第11話 (幕間)領主の館にて
話は少しだけ遡る。
シローが初の異世界メシに挑んでいた頃、カレーナたちは・・・
「カレーナ様、隊長格の者たちが集まりました」
扉越しに呼ぶ声に、回復呪文でも疲労の抜けきらない身を起こし、鏡に向かう。
そんなにやつれた顔はしていないはずだ。
家臣たちの前に出られる姿であることを確かめて、扉を開ける。
「セシリー、ごめんなさいね。あなたはほとんど休みなしでしょ」
「わたしは大丈夫。水浴びもしたし、厨房でちょっとつまんできたから。あなたこそ、みんなの回復ですごくがんばらせちゃったし、もう少し休ませてあげたかったのだけど」
声を潜め、二人だけの時の、姉のような口調になったセシリーがカレーナを気遣う。
「ううん、もう大丈夫。行きましょう」
生まれ育ったドウラスの城とは比べものにならない、スクタリの元代官の館での暮らし、それももう慣れた。しかし、その代官屋敷のさほど広くない応接間でさえ、いまは埋められる騎士もいない。
カレーナとセシリーが部屋に入るのを迎え、6人の男たちが席を立ち、胸に手を当てる。
「みな、ご苦労です。座って下さい」
円卓には決して広くない領地の、さほど正確とは言えないものの一応全体を収めた地図が広げられている。
「姫、危ないところだったと聞いて、じいは寿命が縮みましたぞ」
「セバスチャン、おおげさですよ。それにおかげで、一番知りたかった群れについても把握出来たのですから」
口火を切った軍装の老人に、カレーナは一瞬だけ、すねた表情を見せた。物心つく頃から世話係を務めてきた彼は、家臣とはいえ、今も後見人のような存在だ。
「たしかに、姫様方のご活躍もあって、きょうまでの偵察で全体像がほぼつかめました」
「ただ、予想以上にたいへんですな」
中年の男たちがそれぞれ報告する。
この数日、わずか30人しかいない領内の兵士の半数を使って、街から迷宮までの間を調べ上げていたのだ。
手が足りない中で、最も高い治療スキルを持つカレーナも自ら調査に加わり、その護衛として、厳しい財政の中から冒険者を雇いもした。
そして今、応接間に集められたのは、各偵察隊を率いていたリーダーと、留守を守る衛兵隊長らだった。
隊長と言ってもレベル5~8しかないが、多くは親の代、伯爵領が広大だった頃は騎士階級にあった者の子弟だ。
今や家臣の大半は戦死したり他家に鞍替えして、スクタリに“都落ち”した後も残っているのは、たとえ薄給でも主家について行くことを望んだ少数の者か、元々スクタリの街出身の者、そして他に食べていく術を持たない者たちだった。
地図上には、木製の駒がいくつも並べられていた。年かさの隊長が説明する。
「偵察中に討伐できた魔物もいるので、現存が確認されている群れは5つ。うちコボルドが2か所と魔猪が2か所。これはどちらも低レベルですので、まあ、問題なく平定できるでしょう」
「ただ、問題は最近被害が出ていた、盗賊の集団が拠点を持っているようで、ここに10人前後いる、と見られます。」
街道を通る隊商からたびたび被害の訴えがあったものの、実態がつかめていなかったのだ。
「頭目らしき者は、判別スキル持ちの確認でレベル11、どうやらドウラスの冒険者ギルドで賞金首になっている隻眼のジノスという輩です。ただ、他は平均レベル3というところで、食い詰めた城市周辺のはみ出しものが、ジノスの手下になったのでしょう」
「そして、もう一つの問題が、きょう姫様方が遭遇したオークの群れです。2日前の斥候で報告された時には真偽も規模もわかりませんでしたが、少なくともあと7匹、おそらくもう少しいるでしょう。迷宮の近くに、いまわかっている入口以外に魔物がわいている場所があるのかもしれません。こちらはご存じのようにリーダーがレベル8、平均は4というところです」
他の者たちからうなり声があがる。
「住み着いていると思われるのは、このあたりだな」
セバスチャンが、迷宮の北側の駒を指さして首を振る。
「順序としては、最初に街により近い、盗賊の拠点を包囲して壊滅させるべきでしょうな」
盗賊団を放置して魔物退治に多くの兵を動員していることが知られれば、街が脅かされるおそれもある、セバスチャンはカレーナにそう説明した。
隊長たちもその方針に異存が無いようだ。
「ひとつ困ったことが」
それまで発言を控えていた、セシリーが言葉を挟んだ。セバスチャンが続きを促す。
「雇っている冒険者たちが、きょうの戦いで怖じ気づいて、話が違うと言い出している」
セシリーが見回した隊長たちの顔には、一様に不快感が浮かぶ。
今後もこのレベルの敵と戦うなら、報酬を倍にしてもらいたい、そうでなければ手を引く、と言い出したのだ。
もともと、この地には迷宮ができて日が浅いと思われていて、周辺にいるのはコボルド程度だということで、熟練とは言えない冒険者らを安く雇っていたのは確かだ。
「なんとか、きょうのところは説得して下がらせたが、明日来る連中と示し合わされると厄介だ」
明日の夜中から、いよいよ大がかりな掃討を展開する予定で、城市のギルドには2人だけでなく十人規模の派遣を要請している。その全員に倍額など、いまの伯爵家に払う余裕はなかった。
「足下を見おって!」
「だから冒険者など、ごろつきと同じだと言うのだ!」
口々にののしりの言葉をあげる男たちをカレーナが制した。
「しずまりなさい。市井の者はお金のために動く、しかたのないことです。せめて1日だけはギルドとの約定通り働いてもらうとして、その1日でできる限り討伐を進めるほかないでしょう」
「姫様のおおせの通りだ。だとすれば、むしろ冒険者らはオークより盗賊に当てるべきだな。約束の報酬に加えて、首にかかっている賞金は雇った者たちで山わけさせてやることにすればよかろう」
「では、先発隊は当家兵力のうち15人と冒険者らで、明日の夜半に出立。盗賊のアジトを遠巻きにし、夜明けと共に急襲する・・・」
セバスチャンが、年かさの隊長と視線を交わしながら作戦を確認する。
「後発の10人はあさっての朝、姫様を護衛して脇街道を南下、スカウトらにオークの群れを監視させつつ、わき水の大岩にて先発隊と合流。負傷者を治療後、日の高いうちにオークを包囲殲滅する」
「そうすれば、残るのはコボルド程度の雑魚ばかりか。それはなんとでもなろう」
「ですが・・・」
一番年若い偵察隊長が、おそるおそる言い出す。
「なんだ?」
「いえ。街道筋の掃討はできたとして、その後、肝心の迷宮の討伐はどうするのでありますか?」
一同は沈黙する。
そもそも王命は、領内の迷宮を平定し、そこからわき出す魔物の元を絶つことで、領内の安全を確保せよ、というものだ。
いま行っているのは、その迷宮に後顧の憂い無く入れるようにするための、前座に過ぎない。迷宮自体を制圧できなければ、いつまでも対症療法に過ぎないのだ。それなのに、前座の段階でなけなしの資金を使い切って冒険者らを雇用しても、その後がより大変ではないのか。
若い隊長が口に出さずとも、皆が思っていて言い出せなかったことだ。
「それはまた、街道筋の掃討が完了した後で決めることにしましょう。いずれにしても、迷宮討伐は最終的には、少数精鋭にならざるを得ないのですから。信頼できぬ冒険者がいくらいても、さほど変わらないでしょう」
彼よりさらに若い女領主の言葉に、男たちは硬い表情でうなずくことしかできなかった。




