第109話 部活?弓道部ですけどなにか
7日後に始まる長旅のクエストに向けて、俺たちは戦力アップとそれぞれの準備に時間を費やしていた。
オザックの迷宮は、既に最奥までの攻略が済んでいる。
魔力の源泉たる迷宮ワームは意図的に残されているから、ある程度の魔物が湧き続けるが、「階層の主」との戦いで宝箱を得たり報奨金を得るチャンスはなくなっている。
そのため、高レベルの冒険者パーティーはもう来ていないようだ。けさ、まわりに並んでいたパーティーは、いずれも俺たちよりレベルが低めだった。
特別なボーナスがなければ、三階層までという浅い迷宮だから、キャリアの浅い冒険者が経験を積みに来ているって感じかな。
俺たちの今日の目的は、①パーティーの連携を高めること ②生活費稼ぎ そして ③ルシエンによる弓の実戦指導、だ。ただの実践でなく実戦、冒険者だから。
俺とリナ、カーミラ、ノルテのうち2人ずつがルシエンの指導で弓を使い、残る2人は護衛にあたる。まず一階層の広めの横穴で、吸血コウモリやコボルドがいるところを見つけて行う。
「カーミラ、猫背になってるわ。もっと右の肩を開いて胸を張って、一直線になるようイメージするの」
弓道部顧問の女教師だ。ルシエン先生の教え方はうまい。スクタリでザグーに剣技を教わった時みたいだ。
「来るぞ!」
護衛組に回ってる俺は、合図すると同時に照明弾として火素を、横穴の奥に向けて投じた。曲がった所から吸血コウモリが3,4匹飛んできた。
「まだよ、ひきつけて・・・放て」
カーミラとリナの弓が鳴る。
「残心よ・・・はい、次の矢をセット」
一匹落ちた、残りは向かってくる。
「構えて、まだよ、放て」
一匹だけ残ったのが、すぐそばに迫ってくる。
「頼むわ」
「はいっ」
射手の前で身を低くしていたノルテのハンマーがうなる。直撃はしなかったが、風圧でコウモリが跳ね飛ばされて壁にあたる。落ちてきた所を俺は新しく手に入れた刀で切り捨てた。
いざって時に護衛組に魔法が使える者がいた方がいいから、実習は俺とノルテ、リナとカーミラが組になり交代で行ってる。もっともきょうのリナは弓練習用に基本的にスカウト、つまりラルークそっくりにさせてる。体型が意外に似てる・・・
「だいぶ上手くなってきたわね」
ルシエンが言うとおり、一番弓が苦手だったカーミラでも数日前の俺ぐらいは当てられるようになってる。やっぱりちゃんとした指導を受けるって大事だよな。
「そろそろ、二階層に行きましょうか。無理はせずに、ある程度矢を当てたら後は全力で倒すつもりでね」
二階層右ルートにはオーガとかも出るからな。下に降りてから、新たに作ったゴーレム「タロ」も出して先頭を進ませる。
二階層も制覇済みで地図スキルがフルに使えるから、不意打ちをくらう危険はほぼ無い。
そして、一階層の横穴で弓の稽古をしている間に、後続のパーティーが俺たちを抜いて進んでいることもあって、なかなか魔物に出会わない。
二階層もなかばまで進んだ所で、ようやく地図に赤い点が映った。
「オークの匂い」
カーミラが真っ先に声を挙げた。
「3体、オークリーダーもいる」
ルシエンが重ねる。
「今度はノルテとシローが弓で、カーミラとリナは護衛を」
「タロ、ゆっくり前進してオークを食い止めろ」
「ハイ、ゴシュジン・サマ」
ルシエンと俺の指示で、前衛タロ、その後ろに俺とノルテが弓を構え、脇にカーミラとリナが控える。ルシエンは最後尾で全体を見ている。
最初に飛んだ矢は向こうから、タロのセラミック装甲に当たって弾かれた。オークリーダーの弓だな。間髪おかず2匹のオークが石斧を持って突進してきた。オークリーダーも剣に持ち替えて続いている。
タロが切り結ぶ前に、俺とノルテの弓が鳴る。俺の矢は一匹の肩に、ノルテの矢はもう一匹の腿に当たったようだ。どっちも致命傷ではない。
だが、動きが鈍った一匹を、タロがセラミック剣で倒し、もう一匹と切り結ぶ。
俺たちは二射目をつがえ、後ろのオークリーダーめがけて放つ。どっちの矢かわからないが一本は外れ、一本は剣で弾かれた。
「もう一射だけ放って、後は通常通りに。ノルテ、肘の位置に注意」
背後からルシエンの指示の声だ。
タロに向かおうとしたオークリーダーに再び2本の矢が飛ぶ。一本は剣で切り払われたが、一本が腹に当たる。貫通したかはわからないが、よろめいた。
俺の耳元を風切り音が抜ける。ルシエンが放った矢が、オークリーダーの開いた口の中に突き刺さり、いかつい体がゆっくり崩れ落ちた。
それとほぼ同時に、タロと切り結んでいたオークの背後にカーミラが出現し、短刀で喉を掻き切って、戦闘は終わった。
オーク三匹相手に魔法を全く使わず勝てた。やっぱり力がついているのを実感する。
その後、もう少し進んで、オーク4、オーガ2をいずれも危なげなく倒した。
「きょうはこれぐらいにしておきましょうか」
「うん、そろそろ昼だしな」
魔石を回収し、アイテムボックスから代わりに肉まんじゅうを出す。
カーミラとノルテがわかりやすい笑顔に変わる。
まわりを警戒しながらだけど、小腹が空いたし、ぱくつきながら帰投した。
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出発までの数日は、午後はそれぞれ別行動だ。
ノルテは村の鍛冶屋にお手伝いに行きたいというので、そうさせている。定常的に冒険者が迷宮に来るようになったことで、唯一の鍛冶工房はかなり忙しいらしく、経験を積みたいノルテにとって良い修行場になっている。
カーミラには、村周辺のパトロールをしてもらっている。
今でもたまに、迷宮の横穴が地上につながっているところが見つかっていて、そこからオニウサギや吸血コウモリが出てきているからだ。
穴が見つかったら俺たちを呼んでもらうことにしている。
そして俺は、ルシエンとリナに相談しながら、スキルを試し工夫する時間に充てていた。
まずは「薬生成」スキルだ。元々ベスの薬作りを手伝ったときにたまたまスキルを取得していたが、錬金術師のレベルアップでも得るスキルだったようで、何が出来るか試したかったんだ。
ルシエンが見聞きした話とリナの百科事典的知識を併せると、詳しい薬草の知識などが無くても、スキルで役に立つ薬が出来るはずだという。カギは魔石らしい。
まず魔石を持って、「薬生成」と念じてみたが何も起こらない。
発想を変えて、魔石に錬金術の「火素」を集めるイメージをしてみると、魔石に魔力が吸い込まれるような感触があるけれど、特に変化は見られない。
「すりつぶしてみる?」
ルシエンが言い出した。
「私が最初に入れてもらったパーティーに錬金術師がいて、秘密だって教えてくれなかったけど、宿でよく乳鉢で魔石をすり潰して、そこに魔法をかけてたと思うの」
「錬金術の“火素”とか“地素”とかは、単に攻撃用の魔法ではなくて、ある性質を持つ物質を集める意味があるからね」
リナも補足してくれた。
俺はまず粘土スキルで理科実験室にあるような乳鉢と乳棒を創り出す。
そして売らずに取っておいた小さな魔石を、最初は庭の石でたたき割ってから、破片をゴリゴリすり潰して粉にした。
「一応、洗っといた方がいいかな?」
「まあ、薬が出来たら飲むことになるかもしれないしね」
水洗いでいいのかわからんけど、布に粉を乗せて水切りしながら洗った。
ここからが本番だ。
乳鉢にまとめた魔石の赤っぽい粉末に、まず「火素」を集めてみる。元々粉が赤っぽいから色はあまり変わらないが、何か力が集まってる感じがする。その状態で間髪おかず「薬生成」と念じてみる。
ぽわっと光ったような気がする。元々の魔石より一回り小さな粒が出来てた。小さめの丸薬みたいな感じだ。
これは何だろう?明らかに形状が変わったし、何かが起きたのは間違い無いけど。
「シロー、鑑定スキル持ってたよね?」
「あっ」
リナに言われるまで忘れてた。そうだ、錬金術師で最初に覚えたスキルが、「鑑定(初級)」だったじゃん、そうか、やっぱりそのジョブで覚えるスキルは意味があるんだな。
丸薬に「鑑定」と声に出して意識を集中すると、ステータス画面みたいなのが粒の横に浮かんで、<火素の薬(極小)>と表示された。
初級だからか、それがどういう効果があるとかはわからないけど、名前がわかるだけでも助かる。少なくともスキルで薬が作れた、と確かめられた。
「火素の薬(極小)って表示された」
と二人に伝えると、顔を見合わせて笑顔になった。
「よかったわ、薬が作れたってことよね?」
ルシエンは自分の記憶が正しかったことで、ほっとしたみたいだ。
「火素の薬って、飲むのはやめた方がよさそうだね」
リナの指摘はもっともだ。これが、「火炎への耐性」とかが付く薬ならともかく、火素の薬って、普通人体に良さそうじゃないもんな。
「なにか武器とかに使えるのかな?」
「どうかしら、スリングの弾丸として使ったら発火するとか?」
なるほど、ありそうだけど、これだけ小さいと殆ど爆竹ぐらいの威力だろうな。
試しに、同じようにして、「金素」と「生素」でも試し、他にも各種作ってみようとしたんだが・・・
「ダメだ、もう限界、すっごいツラいよ、これ」
小さな薬をいくつか作っただけなのにMPが枯渇した実感があって、頭痛がする上、すごくウツな気分になってきた。
「そうなのね、たしかに無尽蔵に薬が作れたら、錬金術師はみんな億万長者になっちゃうものね・・・」
ルシエン、そこで納得しないでくれよ。
「自分のMPを消費して薬に込めるわけだし、変換効率はそう高くないのかもしれないね・・・私のMPを少し戻してあげるから、自分でも“思索”してみなよ」
リナが俺の胸に手を当てて目をつぶる。あ、これって以前、俺がMP枯渇で倒れた時にやってくれたってやつか。体がじんわり温かくなる・・・エロい気持ちじゃなくて、もっと純粋にちょっとずつだけど幸福感みたいなのが湧いてくる。
俺も目を閉じて「思索」スキルを意識する。
心の中と、まわりの世界がつながってるような意識、エネルギーに満ちた空間、そこを行き来する多彩な光のシグナル・・・
「・・・あぁ、もう大丈夫だ、ありがとうな」
「うん」
目を開けると、少し疲れた様子のリナがいて、ルシエンが見守っていた。
「本当にあなたたちは不思議ね・・・」
作った丸薬を見てみると、金素を込めた方は単なる小さめのパチンコ玉にしか見えない。鈍い銀色で手触りもただの鉄の球だ。鑑定すると、<金素の薬(極小)>・・・名前もそのままだ。金玉じゃなくてほっとするけど銀玉だ。
一方で、生素を込めた方は、粒々が残った質感で本当に薬っぽい。鑑定すると、なんと、<HP回復薬(極小)>だ!そういうことなのか!
「え?HP回復薬、本当の薬が出来たの?」
ルシエン、これまでは偽物だったと?
「まあ、“極小”だから、苦労した割に効果は低そうだけどな」
「それにしたって、すごいわ、本当に錬金術師っぽいわよ」
だから、俺はニセ錬金術師かと。
・・・でもまあ、自分でもようやく錬金術師っぽい実感が湧くな、錬金術師より薬師というべきかもしれないけど。これまでは劣化版の魔法使いみたいだったからな。
「“薬師”っていう非戦闘系ジョブの初級職もあるよ?薬生成はそっちが専門ね。でも錬金術師は、戦闘も創薬もこなせる準中級職って位置づけだからね」
なるほど。魔法使いと錬金術師は、レベルアップに必要な経験値が戦士や冒険者より少し多いようだけど、それは「準中級職」だからか、微妙な位置づけだな。
作った薬はとりあえずアイテムボックスに入れておく。
少しMPを回復したことで、もうちょっと何か試せそうだな。
「そうだ、リナ、ペットとか欲しくない?」
「はぁ?・・・どうしたの急に?」
さすがに唐突だったか。
「あのさ、朝、迷宮前で一人で順番待ちさせてるだろ。まあ、詰め所の前だから危険はそんなにないと思うけど、一応見た目は子供ひとりだと、ガラの悪いやつにからまれたりしないかとか、退屈かなーとか・・・」
「・・・心配してくれてるんだ」
「まあ、やっぱり一番のお気に入りはお人形さんなの?」
ルシエンさん、誤解されるようなこと言わないで。
リナも赤くなるとかキャラ違うじゃん、こっちまで恥ずかしくなるから・・・
「え、と、だから、なんかこう、ゴーレムの応用で番犬とか作ろっかなと思って。タロはさすがにゴツすぎるし、小さいのならそんなにMP消費しないし・・・」
「うん、ありがと・・・カワイイのお願いね」
ハードルが上がった。
俺は猫より犬派だ、洋犬より和犬だ、とか思いながら粘土でゴーレムを作った時の要領で脚から順番に関節単位で作ってくんだけど・・・あれ、犬の脚の関節ってどこだっけな・・・
「あら、結局、子豚にしたのね?」
「・・・」
「え?熊だよね?」
「・・・」
「「えっ?犬っ??これが???」」
orz
俺には造形スキルがないんだよ、わかってるよ、でも番犬って言ったじゃん?なんでブタとかクマに見えるんだよっ。
結局、軟らかい粘土のままにしておいて、ノルテが帰ってきてから、ちょちょいちょいと色んなところを修正してもらって、焼き固めた・・・それでも、犬って言うより小熊じゃない?とか言われてたが、だんじて犬だ。
「名前は、ワンだ。わんわんだから」
だから強引に名前をつけた。
名前をつけた途端、タロと同じくなんだか心が芽生えたかのように、動きも反応もよくなった。
わんわん吠えながらしっぽを振って庭を走ってるし、どこから見ても犬だ。
ちょっと脚が短くて、体が丸っこくて耳も丸っこくて顔も丸っこいけど・・・小熊っぽいけど犬だ、ぜったい。
体格は柴犬よりちょっと大きいぐらいかな、でも素材が粘土だから、重さは2,30kgありそうだ。
その他にもノルテ任せじゃなく、俺にも出来ることがあった。体毛も作れたんだ。
「炭化ケイ素だったっけ?ニューセラミックの繊維って、たしかあったよな」とイメージして、“すごい粘土”スキルで細い繊維状のものを作り、それを錬金術の“物質変化(LV1)”で軟らかくしてから全身に増やした。
質感的にはかなり犬っぽくなった、と思う。
「なんでそこにこだわるの?」ってルシエンには言われたけど、リナは「モフモフだぁ」って抱き具合を楽しんでるし、カーミラも仲間が増えたみたいに喜んでくれてるから、これでいいのだ。
炭化ケイ素繊維って、たしか航空材料にも使われてて軽いのに耐久性・耐熱性も高いはずだし、無駄じゃない、ハズだ。
夕飯はノルテを中心にカーミラとルシエンも手伝って、今度はノルテの料理教室みたいになってた。
リナはMP枯渇状態の俺に代わって一人で風呂を入れてくれた。
まあ、落ち込むこともあったけど、色々収穫もあった一日だったよな。
寝る前に、昨日ギルドで受け取ったレダさんからの手紙の封を開けた。




