5話『自己紹介』
上半身全身が痛みで動きづらい。身体を動かそうとすると筋肉がミシミシと悲鳴をあげているのが分かる。
……4倍は、やり過ぎた。
軋む身体に鞭打って辿り着いた僕の新しい教室は、まだ登校するには早い時間にも関わらず熱気に包まれていた。
あ、昨日マッカで熱く語っていた彼が今日は反してオドオドしながらお迎えに来た。
「……おはよう、ゆーたん……」
「お、おう。おはようさん。何でそんな事になってんだ? ……いや、すげえ歩き方おかしくね?」
彼は笑いつつ軽く引いていた。なるべく上半身を動かさないように歩いていた僕は、パントマイムの歩き出した銅像のような姿となっていた。
あっ喋ると痛い。……周りの目も痛い。
「ちょっと筋トレ4倍キャンペーンでね……。ところで教室賑やか過ぎない? なんかあったの?」
「戦闘民族かよ……。あぁ、天野さんを狙ってる男子たちが一斉に集まったみたいでな……。隣のクラスの奴まで来てるってどういうことだよ、やっぱ天野さんって大人気なんだな」
僕は自分の席にゆっくりと鞄を置き、座った。いたたたたた。おいしょ。……じじいじゃん。
ちらっとさやちゃんの席を見てみると、彼女は四方八方から男子の自己紹介責めに遭っていた。
明らかに困っている様子が分かる。だが、この大群相手に、「困ってるよ。やめよう?」とも言いにくい。まったくのお門違いである。
四面楚歌ってああいう事を言うんだろうな……。
「……あれは酷い。やっぱりさやちゃんモテるんだなぁ。って改めて認識させられるよね」
「だな。でも幸人は自己紹介とか行かなくていいぞ。マジで」
やれやれといった風に彼は肩をすくめた。僕はああいう人の集まりが苦手だし、そもそも強くなるまでは話さないと決めている。いくら好きでも、その子の事を困らせては本末転倒である。
「おーい男子、そこ私の席だから。どいたどいた」
その群衆を止めたのはさやちゃんの前の席の姉崎さんだった。姉崎さんに対し、意外にも男子があっさりと去って行って驚いた。
姉崎さんは背が高く髪は短めのボーイッシュな女の子だった。さやちゃんと大丈夫だったか? といった風に話したあと、ったく。と男子の方を呆れたように向いて目を細めて席に着く。
……イケメンかよ。え、僕が女の子なら惚れるよ。
さやちゃんも安心したように笑って姉崎さんと話している。え、何。付き合ってるの? え?
「……見過ぎだろ。犯罪者の匂いがするぞ、幸人」
「……いや、ぼ、僕はやってません」
「何をだよ。むしろ怪しいからやめろ」
正直時間を忘れて見つめていた。もう少しでさやちゃんから不審な目で見られてもおかしくはなかったので危なかった。
それでも僕はやってません。(有罪)
そうこうしているうちに新しい担任の先生がクラスに到着し、はーい、はよ座れー! と大きな声で指示した。
今日の時間割は4時間目くらいまで新しいクラスのルールの決め合いや自己紹介。そして5、6時間目が授業であった。
早速先生が前で自己紹介をして、そのまま流れで出席番号順に自己紹介することとなった。担任の先生は、伊藤絵馬という新任の若い女性の先生らしく、とても軽い挨拶が印象的であった。
それはさておき、1番手は「あ」から始まる例の姉崎さんだった。
「あー、姉崎寧々って言います。サッカー部です。えーなんだ。とりあえず沙耶に告白するなら私に一声かけてからにして下さい。以上です。」
「ちょ、ちょっと寧々! 何言ってるの!?」
うおぅ。こういうのって趣味とか好きな食べ物とか言うんじゃないの? え? マジイケメンやん。
お爺ちゃん結婚認めちゃう。
あと赤面してあたふたしてるさやちゃんは爆発しそうな程可愛いかった。SAN値をごっそり削っていくスタイル。ありがとうございます。(発狂)
二番手は同じく「あ」で始まるさやちゃんだった。
「え、えっと、天野沙耶です。帰宅部です。良ければ仲良くして下さい、宜しくお願い致します!」
まだ少し赤面していた彼女の自己紹介は、それはそれは男子を悩殺してしまうには十分な火力だった。むしろ何でもするので仲良くさせて下さいだよ。
その後もクラスの子の自己紹介が続き、ゆーたんの番になった。
「えー、片桐裕太です! バスケ部です! 趣味は漫画鑑賞、恋愛相談です! あ、小鳥遊くんとは仲良しです。地味な子ですが、皆仲良くしてあげてください!」
「お母さんか!」
割と笑いが起きたので良かったが、危うく僕の高校生活が終わるところだった。この野郎、覚えておけよ。
そしてついに僕の番になった。第一印象はかなり大事と聞く。しっかりやろう。
「小鳥遊幸人です。帰宅部です。お母さんが失礼しました。見ての通り地味ですが、どうか仲良くして下さい。1年間宜しくお願いします」
なんとか僕の自己紹介は終わった。あぁ、なんでこんな事に。きっとさやちゃんも『気持ちわるいので二度と近づかないで下さい。ってか消えて。地味が移る』なんて考えている事だろう。
と、彼女の方を見てみると、姉崎さんと2人で笑っていたので安心した。可愛い。(違う)
こうしてクラス全員の自己紹介が終わると、先生から軽い今日の予定の説明があって、そのまま2時間目の委員会決めまで自由時間となった。
とりあえずゆーたんの所へ行き、ゲンコツを浴びせた。う。筋肉痛やばい。
「いててて。ごめんてば。でも、ほら。天野さん笑ってたろ?」
「……狙ってやってたんだ」
「まーな。実咲も笑ってたからお互いさまってことよ。朝集まってた連中より、絶対好印象だぜ?……ちょっとでも自信ついたか?」
「……ありがとう。頼りになるね、お母さん」
「引きずってるんじゃねーよ。ほら、次の作戦会議だ。近う寄れ近う寄れ」
と、悪い顔をして笑った。まだ何かやる気のようだ。僕は仕方ないなぁと彼に耳を近づけた。
……僕はいい友達を持った。大切にしよう。でも、恥ずかしいからそれは悟られないようにしよう。うんうん。
彼は、ニヤァっと笑っては、こう言った。
「お前天野さんと同じ委員会入れ」
「うん?」
うん?