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12話『勇気と覚悟と苦しみと』

 

「幸人が……彼がああなってしまったの、多分、俺のせいなんだ」


「……え?」


 耳を疑った。幸人が倒れて、記憶を失ってしまったのが、藤沢くんのせい?


 彼は申し訳無さそうに、切羽詰まったような表情を覗かせる。


「ねぇ、どういう事? 詳しく───」


「待ってくれ! その前に……言いたいこと、もう一つあるんだ。これは、俺なりのケジメ。絶対にやらなきゃダメなことだから」


「……? うん……」


 大きく息を吸い込んで、ふぅ、と吐き出す。そして、私の目をしっかりと見据えた。



「ずっと前から好きでした。付き合ってください」


 彼は右手を大きく差し出し、勢いよく頭を下げた。


 時が止まったような、1秒を永遠に感じるような感覚に襲われた。生温い春風、蒼い空。ふわふわと呑気に浮かぶ雲。そんな何気ない日常の切れ端に取り残されてしまったような、そんな不思議な感覚に。


 数刻の硬直の後、何故か思い浮かんだのは、幸人の笑顔だった。『大丈夫』なんて言って無茶して笑う彼をまぶたの裏に映したのだ。


 ──その瞬間、現実に引き戻された。


 進まなきゃ。私は進まないとダメなんだ



 心を落ち着かせて、真っ直ぐに彼を見つめて、言った。



「…………ごめん。私、好きな人が居るんだ。だから、告白は受けられない」



 彼はゆっくりと、優しく微笑んだ。


「……うん、知ってた。分かってたんだ。絶対に敵わないことなんて。……ありがとう、天野。俺、やっと胸張って幸人に会えるよ」


 そう言うと、彼は両手で自分の頬を力強く叩いた。パン! と、痛々しい音が教室に響く。


 その大きな音につい驚いて声を出してしまった。



「ひゃっ!?」


「……うし、切り替えた。俺、すっごい天野のこと応援してるから! 頑張れな!」



 彼は頬の痛みからか、少し涙目で笑って、そのまま走って教室から立ち去っていった。


(あ、あれ。そういえば……何で幸人が倒れたのが自分のせいだって思ったんだろ……)


 結局聴きそびれてしまったが、彼の表情や、普段の様子から考えて、恐らく彼が原因では無いのだろうと思った。


 そうして静かになった教室で一人、大きく深呼吸をして、覚悟を決める。気持ちを切り替えるために、彼に倣って両手で頬を強く叩いた。彼ほどでは無いが、教室にパチン、と小さく音が響く。


 すると、頬を襲うジンジンとした痛みと同時に何をクヨクヨしていたのか、と自分に対する呆れが心の中で生まれていた。


 幸人は今も歩き続けている。一歩一歩、着実に進んでいる。そんな時に私は、何を悩んでいるのだろう。自分が今できることなんて、一つだというのに。


「こちらこそ、ありがとうだよ。藤沢くん」


 己のやるべきことを再確認することが出来たことの彼への感謝を、一人呟いた。




 その日の夜、片桐くんからLINEが届いた。


 裕太:《明日、また3人で幸人の所行かないか? 用事があるなら別の日にするから言ってくれ》


 3人、というのは恐らく私、寧々、彼の事だろう。私に明日の予定は無いが、昨日の病院でのこともありやはり気持ちは(はばか)られる。


 ぶんぶんと頭を振って、気持ちを切り替えた。素早くカタタタ、と文字を打ち、えい、と送信する。送信してしまった以上、もう後戻りはできないだろう。


 《うん、明日は大丈夫。じゃあ昼休みにまた話そう》


 裕太:《よし、じゃあまた明日昼休みに。突然夜遅くにLINEしてすまん。おやすみ》


 彼からの返信は例のごとく瞬間的に届いた。その内容を見ては心の中でツッコミを入れる。いや、夜遅くって。まだ8時だよ!? もしかして片桐くんってすっごい早寝早起きするタイプなのかな……? 一応おやすみ、と返しておこう。


 《おやすみ、また明日!》


 そう返信してはスマホを閉じた。そうして私はメモ帳を開いて、箇条書きで書き綴る。


 ・好きな食べものは?

 ・リハビリは大変?

 ・病院で困ったこと無い?

 ・昨日の頭痛は大丈夫だった?

 ・私は怖くない?

 ・佐越さんってどんな人?


 つらつらと書き続けて、ピタ、とペンが止まった。


 ・好きな女の子のタイプは?


 ……こ、こんなこと聞いてどうするのよ、私。

 今やるべきことはこんなことじゃないでしょ!?いや、でもでも、これは彼を知るためのことだから……?


 そう、今、私がするべき事は、『彼を知ること』だ。だから、次に会った時に色々なことを聞きたいなぁ、と考えたのである。


 彼はきっと優しい人だから、正直にケロっと答えてしまうかも知れない。もし、そうだったならば、割と何でも聴けてしまうかも。


 例えば……



 ・私のことをどう思う?



 ……とか。


 いやいやいやいや! 聞かないよ!? 聞かないけど! そうして一人で顔を赤くして羞恥心に悶えては乱雑に消しゴムでゴシゴシと質問を消した。


 そんなことを考えていると、明日の放課後のことが楽しみで、つい頬が緩む。





 ────私はその時、知らないフリをした。


 彼を知って、彼の優しさに触れて、そうすることで。


 いつか必ず来てしまう彼との別れに、どれだけの涙が、どれだけの勇気が、覚悟が、苦しみが必要かを。



 私はまだ分かっていなかったのだ。



ねずみくんは、もし、ワニくんの死までのカウントが見えていたならば、どうしたでしょうか。


1日目から会う事をやめていれば、苦しみは減るのでしょうか。


果たして、それは正しいのでしょうか。


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― 新着の感想 ―
[良い点] 藤沢は自分の事しか考えず、余計な事しかしないな┐(´д`)┌
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