第99話 オザック迷宮三階層
殺人事件?に出くわした翌朝、俺たちはまた迷宮に挑んだ。いよいよ地下三階層だ。
目覚めと共に昨夜のレベルアップを確かめる。
レベルアップは睡眠中に行われるっていう、この世界のお約束にももう慣れてきた。
昨日はあの事故に出くわして早く切り上げたとは言え、かなりの魔物を倒した。オーガとオークを7,8体ずつ。吸血コウモリやオニウサギのような小物は2~30匹になるだろう。
俺は2レベル上がって、錬金術師LV12になっている。新たに覚えたのは、元素シリーズ?の「金素」と、もうひとつ、「力場」というスキルだった。
「金素」ってのは、まあ錬「金」術師だからね、あるのは不思議じゃ無いけど。火や風のように直接攻撃には使えない気がするが、そのうち色々試してみよう。地素みたいに、金属とか鉱石を操作できるのかな?
「力場」ってのもなんだろう?重力を操って飛べるとか、物質を圧縮するとか、そういうことかな?とりあえず布団の上で、体を浮かすイメージをしてみたけど何も起きなかった・・・どうなの?リナ。
(「物を圧縮」のイメージの方が近いかな。錬金術師は基本的にまわりに存在する物の性質に働きかけるジョブだから、水分を凝縮とか空気を動かすとか、経験を積んでうまい使い方が出来れば、少しぐらいシローも浮けるようになるかもしれないけど、質量が大きいとMPも食うからね)
うーん、色々工夫が必要なスキルだな。魔法使いとか僧侶の方が何が出来るかはっきりしてるし威力も高いんだよな・・・
とりあえず、空気中の水分を圧縮して水滴を出したり、逆に少し時間をかければシーツの水分を散らして乾燥させる、なんてことも出来るみたいだ。雨降りの洗濯の後に役立つかも、生活魔法だ。圧力鍋の代わりとかも出来そうだ・・・もはや冒険者とは思えない発想だな。
リナは魔法使いがLV12になり、「雷」と「透視」を、僧侶もLV9になり「静謐」を覚えた。これで魔法を使える相手との戦いも少し楽になるな。
カーミラはLV11になったが、特にスキルは増えてない。やっぱり「非魔法職はLV10を越えると、5レベルごとにしかスキルが増えなくなる」法則は、亜人にも適用されるのか、それとも判別(中級)でも見えない特性数値とか身体能力が上がってたりするんだろうか?
ノルテは鍛冶師LV10になった。そして覚えたスキルは「アイテムボックス」だった。これは使えるな。
これまでアイテムボックスは俺だけしか使えないスキルで、ジョブチェンジしてレベルが下がったことで容量が少なくなってた。ノルテのアイテムボックスにどれぐらいのものが入るかわからないけど、換えの武器とかランタンとか、入れておければ助かるものは色々ある。
2人が起きてきた所で朝食にする。ノルテがスープを作ってる時に、ちょっと「力場」を試させてもらい、中の根菜を柔らかくしようとしたら、形が崩れちまった・・・ノルテは「気にしなくていいですよ」って言ってくれたけど、へこむな。でも、昨日の残りの肉に味をよくしみこませたりするのには成功した。何事も経験だよ。
出発の準備をしてたらノルテが、「アイテムボックスが使えるようになってます」と喜んでた。鍛冶屋は重い材料や道具を扱うから、役立つスキルなんだな。まだあまり容量が無いようだったので、とりあえず魔甲蟹の盾を入れておかせる。
オザックの迷宮はオープン化されたことで、前日の順番をキープして入ることができなくなったから、夜明けより少し早めに向かう。
それでも俺たちの前に、もう10パーティー以上並んでいた。これだとスタートは1時間以上の待ちだな。銀貨を人数分払い番号札をもらってから、売店で携行食として肉まんじゅうを買い込む。もはやルーティンになってるな。
中堅クラスの冒険者にとっては強すぎない魔物が多くて稼ぎやすいってことが知れてきたようで、俺たちの後にも続々と集まってきた。
きょうの先頭は見たことがないパーティーだな。知り合いで俺たちより前にいるのは、LV24騎士のレジャのグループと、早起きも修行の一環と思ってるらしい、修道士6人組。ボスコがLV16になってる他、みなレベルアップしている。
イリアーヌのパーティーも俺たちより少し後に来た。お互い手を振って挨拶した。
「錬金術師も順調にレベルアップしてるみたいね」
「イリアーヌさんこそ、ついにLV20の大台?上級職ですごいよね」
「まーね、ここまで長かったわ」
イリアーヌは召喚士LV20になって、「魔物召喚(中級)」なんて物騒なスキルを覚えてる。前は魔物の召喚は(初級)で、模擬戦ではスケルトンを出されたっけな。今度は何が出せるんだろう?
イケメン軍団も軒並みレベルアップしてる。なかなか追いつけないな。
昨日の右ルートでの死亡事故?はかなり話題になってたようだ。
ただ、男爵たちのマナーの悪さのせいか、冒険者たちの間ではあまり同情する雰囲気はなく、「いい気味だ」という反応もあったり、大多数は「事故は怖い、俺たちも他人事じゃない」と気を引き締める、というところらしい。
右ルートは昨日、男爵のパーティーが二階層の主を倒したわけだが、左ルートはレジャたちが階層主を倒したそうで、イリアーヌは悔しがっていた。
でも、その後、三階層にも少しチャレンジしてきたそうだ。
「左の三階層は、でっかいスライムとか目の無い大蛇とか、気持ち悪いのがいっぱいだったわ」
これはすごく参考になる情報だ。っていうか、そういう原始的な生物が主体ってことは・・・
「・・・ひょっとして、そろそろ最終階層ってことは?」
「鋭いね、さすが迷宮討伐の完遂経験者、レジャもその可能性が高いって言ってたわ」
そうだ、スクタリの迷宮も最後の方は原始的な、でもレベルは高い魔物が主体になってた。それは、最終階層は出来てからの時間が短いから、あまり高等というか進化した魔物にならない、けど魔力は濃いからレベルは高い、ってな話だった。
「三階層までだとしたら、浅いよね?」
「まあね、でも王都のそばに迷宮があるなんて知られてなかったわけだから、出来てまだ三年、っていうのも妥当かも。ただし、油断は禁物よ」
おねーさんらしく気の緩みを戒めるイリアーヌさんだ。
そして、俺たちの出発番が来た。
別に右ルートにしなくちゃいけない理由はないんだが、なんとなく自分が発見したルートの方に愛着があって、きょうもそっちを選んだ。もう何組も前に入ってるのに、それでも二階層からは吸血コウモリが少々、オーガも2体出た。
数多くの横穴の中に、巣になっているところが複数あるんだろうと思う。ここの迷宮は横穴が中で分岐したり曲がりくねったりしていて、左右のルートを結んでいるものも何本あるかわからないぐらいだ。
そっちに深入りしても、メイン洞窟と違って真っ暗だし、足下も悪くアップダウンも激しいからリスクが大きい。
そういうわけで、みなあまり深い横穴には入りたがらないようだ。
そして、昨日ルシエンたちと会った二階層のワームの抜け殻の中に入る。封印しておいた三階層の洞窟は、既に先行するパーティーが「地」魔法で開けて進んでいるようだ。
先行するパーティーの誰かが、親切にも二階層と三階層を結ぶロープを張っておいてくれてある。人気の登山道みたいだ。俺とノルテは慎重にロープを使って下りたが、カーミラは5メートル以上ある段差をあたりまえのように飛び降りてけろっとしてる。さすがの身体能力だ。
右ルート三階層の特徴は、メインの洞窟がずいぶんくねくね曲がっていることだった。おかげで見通しが悪く、地図スキルに表示される範囲がなかなか広がらない。
そして、所々トンネルが崩れていて、その先に見えるのがメインの洞窟なのか横穴なのかよくわからない所もある。崩落が起きると、ワームの体液で発光してる壁面が崩れて真っ暗な普通の洞窟壁になってしまうから、そこで本来のルートを外れていてもわからなくなってしまうわけだ。
そういうわけで、歩みは遅かった。
三階層の魔物は、やはり巨大スライムが多かった。先行パーティーがかなり焼き払ったらしく密度は低めだったが、駆除しても天井の穴などからまた湧き出してきてるみたいで、LV10なんて高レベルの奴までいた。
先頭の連中は大変だな。俺たちは多分、こっちのルートで三階層まで来ている中で4,5番手だから、まだ大変な相手に出会わないんだろうけど。
俺はそこで錬金術の色んなスキルを試してみた。「力場」を組み合わせると、「火素」や「風素」を飛ばすスピードも加速させられるみたいで威力が増す。「熱量制御」でスライムの体内の水分を凍らせて動きを止める、なんてこともできた。ただ、それで殺せるわけでは無く仮死状態にしかならないようだったけど。
そうして少しずつ進んでいる間に、引き返してくるパーティーとは2組すれ違った。大蛇に締め上げられて重体になっている奴が一人いたが、あとは治癒できそうなレベルで、幸い死者はまだ出ていないようだった。
俺たちもマダラオオヘビLV7やドクメナシオオヘビLV10などと出くわしたが、カーミラの嗅覚のおかげで事前に存在を把握してから戦いに入ることができた。
そのため、倒すのに時間はかかったものの、こちらは誰も怪我することもなかった。ヘビが苦手なノルテには精神的なダメージが大きかったみたいだけど。
横穴は相変わらず多いし、天井にも床にも魔物の住処っぽい大小の穴があるのには閉口する。ただ、徐々に湿気は増しているものの、スクタリ迷宮の五層目のような水域が無いのはまだ助かる。湖上で船が転覆させられたらアウトだからな。
そんなことを思いながら、先行するパーティーの気配を察知しながら進んでいくと、突然猛烈に強い魔力を感じた。カーミラが低いうなり声をあげている。
「魔物・・・カタチのない魔物!」
形の無い魔物、だと?
天井近くに開いた、さほど大きくない穴から、ふわふわと紫色に光る球が洞窟内に出現する。
<魔の精LV12>
なんだ、魔の精って? 精霊みたいなものか?大きさは1mぐらいしかない、いや、大きくなってる。まわりの空間の魔力を喰らってるのか?こいつ・・・
「気をつけろ、たぶん武器は効かない、念のため触られないように」
魔力を吸う力があるなら、多分俺たちのMPとかヘタすると生命力とかを吸われかねない。
風素を操って、ぶつけてみる。魔の精は揺らめいて遠ざかる。物理的な現象が影響しないわけじゃないんだな。続けて炎を練ってぶつける。揺らいで一瞬身もだえしたように見えた、が・・・収まるとかえってさっきより大きくなってないか?
まさかと思うが、魔法攻撃するとその魔力を吸うのか?
「おそらくそうだね、普通に魔法で攻撃するのはやめた方がいい」
魔法使いモードのリナが、言葉にして警告する。
「ノルテ、念のため盾を構えてろ」
俺は指示を出しながら思案する。多分武器は当たらない、でも魔法で攻撃するとMPをむしろくれてやることになる。だとしたら・・・
「リナ、僧侶に」
「わかった、浄化ね?」
そうだ、相手が魔性のものならアンデッド同様、僧侶の浄化が効くんじゃないか?
だが、リナが素早く魔の精に近寄って、触れられない距離から“浄化”を唱えても、何も変化がない。それどころか、思わぬ素早さでリナに向かって飛んできた。
「きゃっっ」
まずい!
俺は、とっさに“お家に帰る”で、リナをワープさせた。帰還先をじっくり意識する時間がなかったせいか、どしん、と人形サイズに戻ったリナが、俺のみぞおちに突き当たった。
「うぐぇっ」
ヘンな声が出た。息ができない。うめきながらかがみ込んだ俺の背中を、ノルテがバンバン叩いてくれた。痛い・・・けど、なんとか持ち直した。
やばい、こっちに来る!
どうする?あいつはアンデッドじゃないんだ。魔の精であって、不死の精ではないということだ・・・魔の精、魔の・・・そうか!
「リナ、“破魔”を!」
「ええ、わかった!」
再びスピードを上げて飛んできた魔の精が、さらに大きさを増して俺たちに接触しようとする寸前、リナが結界を破る時に使う“破魔”の呪文を唱えた。
紫色の光が揺らめいて拡散していく。
そうだ、コイツは言わば存在自体が結界で中に魔力をため込んでるようなものだったんだ、だから破魔でその結界を破れば、言わば細菌の体を包む細胞膜を壊してやれば、殺せる・・・そういうことだったんだ。
危ないところだった。色んな魔物がいるもんだな。
その先のカーブを曲がると、ついにあの、階層の再奥の白い結界の光が見えた。
だが、その前に冒険者たちが集まっている。2パーティーいるようだ。ひと組はボスコたち修道士6人組。そしてもうひと組は初めて見る、ヤウソベツという魔導師がボスコとなにか話をしている。
前衛型の奴から、<騎士LV13><戦士LV16><冒険者LV15><僧侶LV15><魔法使いLV10>、そしてヤウソベツ自身は<魔導師LV15>、年齢は39歳と表示された。
魔法使い系は希少なジョブだから1パーティーに2人いるのは珍しい。まあ、俺たちもそう言えなくもないが。
「どうした?」
近づいて質問を投げながら、薄々察していた。案の定、
「シローか、どうやらここまでのようだ」
とボスコが教えてくれた。
結界内に入ったら、抜け殻ではなく迷宮ワームがいた。つまりここがこの迷宮の、少なくとも右ルートの最果てだ、ということだ。
「残念だが、ワームの討伐は禁じられているからな」
ヤウソベツが悔しそうに言う。攻撃魔法が使える者が2人いるし、やろうと思えばやれる自信があるんだろう。
「俺たちも一応見て来ていい?」
せっかくここまで来たんだし、ゴールは見ておきたい。迷宮ワームもまだ一体しか見たことがないしな。
「構わんが気をつけろよ」
ヤウソベツの方が仕切るのは、多分こいつらが最初にここまで来たんだろう。
「リナ、破魔を頼む」
なるべく静かに結界内に踏み込んだ。
なにか重低音のような振動が空間全体に響き、圧迫感が伝わってくる。
<迷宮ワームLV16>
と表示された。スクタリの奴はLV20だったな。尻しか見えないけど、大きさも少しだけ小さいかもしれない。色合いがあの時見た奴よりも黒っぽい、こういう個体差もあるんだな。
3人に目で合図をして、そっと結界を抜けて戻った。
「では、封印するか」
「よかろう」
俺たちが戻るのを待って、ヤウソベツがワームの結界の前にさらにもう一枚の結界を張った。これはまあ、ここまで到達しました、ってサインをするような意味もあるのかな。
俺たちは3組、なんとなく少しずつ距離をあけて帰路についた。
帰路も、ちょくちょく魔物との戦闘があったから、流れ弾が当たらない程度に距離を置いたんだ。
途中で、奥に向かうパーティーと何度かすれ違ったが、既にワームを発見して封印してきたことを伝えると、がっかりする者が多かった。やっぱり自分が一番乗りしたいって、冒険者なら思うんだよね。
中には、横穴から左ルートに向かおうとする者もいたけど、俺たちは今日はこれで引き上げることにした。昨日ほどじゃないけど、それなりに経験値も稼いだしな。
迷宮を出て詰め所に寄ると、ヤウソベツたちが何か報告書みたいな書類にサインをしているところだった。
それとは別に俺たちの姿を見ると、兵が「ちょっとお待ちを」と言って隊長を呼びに行った。
なんだろう?と思うまもなく出てきた騎士が、
「シロー卿、お疲れの所申し訳ないが、これから王都までお付き合い願えませんか」
と言い出した。




