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第102話 所有権

新たなパーティーメンバーとして、美しいエルフの奴隷ルシエンを受け入れることにした。

 法務省に戻った俺が案内されて行かれたのは、さっきの取調室ではなく、ささやかだが本当に応接間っぽい部屋だった。そこには、ラースローの他にもう一人、貴族っぽい服装の俺と同じぐらいの年の男がいた。

「ホルトン・ケウツ殿、男爵の甥にあたられます。どうしても直接お話がしたいと・・・」

 ラースローは困り顔でそう紹介した。


 その男は、俺が部屋に入った瞬間から不快げににらみつけていた。ガンつけてるってやつだ。正直、引きこもり気質の俺は、こういうあからさまな悪意を向けられるのがすごく苦手だ。もうこのまま帰りたくなってきた。

 だが、なんとか顔に出さないようにする。ここはさっきの部屋と違い、判別スキルが使えるようだ。


<ホルトン・ケウツ 男 19歳 騎士(LV7)

  スキル HP増加(中)

      近接攻撃力増加(中)

      物理防御力増加(中)

      力増加(中)

      近接命中率増加(中)

      物理回避率増加(中)

      闘志      威圧

      騎乗(LV2) 剣技(LV1)

      槍技(LV2)        >


 やっぱりコイツのレベルは高くない。騎士LV7ってのは迷宮戦の時のザグーやイグリぐらいに相当するけど、戦闘系のスキルがLV2でしなかいってことは、コイツには二人のような実戦経験は無いってことだ・・・だからびびるな、俺。


「どういうこと、なのかな?」

 なんとなく予想はついてるんだけど、ラースローに話を振る。だがケウツの甥は直接俺に要求を突きつけてきた。

「あのエルフの奴隷を引き渡してもらいたい、あれは当家のものだ」


 どうなの?という目でラースローを見る。

「ホルトン殿、先ほどもご説明した通り、男爵が相続人指定をされていない以上、国法に則り、迷宮での拾得者であるシロー卿に所有権がありますし、シロー殿が所有権を放棄された場合は国庫に納めることになります」

「この者が自らの意思で私に譲れば問題なかろう。いいか、あれは叔父のものだ、だとすればわたしのものになるのが当然だろう?ゆずれ、よいな?」


 なに、この駄々っ子みたいなやつ。同い年だよな。

 そして、俺の予想の通りなら、男爵もこいつもルシエンにとってまともな主ではないはずだ。

「ひとつ聞きたいんだけど」

 俺がそう答えると、脈あり、と思ったらしい。

「なんだ?」

「あんたは、ルシエンを引き取ったらどうするつもりだ?」


「なにっ? 奴隷をどう扱おうと、わたしの勝手だろう」

「・・・」

 無言で重ねて問う。

「・・・叔父はあれを、さる有力者に献上すると約しておった。その約束を果たすつもりだ」


 やっぱりな。おそらく、男爵の親分であるらしい外務大臣に差し出すつもりなんだろう。そして、ルシエンはおそらくそれがイヤで凶行に及んだ・・・俺にとってはどっちも他人だし肩入れする理由もないけど、処刑される可能性があるのに奴隷がそこまでするのには、それだけの理由があるんだろう。


「俺は法律とかに詳しくないけど、俺があのエルフを保護したから所有権がある、ってことなら、彼女を譲るつもりはない」

「な、なんだとっ、貴様!外務大臣閣下のご意向に従わぬと言うかっ」

 なんだろ、この小物感。


「えーっと、その外務大臣さんが、ただの奴隷一人を法律を破ってでも連れてこいって、あんたに命じたの?」

「な・・・そのようなこと」

 ホルトンは自分の失言を悟ったのか、それだけで答えに窮してる。


「ホルトン殿、めったなことを口になさいますな」

 ラースローがたしなめる。

 なんとなく状況がわかるな。多分、その外務大臣とかはほとんど関心がないんだけど、そこに取り入ろうと男爵が色々やってたってとこだろう。


 結局、俺が脅してもすかしても態度が変わらないって悟ったのと、ラースローが何やら耳打ちしたことで、ホルトンはあきらめて引き上げてくれた。


「シロー卿が戻られる前に説得するつもりだったのですが、思ったより物わかりの悪い方で、失礼しました・・・」

「いや、それはいいんだけど、っていうか、よかったの?」

「もちろんです・・・」

 全体にラースローはホルトンに厳しく、俺の味方をしてくれたるような印象だが、それがなぜなのかはよくわからない。


 その後、ラースローの部下らしき女性事務員から、奴隷所有登録の手続きとか年2回の人頭税の支払いとか、これまで知らなかった制度の説明を受けた。

 奴隷の所有者は、毎年自分だけで無く奴隷の分も人頭税を払う必要がある。2回に分けて6の月と12の月にそれぞれ、都市自由民の成人は小金貨5枚ずつ、奴隷は2枚ずつを払わねばならないそうだ。

 つまり奴隷一人持つと年間で計40万円ぐらい、俺自身は100万円ぐらい払わなくちゃならないってことか。俺は迷宮でそれなりに稼いでるから大丈夫だと思うけど、この世界の庶民にとっては結構な額だよな。だから、税を払えずに奴隷身分になる者もいるわけか。


「それと、所有される意思を示されたことで、登録のために窓口で銀貨5枚の手数料をお支払いいただくことになります。その際、必要でしたら安全のために奴隷との誓約を結んだり、遺言の登録もあわせて可能ですので、申し出て下さい」

 やっぱり登録料は取られるんだ。


 そして、遺言ってのは近いうちに、ノルテやカーミラについて考えておいた方がいいだろう。一般には遺言では相続人を指定する内容にすることが多いが、俺のように身内がいない人間の中には、自分が死んだら奴隷から解放するって登録してるケースもあるらしい。そして、その場合、当の奴隷には知らせないことが多いんだとか。主を殺せば自由になれる、って思われるのはリスキーだからだろうな。


 俺は、ルシエンのものだというギルドカードを渡され、教えられた登録窓口を訪ねた。そこで、誓約も依頼する旨伝えるとさらに銀貨5枚を要求され、建物内にある小神殿を案内された。

 法務省の中になぜ神殿がわざわざ?と思い、職員に尋ねると、

「裁きを受ける前や刑の執行の前に祈りを捧げたいという人たちのためです」

と言われた。だから高レベルの僧侶が常駐しているらしい。


 しばらくそこで待たされていると、衛兵に連れられたルシエンと、高位の神職の服装の老人が現れた。

 老人の方は、<僧侶LV21>と表示された。確かに高レベルだ。ルシエンは先日の、まわり全てを呪っているような、あるいはあきらめているような雰囲気が薄れて、なにか問いたげに俺の方を見ている。


 老齢の僧侶が俺に問う。

「シロー・ツヅキ殿ですな。この女奴隷に、あなたに忠誠を誓い、あなたを害さぬとの誓約を結ばせるということでよかったですかな?」


「・・・“シロー・ツヅキを直接・間接に害することなく、その命に従う”ってのは可能ですか?」

 別に忠誠心なんて無理強いされるもんじゃないし、直接殺さなくても相手を死なせる方法はあるしな、と、少し考えて口にすると、ルシエンが一瞬ビクッとした。


「ふむ・・・複雑な誓約ほど解けやすいのと、間接的に害するという概念は広すぎて効力が発揮されないだろうと思いますな」

 やっぱりそうだよな。あの事件でなにがあったのか、だんだん想像できてきた。

「そうですか。では“シロー・ツヅキを害することなく、その命に従う”で」

「それなら大丈夫でしょう」


 老僧は俺の左手とルシエンの右手を取り、小声で詠唱を始める。

 ぼんやりと俺たちの体が発光する。

「汝シロー・ツヅキ、この者ルシエンをおのが僕としてその忠誠に報い、保護を与え、導き手となることを誓うか?」

「誓う」


「汝ルシエン、この者シロー・ツヅキをおのが主人として仕え、その命に従い、その身を害さぬと誓うか?」

「・・・誓う」

 鎖のような光が俺とルシエンを結んでから消えた。

「完了しました」


 ステータスを確認すると、間違いなくルシエンの隷属先が俺になっていた。


 そろそろ夕暮れが近い。

 ルシエンは拘留されている間に来せられていた決まりの白無地の貫頭衣から、解放される際は、崩落に巻き込まれた時に着ていたボロボロになった服と革鎧に着替えて出てきた。

 そこで俺は、とりあえず衣料品の店に寄って何セットか服を選ばせ、試着室みたいなところでさっそく着替えさせた。


 その間にリナを通じてノルテと連絡を取り、ルシエンを連れて帰るから、夕飯の準備を頼むと伝え、王都で買ってきて欲しい食材とかが無いか訊ねた。

 着替えてきたルシエンを連れて、市場通りに向かい、ノルテに“もし見つかれば”と言われたスパイスを探し、もうひとつ言われた“ルシエンさんが好みのものがなにかあれば”というのを本人に聞いた。


「なんですって、私の好みの食べ物?」

 面食らったようだ。しげしげと俺の顔を見つめ、さも妙なものを見た、という表情をした。これだけ整った顔が近づいて来ると、さすがにドキドキするな。

「やはり面白い男ね」


 それから、ハッとしたように、

「特別な意味はないわよ!本当に面白いと思っただけだから。それと、私は主だからと言って卑屈に媚びを売ったりはしないわ。それが不満なら鞭で打つなり殴るなり、気の済むようにすればいいわ」

と、俺をにらみつけた。ナニコレ?


「え、と、いや別に、“お帰りなさいませ(萌)ご主人さま~”とかってキャラは、求めてないから」

 それはノルテだけで十分だし。

「なんですって、私を求めてないとか失礼なっ」

 どっちなんだよ、なんかめんどくさくないか、この女エルフ。


「いや、そーじゃなくてさ、別にタメ口が楽ならそれで構わないよ?俺も奴隷だった時、姫さまに敬語とか使ってなかったし」

「奴隷?姫さま?まさか、あなた・・・」

「あー、俺も短期間だけど戦闘奴隷だったからな。それも騙されて誓約をかけられて無理矢理な。だからわかる、なんて言う気は無いけど、別に俺や仲間の害になるようなことでなければ、意に沿わないことを無理強いしたりしないから安心しな」

 ぐだぐだな会話だったけど、とりあえずルシエンは安心したようだ。


 それから並んだ店の前を歩いて、ルシエンが食べたそうにしていた、見た目サクランボみたいな果物を1かご買った。そういうところは、表情を消すのがヘタだな。城門の外まで歩き、人目が無くなったところで、収納しておいた自走車を出して乗り込んだ。

 ルシエンはあっけにとられてた。

「そうか、判別(初級)だから、スキルまでは見えないんだよな」


 オザック村に向けて自走車を走らせながら、俺は自分が転生者だってことや、「お人形遊び」と「粘土遊び」のスキルの大まかなところを伝えた。

 ルシエンは俺の話を真剣に聞いていて、すんなり受け入れたようだ。やっぱり、かなり色んな知識があるようだ。二人乗りのシートに並んで座り俺の話を聞いてる間に、これまでのどこか生きることを諦めたような様子が少し変わってきたように感じられた。


「・・・なぜ、私を助けたの?」

 話を聞き終えてしばらく黙り込んだ後、そんな問いが投げかけられた。

「あなたが推理したことを全て伝えていれば、私は処刑されていたはず。いくら私が美しいからと言って殺人犯かもしれない女をそこまでかばって、そんなに抱きたかったの?それとも高く売れるだろうと?」

 これってどーなんだ?すげー美人なのは認めるけど、ちょっと自意識過剰じゃない?つーか、俺ってそういう奴だと思われてたのか。


(そりゃ、そう思うよ。特にあんたの日頃の行いを知ってたら、なおさらね)

 うー、そうなのか、リナ・・・


「え、あー、そりゃ、ルシエンは美人っていうか美少女っていうか、きれいだと思うし、そういうことをする気が無いかと言われればなくはないというか、あると言えばあるけど・・・」

 ナニイッテンダコイツ。

 ルシエンもルシエンで、自分で話題を振ったくせに微妙に赤くなってるから、沈黙が重たい。


「・・・でもそれは一番じゃなくて、えーっと、一番は、話を聞きたいから、かな?」

「話を聞きたい、ですって?」

 あーこれ、DTっぽい。最初はおともだちから的な? ・・・気合いを入れ直して言葉をつむぎ出す。

「うん、まずはあの迷宮で本当は何があったのか?俺も奴隷仲間とかいたからさ、ルシエンが全員まとめて殺そうとしたとはどうも思えないからな、どんな事情があったのか、とか。いや、別にそれで役所につき出すとかする気はないから」


「・・・そんなことを知りたいの?」

「うん、気になる。ただ、もっと聞きたいのは、この世界のことだ」

「この世界?」

「ああ、俺、転生者だって言ったろ?で、まだ転生してひと月ちょいだからさ、この世界のことをろくに知らなくて、それで、世界を見て回りたいって思ってる。ルシエンはこの国の人間じゃないだろ? 多分色んな所に行って色んな経験をしてるだろうと思うから、それを詳しく聞かせてくれ」


 ルシエンは俺の言ったことがまだよく飲み込めてないようだ。

「そんなつまらないことのために、ひょっとしたら殺人狂であなたも殺すかもしれない女を引き取ったの?」

「つまらないことかな? 俺はね、この世界に来る前に一度・・・死んだんだよ。で、信じられないかも知れないけど、神さま?みたいな存在に、転生させてもらった。だから、もう一度やり直せるこの人生は目一杯楽しみたい、そのためにはこの世界のことを知りたいんだ」


 それから、ルシエンの深い森のような色の瞳を見て、こう言った。

「だから俺に知恵を貸してくれないか?奴隷だからって何かを無理強いするつもりはない。そう言ったってまだ信用できないかも知れないけど、なら俺の仲間たちに会ってみてくれよ、そして信頼できる仲間になってくれ」


 夕焼けの街道を進む自走車の上で、俺と美しいエルフはしばし無言で見つめ合っていた。

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