていう、具体的なイメージの元になる女子がいるから簡単に変身させられるのだ。
そう言う意味では、リナに習得させられるジョブは、俺がよく知っている女子でそのジョブに就いている人がいる、ってことが一つの条件のようだが、他にも制約があるようだ。
例えば、イリアーヌを知っているからと言って、今のところリナを“召喚士”にすることは出来なかった。いや、見た目だけなら“着せ替え”で同じような格好に出来るんだが、ジョブには就けなかった。
単に、<リナ - > というステータス表示になってしまう。
(ジョブチェンジできる条件を満たしていないと、イメージだけできてもダメなんだよ。それは、ただの“着せ替え”になっちゃうの)
とのことだ。
上級職になる条件は色々難しそうだな。
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三の月、上限の五日、いよいよ明日出発という日の朝、俺とルシエンは王都の冒険者ギルドに来ていた。
今日は護衛クエストの依頼主であるヘイバルという商人との顔合わせ、そして双方に異論がなければ正式な契約を交わすことになっている。ここまで来てキャンセルってのは双方にデメリットしかないからまず無いと思うけど、ルシエンによればギリギリになって値切り交渉とか、日程の変更とかでトラブルになることもあるそうだ。
そういう話が俺は初めてなので、一応18歳で里を飛び出してから2、3年は冒険者をしていて経験があるルシエンに同行してもらったのだ。
原則として代表者だけでいいことにはなっているそうだが、依頼主が護衛の条件に、「女性メンバーがいること」を指定しているぐらいだから、誰か連れて行った方がいいだろうとも思ったし。
指定の時間の少し前にギルドに着いたので、まず1階の受付に寄って手紙の発送を頼む。
そう、この数日の間に、辞書と首っ引きでレダさんとベスの手紙への返事を書いていたんだ。さらに頑張って、ごく短いけどカレーナ姫への手紙も書いた。恥ずかしながら少しリナに添削してもらった。
ついでにゲンさんにも、これまでの出来事と、ちょっとパルテアまで遠出して来るってことを手紙にして、ギルドに来る途中で「ゲンツ商会」に託してきた。こっちは中身を日本語で書いたから簡単だった。
ギルド二階の食堂の一角は、打ち合わせコーナーのようになっている。
そこでしばらく待っていると、3人の男女が入ってきた。彼らだろうか?
ひとりは老人、ひとりは女、そしてもうひとりは体格のいいよく日焼けした男だ。
近づいてくる間にサクッと主なステータスだけ見る。
<ヘイバル 人間 男 61歳 商人(LV17)(老)>
<ナターシア 人間 女 40歳 商人(LV14)>
<オスマルフ 人間 男 35歳 商人(LV13)>
やはり登録の時に聞いた依頼人の名前だ。
ヘイバルという老人が話しかけてきた。
「ツヅキ卿ですかな?」
これは確認だ。この老人は人物鑑定スキルを持ってるし、そもそも1階の受付で聞いてきてるだろう。
「あ、はい、はじめまして、シロー・ツヅキです。シローでいいですよ、お客さんですし」
一応俺だって、お仕事の時はちゃんと話せるのだ、最初ぐらいは・・・
「うむ、冒険者は貴族であれ平民であれ、冒険者として対等だと言いますからな、ではシローさん、よろしくお願いする。わしらにも敬語は無用じゃ。わしはヘイバルと申す。こちらは・・・」
「ナターシアよ、よろしくね。思ったより若いのね」
「オスマルフだ、どうぞよろしく」
この男だけ、言葉に微妙ななまりがある。俺もルシエンを紹介した。
「こちらは、うちのパーティーメンバーのルシエン。他に2人女性メンバーがいるけど、こちらこそ、どうぞよろしく・・・」
3人はそれぞれ独立した商人で、ヘイバル老とナターシアは王都の商業ギルド所属、オスマルフはなんとパルテア帝国人で、こっちに商いに来た帰りだそうだ。そこで王都の商業ギルドに、護衛料の負担を軽くするため同行できる商人がいないか問い合わせ、2人と条件があったらしい。
3人はそれぞれ荷馬車一台を持ち、ヘイバルは孫の若者を、ナターシアは女の使用人をひとり連れていく。オスマルフは自ら荷馬車を操作するとのことだ。
もっとも、港町まで陸路で付いたらそこで馬は売り払い、海路でパルテアの玄関口の港街に着いたら、そこでまた新たに現地の馬を買う予定だそうだ。その方が安上がりだし、長期の船旅に馬を乗せるのも大変だかららしい。
具体的な話になると、仕切るのはナターシアだった。やり手のおばちゃん、って感じだ。こっちの世界で40歳というともういい年だと思うが、恰幅がよくちゃきちゃきしていて元気な、大阪の商売人のおばちゃんのイメージだ。
「日程はあくまで見込みだけどね、明日夜明けと同時に出発して陸路で港町まで5日。皆さんは4人だよね?3台の馬車に分乗してもらうことになるわ。そこから海路で通常3日でアンキラ王国のアンキリウム着、アンキリウムには3日滞在予定で、その間は護衛の必要はないわ・・・」
「ちょっとお待ちを」
声を挙げたのはルシエンだった。
「そうすると、その間は報酬も無いと言うことですか?」
商人たちが顔を見合わせた。
「・・・護衛同行日数につき一人銀貨6枚、と依頼書にも書かれているはずよ」
「ただ、その間はこちらは王都で別の任を受けることは出来ませんし、拘束日数に含まれるのでは?その間の宿泊費・食費などもこちら持ちでしたよね?」
なるほど、そりゃそうだ、うかつにも気づいてなかった。
「・・・護衛同行中に依頼人が泊まる宿や乗船する船の護衛分の費用は負担する、ですから、護衛をしていないときの費用はそうなりますね」
ヘイバルとオスマルフは、だから言わんこっちゃない、という表情だがナターシアだけは平然としている。これはナターシアがうまいことやろうとした、ってことか。
「通常、護衛報酬は拘束日数あたり、にするケースが多いのでは?」
「それはケースバイケースよ・・・」
ちょっと苦しい言い訳っぽい。
「いいよ、ルシエン。わかった、それで異存ないよ」
「いいの?」
「うん、せっかくだし、観光でもしよう・・・その代わり、その3日間は完全なオフってことでいいよね?」
「もちろん、その3日間は現地で別の依頼をこなしていただいても構わないわ」
実際には、見知らぬ街でしかも日程は流動的なのに、ちょうどいいクエストを見つけられることはまずないだろうけど、もともと「この世界を見たい」ってのが動機なんだから、渡航費タダで旅行できるなら、それでいいと思うんだ。
「アンキリウムからは再び海路で内海の東岸ダマスコまで平均すると7日程度。そこで再び馬を調達し荷馬車をつないで、陸路で大体14から16日程度で帝都パルテポリスに到着見込み。この間、途中の街でも商売のために滞在する可能性があるわ」
「つまり、総日数は32日から34日程度の見込みじゃが、むろん海路の天候や道中の治安状態などでさらに伸びることもありうる。よろしいか?」
話をヘイバルが引き継いだ。実務的なことはナターシアが仕切るが、一応この3商人の中でリーダー格は、レベルも年齢も高いヘイバル老ってことになってるようだ。
「うん、了解だ」
俺の返事にヘイバルはうなずいて続ける。
「報酬対象の日数は先ほどの形で最少で29日ということになるんじゃが、30日分は保証しよう。そして、15日分を前金で払い、後はパルテポリスに到着したら成功報酬として払うということでよいかな」
半額前払いは常識的らしいので、これも合意する。
あとは、盗賊や魔物に襲われた際に、俺たちがかなわないと判断した場合は交渉や降伏が出来る条件とか、事故や保険の扱いとか、細部については通常の冒険者ギルドのルールに従うことなどを確認し、双方合意した。
契約書はルシエンにしっかりチェックしてもらい、斡旋者であるギルドの職員も立ち会って、俺と3人がそれぞれ署名した。
護衛報酬は3人が三等分して負担する対等な関係のようだ。
前払い金は、銀貨6枚×4人×15日分=360枚=小金貨18枚、これを受け取ってもう一度サインする。
一人あたりの日当が日本円換算で2万4千円~3万円ってことになるから、この世界では冒険者はそれなりに稼げる仕事と言えるだろうけど、日程のうち19日以上は野営で、その間の食料なども自己調達だから、命がけの戦闘もあるだろうことを考えると、特に割のいい仕事とは言えないな。
怪我をして働けなくなったり、死んだらそれまでだからな。社会保障制度なんてのも無い世界だし。
顔合わせの後は、ルシエンの助言であると便利そうな物を買い足してから、オザック村に帰った。
新しい地名がいくつか出てきたので、簡易地図にまとめました。




