9話『寧々と自己紹介』
次の話からシリアスが始まります。
今回は多分ほんわか回です。多分。
クラス発表の次の日、私は勝負に出る事にした。一年という時間の早さをかなり深く理解したので、善は急げ、と早速作戦を練った。
幸人の登校がいつも早いのは知っていたので、私がいつもより早くクラスに行くことでクラスで2人っきりになるという作戦だ。突然ではあるが、これまではずっと踏み出せなかった一歩であり、私にとっては大きな成長なのだ。
……え? なんで幸人の登校が早いのを知ってたのかって?
……乙女の秘密だ。ま、待ち伏せなんかしてないしっ!
やはり第1印象は大切だ。しっかり挨拶できるように言葉の準備をしておかないと。私は二年生の最初に大幅にスタートダッシュを決めるのだ。うんっ!
私はなんとか早起きに成功したので、作戦通りにいつもより30分近く早めに家を出た。普段より低い位置にある朝日が眩しい。
春になって現れるぽかぽかとした陽気は、どこか生き物を明るくする。早朝ということもあってか、小鳥たちのさえずりがちゅんちゅんと楽しげに響き、芽を出した草花は朝日に照らされて新緑色にキラキラと煌めいていた。そんな私もどこか気分が良かった気がする。
足取り軽く新しい教室に入ると、そこには予想外の景色があった。
ほとんどのクラスの男子が既に登校済みだったのである。しかも肝心の幸人はそこに居なかったのだ。
まさに踏んだり蹴ったりである。こうなってしまったらもはやどうしようもなく、作戦は失敗。そして男子の挨拶責めに遭った。
別に悪いことをしている訳でもないので無下には出来ないけど、流石に数が多すぎる。これじゃあ顔を覚えようにも覚えられない。クラスに到着してからずっと座って作り笑顔を振りまくのは正直しんどかった。
「おーい男子、そこ私の席だから。どいたどいた」
その声はっ!? パッと顔を上げると、そこには面倒くさそうにシッシ! と手をはらう寧々がいた。男子達は彼女の顔を見ると、仕方ねぇなぁ。と蜘蛛の子を散らすように去っていった。
彼女は、……はぁ。ったく。と大げさに溜め息をつくと、「おはよ、沙耶。大丈夫だった?」と優しく此方を向いた。
綺麗に整った短い髪をサラっとなびかせ、キラキラとした笑顔を私に向けた。
彼女は姉崎 寧々。去年、私のクラスメイトであり、よく一緒に過ごした友達だ。一緒にいて圧倒的に楽かつ安心する子で、よくお世話になっている。
女の子にしては身長は高く、顔は美形で整っていた。そのいい意味でのボーイッシュな性格と持ち前の優しさは、男の子より女の子にモテていた。
確か去年3回? 4回だっけか。同級生の女の子に告白されていた。本人は困っていたけど、今はその子達の気持ちが分かる。
ね、寧々……すっごいイケメンだぁあ。(注:寧々は主人公ではありません)
「うん、おはよう寧々。ありがとね、助かったよ」
「いえいえ、いつもの事だからね。でも沙耶、困ってる時はちゃんと嫌っていうんだよ? あたしがいつでも居るって訳じゃないんだからね?」
「はーい、いつも頼りにしてます!」
「いや、そうじゃなくて……まぁ、いいけどさ」
少しお説教されてしまったが、素直に感謝を伝えると照れて弱くなる。私が知ってる寧々の弱点だ。可愛いところもあるのだ。幸人にも素直になれたらなぁ。なんて思う。
そうして2人で笑っていると、ハッと思い出した。
あっ、そういえば幸人は!? 私が挨拶責めに遭っている時にいつの間にか登校していたようだ。うぅ、作戦が……。
ちらっと幸人の方を見ると、男の子と2人で喋っていた。友達かな? 後で自己紹介で名前覚えとこう。というかよく見ると幸人の挙動がおかしい。どこか痛めたのかな? 話しかけられたら嫌かなぁ。嫌だろうなぁ。どうしよう……
なんて考えていたら、新しい担任の先生が教室に入ってきた。女性の先生だった。なるほど。
先生は軽い挨拶のようなものを済ませて、早速生徒達に自己紹介をするよう指示した。
名前順で紹介するらしく、最初は「あ」で始まる寧々だった。寧々はえーと。と少し考えた後、さらっと凄い事を言った。
「あー、姉崎寧々っていいます。サッカー部です。えーなんだ。とりあえず沙耶に告白するなら私に一声かけてからにして下さい。以上です。」
「ちょ、ちょっと寧々! 何言ってるの!?」
クラスメイトは明らかにざわざわと動揺を見せた。自己紹介なんだから自分のこと話そうよ!
顔が熱くなっているのを感じる。もう……寧々のバカ! いつも助かってるけどさ! っていうか次の番私なんだけど!? ど、どうしよ。幸人も見てるのに……。待って、幸人が見てるって考えたら顔すごく熱い! は、早く自己紹介しないと。
「え、えっと、天野沙耶です。帰宅部です。良ければ仲良くして下さい。宜しくお願い致します!」
どこか気難しい感じになってしまった。うう。まだ暑く、パタパタと手で仰いだ。恥ずかしい。
幸人の方をチラッと見てみると、何故か両手で顔を隠していた。え、見るにも耐えなかったのかな!?
次々に自己紹介は進んでいき、幸人と喋っていた男の子の番になった。あ、名前覚えないと。
「えー、片桐裕太です! バスケ部です! 趣味は漫画鑑賞、恋愛相談です! あ、小鳥遊くんとは仲良しです。地味な子ですが、皆仲良くしてあげてください!」
「お母さんか!」
片桐くんって言うんだ。なるほど。ええ、あの子も他の子紹介してるし。って、幸人じゃん! 幸人は地味なんかじゃないし! か、カッコいいし! って何考えてんの私!?
クラスの皆はその様子を見て笑っていた。お、お母さんて。ツッコミも謎だよ……。思わず笑いから頬が緩んでしまう。寧々もくっ……と顔を下げて震えていた。片桐くんか。いい子なのかな?
私は少しだけ片桐くんを観察してみた。彼は面倒くさそうにだらけて目をつぶってみんなの自己紹介を聞いていた。え、ちゃんと聞いてあげなよ。と思ったけど、よくよく見たら、それは違った。
あれ、面倒くさそうに見えるけど、耳すましてるんだ。あとたまに目を開けて顔を見る時の真剣そうな目つき。理由は分からないけど、真剣に話を聞いているように思った。
ふぅん。悪い人じゃなさそう。でもいい人? かどうかは分からないけど。
ついに幸人の番になった。ど、どんな自己紹介するんだろう……。あれ、ちょっと緊張してる? なんかちょっと可愛いかも。って、ホント何考えてるんだろ。
「小鳥遊幸人です。帰宅部です。お母さんが失礼しました。見ての通り地味ですが、どうか仲良くして下さい。1年間宜しくお願いします」
お、お母さん引きずってる。可愛い……片桐くんもお母さんっぽい挙動やめて、笑っちゃうから!
もう、地味じゃないし!カッコいいじゃん!『どうか仲良くして下さい』なんて、こちらこそ仲良くして下さいだよ!
自虐ネタとお母さんの件で皆も少し笑っていた寧々も耐えきれなかったのか、ふふっと声を出して笑っていた。私もそんな寧々と顔を見合わせて笑った。
昔とはもう変わってしまっているだろうけど、それでもやはり優しい幸人のままだった。雰囲気が柔らかい。懐かしい感じがした。
やっぱり話したいなぁ。また2人で遊びたいよ。
……好きだよ。もう、嫌われていたとしても。
分かっている。そんなことを考えていい身ではない、なんて。私から突き放して、今更戻りたい、だなんて。余りにも身勝手だ。
でも、でもこの気持ちは本当なんだ。あの日からも、その前からもずっと変わらないんだ。
勇気を出せ。私はやれば出来る子なんだ。だから、頑張れば、すごく頑張ったら、……また付き合える。かな?
休み時間、私は寧々と2人で話していた。
「片桐くん、だっけ? あの子面白かったね!」
「そう? 私としては、かたなし? くんの方が傑作だったけどね。お母さんが失礼しました。って、ほんと今でも……」
「たーかーなーし! 小鳥遊だよ! まぁいい人なのは分かるけどさぁ?」
また思い出してくくくっと笑った寧々に訂正を申し入れた。もうっ。でも、幸人が褒められたのは少し嬉しかったりも、する。
「んん? なんだ? 沙耶は小鳥遊くんの事が気になっちゃったの? まぁ。確かにあいつ優しそうだったもんね。沙耶の好きなタイプってあーゆー感じ?」
「へっ? き、き、気になるとか、そんなんじゃないし! 違うもん! す、好きっ、好きとか! 違うからっ!」
「さ、沙耶必死すぎだって! 逆に怪しいからっ」
寧々はあははは! とおかしそうにお腹を抱えて笑っていた。もー! と怒ったように振る舞ったが、内心ヒヤヒヤである。
き、気になったとか、そんなのすぐバレるの!? あ、危なかったぁ……。
あ、でも寧々も幸人のこと優しそうって言ってたなぁ。も、もし寧々が幸人のこと好きになったらどうしよ……。な、なーんて! なんて……ないよね?
寧々はカッコいいし、美形だし、優しいし、頼りになるし。やばい。勝てる要素がない。
そ、その時は敵だからね……寧々……!
寧々、強敵。ちなみに勝てる要素といえば胸が小さいことである。
え?それがまた良い?
え?