第97話 追跡
俺たちは怪しいパーティーに順番を譲り、後からオザック迷宮に入った。
昨日も大量の魔物を狩ったにもかかわらず、オザック迷宮には一階層からオニウサギや魔猪などの魔物が少なからず湧いていた。
スクタリの迷宮に比べてかなり発生量が多いのは間違い無い。これが双子迷宮の効果ってことなんだろう。
けれど今日は、低レベルの魔物を全部つぶしていったりはしない。昨日までと違いパーティー数の制限が撤廃されたため後に続く冒険者が山ほどいるから、獲物は残してしておいてやるのも冒険者のマナーらしい。
それに何より、今日の本題は、あの男爵たちの怪しいパーティーを追跡して様子を見ることだ。こっちが背中を見せるんでなく、ついて行く方を選んだのはそのためだ。
俺たちは、基本的にメイン洞窟の進路を塞ぐ魔物と、横穴から出てくる気配があるものだけを駆逐しながらスピード重視で進むことにした。
つまり、ハニワゴーレムを先頭に立って歩かせ、それを攻撃しようと出てくる、あるいは何事かと驚いて出てくるものだけを退治して、おびえて横穴に隠れる低レベルの魔物は放置していく、ってことだ。
もちろん、横穴に隠れていた魔物に背中を襲われてはたまらないので、きょうはカーミラに最後尾を守ってもらう。
一番索敵能力が高いから不意を突かれる恐れが少ないし、一番反射神経がいいから、万一不意を突かれても大抵躱せる。しかも、脚も速いから遅れる心配もない。
歩みの遅いハニワゴーレムにドスドス歩かせて、基本的にそのペースで俺とリナ、ノルテで出てくる魔物を片付けていく方針だ。
一階層では手強い相手はいないのがわかっているので、リナは僧侶モードでセラミック鎧と剣を装備。もう少し僧侶のレベルを上げておきたいからだ。俺も基本的に剣でMPを節約する。そうすると必然的にノルテが担当する魔物も増えるが、一階層の相手ならちょうどいい経験になる。
ワームの殻の横をすり抜けて二階層の右ルートへ降りた所で、引き返してくる最初のパーティーに出会った。けさ4番手ぐらいで入ったパーティーだ。
「あいつら最低だぜ、わざわざ横穴の魔物をけしかけて行きやがった・・・」
例の男爵パーティーは、横穴の魔物をおびき寄せるための肉片をまいて、自分たちの戦闘後も残して進んでいるらしい。おかげで二階層右ルートは次々横から魔物が出てくる状況だという。
「治療は必要ないか?」
「ああ、なんとか自前で治せるだけ治した。それでMP切れになっちまったんで引き上げるところさ」
レベルは高くないが魔法使いと僧侶がひとりずついる、バランスのいいパーティーだ。だが、その分MP切れになると継戦が難しくなる、俺たちもよくあるパターンだ。
そいつらはそう被害もなく引き上げていったが、その先は言われた通り、てきめんに魔物が多くなった。
オーガと吸血コウモリ、そしてコボルドの群れは弓も持っているものがいて、いずれも近接武器では危険がある相手だ。ノルテは弓に持ち替えさせ、俺とリナは魔法攻撃に切り替える。
おかげで短時間に相当な経験値を稼いだと思うが、MPもかなり消費してしまった。
だが、ここで大きかったのが、新たに覚えた俺の“思索”とリナの“瞑想”だった。思索の回復効率は瞑想ほど高くはなさそうだったが、しばらく休めばMPが回復できるってのはすごく助かる。
ノルテとカーミラに周囲を警戒してもらい、停止させたゴーレムの陰で休息してMPを半分ぐらいは戻せたと思う。カーミラは途中で隠身を使い、少し先まで様子を探ってきてくれた。
おかげで地図スキルにはこの先、2パーティーの冒険者と、まだかなりの数の魔物がいることが表示された。
先頭を進んでる方、おそらく男爵パーティーは歩みが速い。魔物を示す赤い点がまとめて幾つも消えるのは強力な範囲攻撃魔法を使っているんだろう。
それに対し2番手のグループは魔物に囲まれているのか、赤い点とほとんど重なりあっている。やがて赤い点が消えたが、冒険者パーティーを示す白い光点も動き出さない。しばらくすると、こっちに引き返してきた。
姿が見えてきたグループは、二人が重傷を負い、それを残る四人が二人ずつで肩を貸して歩いているようだ。見覚えがある。初日の最後の方で言葉を交わしたペゾスという冒険者たちのパーティーだ。あの時、ペゾスはLV12だったけど、今はLV13になってる。
他は、LV13戦士、LV11戦士、LV7騎士、LV12僧侶、LV11魔法使い、とバランスのとれたパーティーだが、その僧侶と魔法使いが大けがをしているようだ。
「大丈夫か?」
「シローだったか、このゴーレムはお前たちのか?・・・・横穴から背後に出られて奇襲されちまった。ここは穴が多すぎるな」
ペゾス自身はかすり傷ぐらいのようで、初めて見るハニワゴーレムにびっくりしている。
どうやら、僧侶自身が頭から出血して意識がもうろうとしているようで、治療呪文を使えない状況のようだ。MPが回復したリナに“癒やし”をかけさせると、みるみる傷がふさがって落ち着いた。
「恩に着る・・・あとは自分で出来るから大丈夫だ」
僧侶のダヤンという男が、見た目はローティーンのリナがこんな迷宮に挑んでいることに驚いた顔もしていたが、それは何も言わず、神妙に頭を下げた。
「お前らも気をつけて行けよ」
ペゾスたちは怪我は治ったものの消耗が激しいようで、そう言い残して引き上げていった。
後は男爵パーティーだけだが、その白い光点が少し先で地図上から消えた。
理由はすぐにわかった。ゆるいカーブを曲がり視野が開けると、200mぐらい先に、階層の果てを示す結界の光が見えたのだ。どうやら男爵のパーティーは階層の主に挑むため結界に入っているらしい。
そして、その手前にはもう一つ、大きな横穴がある。これはサイズ的にコウモリじゃない。赤い点が幾つも動き出した。
ノルテが鼻を鳴らして顔をしかめている。
「へんな肉、撒かれてる」
噂通り、男爵たちが撒き餌をしていったらしい。自分たちが狩るわけでもないのに、迷惑なやつらだ。
「来るぞ!これは・・・オークか」
二階層右ルートでは、これまでオーガ、コボルド、コウモリが主で、オークとは出会っていなかった。オークがいたのは初日に入った左ルートの方だ。ひょっとすると、この横穴は左ルートとつながっているのかもしれない・・・そんな余計なことを考えていたからか、飛び出してきたオークの群れに俺の対応は一瞬遅れた。
<オークリーダーLV7><オークLV4><オークLV3>・・・
7,8匹のオークの群れは最初こっちに気付いてなかったようだが、俺たちの姿を見ると、正確にはその先頭のハニワゴーレムを見て一瞬ギョッとして立ち止まり、それから怒声をあげて弓を構えて打ってきた。
ハニワゴーレムにはあたっても平気だ。俺はセラミック盾を出し、ノルテは魔甲蟹の盾、リナは魔法の盾で防ぐ。カーミラは、心配するまでもなく一瞬で隠身をかけて射線から外れた。
俺たちはゴーレムの陰に駆け込むと盾を片付け、魔法で攻撃する。オークリーダーは俊敏な動きでかわすが、オークは次々に倒れる。そして、弓から長剣に持ち替えたオークリーダーの背後には、突然カーミラが現れて背中にダガーを突き立てた。
残りは4匹。ハニワゴーレムの大剣が一閃し、2匹が吹き飛ぶ。なんとかかわして体制が崩れた所にノルテがハンマーを振り回し1匹をノックアウトした。
そして最後の一匹は、剣に持ち替えた俺が袈裟切りにして・・・浅かった。同じく剣に持ち替えたリナがとどめを刺した。最後は俺がしめるつもりだったのに。
リナを僧侶モードに変え魔石回収をさせた時、突然地響きと共に、階層の主の結界が消えていった。
「やったのか」
男爵パーティーが階層の主を倒したんだな。だが、ちょっとへんだぞ・・・
俺は察知スキルに集中する。
結界が晴れて、ワームの抜け殻内の様子が察知できるようになった。中に入ってないから地図にはまだ映らないが、魔物の気配はない、当然だ。だが、男爵パーティの気配も、ほとんど感じられない・・・
「中を見に行くぞ!」
いやな予感に駆け出しながらノルテたちに指示する。カーミラが誰より速く走っていく。
ワームの殻の中で大規模な陥没が起きている、それはわかるが、そのそばに行っても地図スキルに、人の光点が・・・かすかに3つ、いや、2つだけ?巻き込まれたのか!
「自分が巻き込まれないように気をつけろ、おさまったら土砂に埋もれてる奴らを助け出すんだ!」
殻の亀裂から中に入った俺たちの眼前には、既に陥没した大きな窪地しかない。
白い光点がまだ光っているのは・・・すぐ近く、あの奴隷エルフの女だ。体が半ば砂に埋もれてるが、生きてる。
必死に掘り出す。苦しげだが息もしている。
カーミラが他の者を見つけたようだ。ノルテと一緒に砂を掘っているが相当深い所らしく、ダメだ、光点が消えた。他の者たちも、ほとんど間を置かずに全ての光点が消えてしまった。
「リナ、彼女に“癒やし”をかけてやってくれ」
頼んだ後で、俺ももう錬金術の「生素」でHP回復が出来るんじゃないか、って気付いた。でも、やっぱり俺がやるという前にリナが呪文を唱え、え?という顔をする。
(効かない・・・)
「なんだって?」
今度は俺が錬金術で「生素」を念じるのと、そのエルフが口を開くのは同時だった。
「だ、大丈夫ですからわざわざ・・・」
今度は淡い光がエルフの体を包み、蒼白になっていた顔色が少し良くなった。僧侶の呪文ほどの効果ではなくても、これで楽になっただろう。しかし・・・
「あ、ありがとうございます。おかげで助かりました」
鈴を転がしたような美しい声、そして砂埃にまみれていても美しい顔立ちだ。
<ルシエン エルフ 女 33歳 LV19
/奴隷(隷属: - )
呪文 「風」「植物」「水」「地」「結界」
「浄化」「癒やし」「治療」「静謐」
「大いなる癒やし」「心の守り」
「破魔」
スキル 精霊の目 精霊の耳
隠身 弓命中率上昇(中)
判別(初級) 鑑定(初級)
弓技(LV6) 剣技(LV3)>
こんなに色んな呪文やスキルを持っているのか・・・33歳と言っても、外見的には俺やカーミラとそう変わらない年齢に見える。エルフは長寿種族ってのが一般的だから、33だと実はまだ少女だったとかってこともあるかもしれない。
「なにがあったんだ?」
階層の主を浄化して結界が解けた時に起きる陥没、それに巻き込まれた事故だろう。そう思いながらも、俺は確かめずにはいられなかった。
「私たちは階層の主を倒したのですが、その後主人が遺骸に浄化をかけた途端に崩落が起きて・・・皆巻き込まれてしまったんです」
彼女は呼吸を整えながら、細いがしっかりした声で説明する。その情景が目に浮かぶようなわかりやすい説明だ。だが、なにか違和感がある。
「皆はどうなったのでしょうか?」
「残念ながら、あんたの他は誰も」
「・・・そうでしたか」
エルフの美女は悲しげに目を伏せる。
「主も仲間たちも失って、私はこれからどうしたらいいのでしょう・・・」
心細そうな声だ。砂まみれでショックから立ち直れずにいる様子の彼女を、このまま放置してはおけないだろう。
「出口まで一緒に行こう。歩けるか?」
「大丈夫です・・・あの、一人で大丈夫ですから、誰か人を呼んできますので」
「横穴から出てくる魔物もいるし、一人じゃ危ないって言うか・・・ともかく、三階層の魔物が出てこないように、あの洞窟の入口を塞ぐから」
俺は眼下に見える三階層の洞窟の口を粘土スキルで塞ごうとした。
「あ・・・錬金術師なのですね、でしたら、ここを封印していただけませんか」
エルフが、俺たちのすぐそばにあるワームの抜け殻の部分を指さす。たしかにここで壁を作る方が近いけど・・・なぜここじゃなきゃいけない?
「リナ、ここに地魔法で壁を作れるか?」
リナが首をかしげながら呪文を唱え、そして、やはり何も起こらない。やっぱりそうか。女エルフは全くの無表情だ。
洞窟の奥に魔物の気配がある。時間は無い。
ちょっと距離が遠いのでMP消費が大きいが、俺は彼女が求めたここではなく、三階層洞窟の口を粘土スキルで塞いだ。問題なく作用する、そうだろう。
そして、なるべく冷静に、と自分に言い聞かせながら尋ねた。
「どうして、仲間を殺したんだ?」
 




