第1話 あやしい女神
コミュ力ゼロの浪人生・都築史朗は二度目の大学センター試験会場に向かっていた。
混み合った地下鉄のホームで、3人の母子連れが誰に押されたのか、一番縁を歩いていたよちよち歩きの男の幼児が、きょとんとした顔のまま線路に落ちた。
若い母親が悲鳴を上げて、助けようと自らも飛び降りる。
子供を助け起こしたものの、その途端に自分のおなかを押さえてしゃがみ込んでしまった。
ホーム上に残された姉だろうか?それでもまだ幼稚園児ぐらいの女の子は、状況がわかっていないようで、大きく目を見開いたままだ。
大勢の勤め人や学生たちは一瞬立ち止まってどうしようとうろたえ、しかし何もできない、あるいはしないまま。
キキーッ!とレールを擦り急ブレーキがかかる音がするのと同時に俺は飛び降りていた。
正義感が強いわけじゃないし行動力なんて並以下のヘタレだ。その時なぜそうしたのかは、自分でもわからない。
幼児を持ち上げてホーム上へ、女の子に押しつける。
そして母親は、妊婦なのか!?抱きかかえて必死にホームに押し上げる。
おい!誰か引っ張り上げるぐらいしろよ!
動けよっ、俺の腕!
上がった!!
その瞬間、とてつもない衝撃と経験したこともない激痛と共に世界が暗転していく━━━最後に目に映ったのは、泣きわめく男女の幼児とその頭を胸に抱きかかえる母親の姿だった。
俺は死ぬんだろう、ってか即死だろう。
電車の直撃だからな。
でも、意識はぼんやりしているもののまだある。最後に人生が走馬灯のように巡ったりはしていない。
そりゃあ、引きこもりのコミュ障で浪人して童貞のまま来月には19になる情けない男が、2度目のセンター試験に向かう朝に事故死って、これを振り返らされること自体が罰ゲームとしか言いようのない人生だしな。
じゃあ、もう俺は死んだのか。
無の世界で頭の中に直接声が響く。
<おお、シローよ、死んでしまうとはなにごとだ!>
声音は荘厳でパイプオルガンでも鳴っていそうだが、台詞はドラ○エだぞ、おい。思わず突っ込みを入れた。しかも初代だな、これは。
引きこもってる間に古今東西のRPGをプレイしまくったからな。甘く見るなよ王様。
<王ではない。我はそなたたちの言葉では神と呼ばれるべき存在である>
おいおい、神様だって。だから俺はしゃべってないのに考えてることが筒抜けなのか。
そうすると真っ暗で何も見えないがここは天国か?なるほど。
普段は人に道を聞かれたって(そもそも滅多に外出しないから道を聞かれることなどまずないが)、聞こえないふりして逃げ出すぐらいコミュ力なしの俺が、何も考えずに線路に飛び降りて、人生最初で最後の人命救助なんて柄じゃないことをしたから、天国に引き上げてもらえる、ってことか。
神という言葉にそんな連想をした途端、暗闇の中にもやもやと光が湧き上がって、人型を取り始めた。
見つめると、両手を広げ純白の衣装に蓬髪、額にいただくのは月桂冠?いや茨の冠かな?
実に神々しい姿に具体化していく。いかにも神様だ。
だがどうせなら男の神様よりは女神の方がいいな、それも超絶美女でついでにエロかわいい女神とかに昇天させてもらいたい。
まずい、口に出さなくても筒抜けなんだった。神罰とかをくらいかねん、そう思った途端にまぶしい光の姿は再びもやもやと形を変えていくようだ。
<神は汝の心に沿って顕現するもの、ゆえにそなたが神を認識すれば現れ ━━ 女神だと思えば女神の姿になるし、あなたが美女だと思う容姿になって目に映るのは造作もないことよ、本当にしょうがないわねぇ、うふふ・・・>
姿が変わっていくに連れてしゃべり方も雰囲気も変化し、具体的になっていく。
ギリシャ神話の女神みたいなローブをまとった、それも生地が薄くて透けそうで、体のラインもボンキュッボンな曲線で確かにエロい。
ちょっと格好つけて形容するとアール・ヌーボーというか、ミュシャの絵みたいな柔らかい印象の美女だ。
つまり、これが俺がイメージする女神ってことか。なんか自分の望んだこととは言え恥ずかしいな。
そしてとりあえず怒ってはいないようだ。さすが神様、器が大きい。神は許し給う、ってやつだな。
俺も生前の数々の罪を許されて天国に召されるわけか。
<うーん、残念だけど違うわね。天国に連れて行ってあげるわけじゃないの。そもそも人間が思うような天国なんて実在しないから、死んだら物理法則に従って肉体は分解され精神活動は停止して、やがては無に還るのよ>
いきなり救いを否定して即物的なことを宣言する女神だった。
じゃあこれで終わり?バッドエンド?ならなんで、神との遭遇なんてスペシャルイベントが発生するんだ? 違うよね? 神の奇跡とかあるでしょ。
<うんうん、そう思うのももっともね。だから天国には行けないけど、かわりに類稀な善行を為したあなたを転生させてあげてもいいんだけど、どうかな?特別サービスよ>
おおー!転生だよ、転生。異世界転生か輪廻転生か!?
浪人してようやくゲーム断ちしたダメダメな(元)ゲーム依存症の俺的には、テンプレすぎるだろと突っ込みたくなるような展開だが、これが死にゆく俺の脳内妄想なら、自分が考えそうな展開になるのも当然なのかもしれない。
一年間のゲーム禁欲がダダ漏れだ。
それにまあ、本当に死んでしまうところなら、これが妄想でも何でも乗って損はない。
「わかりました!ぜひぜひ、転生させて下さい、お願いします!
・・・もちろん女神の加護とか特別なスキルとか能力値ボーナスとかも、もらえるんですよね?」
<即断ね。普通もうちょっと疑ったり悩んだりするものなのだけど。まあその方が管理者としても好都合だし・・・おっと、今のナシ>
<では、ひとつだけ望むことを言いなさい。それを反映させたスキル、もとい、神の祝福をあなたに与えましょう!>
女神が口調を変えて、おごそかに告げた。
来た来た、ボーナススキルだよ、異世界転生物ではお約束だよな。ひとつだけチートなスキルを得るとしたらなんだろう?ゲーマーの俺としてはその辺の知識はばっちりだ。
勇者とか賢者とかレアジョブにつけてもらうか。
いや、最初から上級職は成長が遅くて使えないとかいう罠があるかもしれないし、それなら能力値を極大化してもらうか、経験値何倍増とか可能な限り成長率を上げるってのもチートとしては定番だ。
あるいは聖剣エクスカリバーとかムラマサとか、超強力なアイテムを初期装備でもらうとか、ドラゴンの召喚能力とか他人(特に美女)をいいなりにする魅了スキルとか。
いや待て、そもそも転生先の世界はどういう所だ?
これがいわゆるゲーム的世界だとしても、戦闘メインのゲームでなければ戦闘力特化型のキャラなんて無用の長物だ。
まったり生産スキルでお金持ちを目指す平和な世界かもしれないし、もし戦闘系ゲームだってMMORPG的なものか人数が決まったパーティー編成するものか、とかで求められる能力は違うし、まあ要するに何が有利になるかはゲーム世界のルールや設定次第だ。
そこを質問しようか、とか考えているとガヤガヤと喧噪が聞こえてきた。
「大変だ、救急車だ!」「いや即死だろ、110番じゃないのか!?」
「ともかく駅員を!」「こっちだこっち!」
闇の中に、ふわりと駅の情景がぼやけながら浮かび上がり重なって見えてきた。
どうも上から見下ろしているような感じだ。俺の体は見えない。
車両の下か?跳ね飛ばされたのか?ともかくホームにまで大量の血が飛び散っている。俺の体は間違いなく見るに堪えない状態になっているだろう。
医学部志望にも関わらず血を見るのが割と苦手でスプラッター映画などとんでもない俺としては、直視できない方がむしろいいかもしれない。
あ、あの母子がホームにへたりこんで震えている。
「大丈夫よ!大丈夫、ハナちゃんケンちゃん。もう大丈夫だから、怖くないよ!」
幼児二人は母親にしがみついて泣き叫んでいる。
「大丈夫、おうちに帰ってお遊びしましょう、何がしたいかな?ママと楽しいことしましょ。何でも好きなこと言って・・・」
必死になだめる母親。泣き続けていた二人が、まったく同時に声をあげた。
「ぐすんぐすん、じゃあお人形遊びして」「うー、粘土遊び~!」
その途端、♪パララパッパッパ~とファンファーレのような音が鳴り響き、景色は真っ白に輝き、そして再び暗転した。
<えっ?>
なんだかよくわからないが、女神が妙に焦っているようだ。
<混信した!?まだ実次元と魂がつながっていた? それで一時的にゲートが開いて情報が流れ込んで・・・でもこれってもしかして・・・ああっ、設定済みになってるっ!!>
女神が左手に持つ分厚い書物らしきものをめくってから、ちらっとこっちを見る。
気まずそうだ。もしもし、女神様?なにかよからぬことが起きてませんか?
<オホン、ボーナススキルの設定は完了しました。汝に祝福を>
わざとらしくおごそかな口調を取り繕って言ってるけど、何かごまかしているのは明白だ。
「えーっと、何か望みを言えばいいんですよね?そもそもこの世界のルールを知りたいんですけど」
<いえ、それは必要ありません。スキルとかは神様に任せて下さいね(にっこり)>
「いや、おかしいでしょ!さっき望み通りのスキルをくれるとか言いましたよね、確かに言ったよね」
<・・・>
「・・・」
見つめ合う二人、あるいは一人と一柱。
<オホン、ボーナススキルの設定は完了しました>
女神はわざとらしく繰り返す。
<スキル名は・・・「お人形遊びレベル1」と「粘土遊びレベル1」ですね。レアスキルですよ。神たる私も初めて見ました。それにボーナススキルは本来1つしか付与されませんが、2つも持てるなんて大変な幸運です。まさに神の祝福っ、神の奇跡! ・・・>
「待て待て待て~っ!なんだよそれ、人形遊びに粘土遊びって!」
それ、さっき助けた幼児たちが口にした希望だよね。希望、望み・・・マジか、本気と書いてマジ。
<・・・はい。入力待ち状態で最初に唱えられた人の子の望みが、それも偶然まったく同時に二つの望みが唱えられた結果、世にも珍しいボーナススキルの二重設定が実現したわけですね。これは実証実験の貴重なデータとして報告を、あわわ・・・今のナシねっ>
女神は動転しているらしい。
<とにかく、一旦設定された初期ボーナススキルは後から変更するのは不可能なので、これで頑張って下さいね。あなたなら大丈夫です>
キャッチセールスみたいなウソくさい笑顔だ。
「・・・一応聞くけど、転生先の世界って、危険なモンスターはいなくて、まったりのんびり異世界ライフを楽しめばいい、っていう感じの世界なんですか?それとも、人形遊び選手権で一位になると王様になれるとか、そういう変化球な世界設定の?」
<いえ、モンスター多数、戦争状態の国家は多め、PKありで、死んだらやり直しなし・・・危険度偏差は+10だから戦闘技能がきわめて有用な、あなた方の言葉で言うと『剣と魔法の世界』ですね>
「そこで人形遊びとか粘土遊びとか、どう役に立つんだ?」
<それは・・・何事もプレーヤーの工夫次第ですよ!>
「ごまかすなよ!」
<まあまあ、成長ボーナスと幸運ぐらいはおまけでつけときますから・・・あっ!そろそろ次の転生者の方に行かないと、じゃあ頑張って下さいね! 神の祝福が共にあらんことを!!>
「おいおいおいっ!ちょっと!」
手を伸ばす俺から必死に逃れるように女神は舞い上がり、暗闇に差し込む光に導かれ、姿が消えていった。
「待てよ!神様、お~い!」
そして、また俺の意識は闇に飲まれていった。