8話『お昼休みのトラブル』
タタ、と指で文字を打つ。相手は最近追加された友達で、幸人の状態のことを唯一共有できる、仲間だ。不器用に、『よろしく』も無しに始まったこの会話だったが、始まりの長文を見ると不意にぷっと笑みが零れる。
《沙耶》:《一気に聞かないでよ。文字にしたら長くなりそうだから、お昼休み、また会って話そう?》
送信のボタンを押すなり、すぐに既読の文字が付いた。もしかして彼は暇なのだろうか。確か部活やってたよね……?
《裕太》:《分かった。そうしよう》
ピロン、と音が鳴っては返事はすぐに返ってきた。彼の言葉はいつも通り短調で不器用な内容で。だけどそれが逆に私を安心させた。
返事を打とうと指を画面に向けると、携帯はまたピロンと音を鳴らせてその指を静止させた。
《裕太》:《ひとつだけ聞いても良いか?》
《沙耶》:《内容によるかも》
《裕太》:《大丈夫だったか?》
《沙耶》:《何が》
《裕太》:《悪い、何でもない。おやすみ》
《沙耶》:《また明日、ちゃんと話す》
既読という文字が付くが、彼がそこから返事を送ることは無かった。
彼は不器用ながらに私を心配したのだろう。そして『何でもない』と、その手を止めた。どうしてか。
それは聞くまでもない愚問だったからだ。私が幸人の様子を見て大丈夫な訳がない。それをすぐに察したのだろう。酷い人だ。
明日、きっと色んなことを聞かれるだろう。私は今日起きたこと、感じたことをちゃんと全て伝えられるだろうか。いや、伝えるしかない。
私が彼の『キッカケ』かも知れないことを。
☆☆☆
昼休み、問題が起きた。
昨日のようにこっそりと教室を出ようとする私の腕を彼女が引き止めたのだ。
無論、寧々である。
「沙耶、どこいくの?」
「え、えと。あれだよあれ。お手洗い!」
「へぇ、お弁当持って?」
痛いところを突かれる。
私は昼休みは毎日寧々と食べていたので、確かに誰と食べているのか、と疑問に思われても仕方ないだろう。
でも何故か尋問を受けているような感覚に陥る。なんとか笑顔を向けて誤魔化した。
「え、えと直接食べに行くからさ!」
「どこで? 私も一緒に行っていい?」
屋上です。とは言えない。あそこは立ち入り禁止である。そして寧々を連れて行っていいかどうかも分からない。寧々と来るときっと片桐くんは困惑するだろう。いや、絶対嫌がる。うげーって顔する。
「え、えと、聞いてみるから!」
そう言って走り出した。向かうは文芸棟の屋上。逃げの一手である。寧々には申し訳ないが、今日は彼としっかり話さなければならない。
全力で階段を駆け上がり、はぁはぁと息を切らしながらドアを開ける。そこには日向ぼっこをしながらぼうっと空を見つめる彼の姿があった。
「よっ、え。なに、どした? そんな急いで」
「はぁ、はぁ。何も……。ちょっと休憩……」
「お、おう。敢えて聞かないでおこう」
そうしてベンチに歩いて行くと、後ろからドアがガチャと開いた。
「やーっぱり男か。沙耶、しっかり説明してね?」
頬がヒクヒクと引きつる。これでも全力疾走だったんだけど……? お弁当持ってるし。っていうか息すら切れてないのナンデ?
片桐くんはジト目で私を見た。超嫌そう。そんな目で見ないで……!?
☆☆☆
ひと段落ついて、私と寧々がベンチ。片桐くんが不服そうに床であぐらをかいて座った。
「んで? 私に何も無しでここで二人、何してた訳? ここ立ち入り禁止だけど」
「じゃあ俺は一旦帰って……「は? 喋るな容疑者」
「容疑者!?」
寧々はじぃっと私を見つめた。少し悲しそうなのが申し訳ない。そして片桐くんはもっとごめん。
確実に彼のせいではない。それだけでも弁解しよう。
「私からお昼に誘ったの。その、話したいことがあって」
「は……!?」「おいっ!?」
寧々は私の肩をガシッと掴んだ。涙目で訴える。
「大丈夫、大丈夫だから。私は騙されない。この犯罪者に何かで脅されてるんだよね!? 正直に言っていいんだよ? 警察いこ? ね?」
「待てコラお前今なんつった」
「え、ちょっ、違うよっ!?」
困惑する寧々をなだめては少し喧嘩腰の片桐くんを落ち着かせる。
「完全に天野さんの言葉が悪い。マジで女神ブランドの言葉の重みを知れって。ここが教室だったら俺は死んでたぞ?」
「なぁに安心して。片桐は私が殺す」
「何この子もうヤダァ」
勘違いさせてしまったことに反省しつつも、彼のオカマ風の口調にぷっと笑ってしまった。
それを見て寧々は何笑ってんの。と少し不機嫌そうにしていたけど、
この場は一旦落ち着いた。それから寧々に詳しく幸人のことを説明する。
するとまだ少し複雑そうに私の方を向いた。
「それなら尚更私のこと誘ってくれたら良かったのに……」
「昨日は片桐くんから誘われたの、だから勝手に寧々を連れてきたら嫌だろうなぁって」
「はぁ? じゃあやっぱ片桐は有罪じゃん」
彼女はまた噛みついた。対して彼はやれやれと返す。
「何の罪だよ」
「文化財保護法違反。5年以下の懲役もしくは禁錮または30万円以下の罰金」
「さっきは死刑だったろうが」
「それより私を勝手に文化財にしないの」
寧々にぺしっとデコピンすると、でも…! といった風な目で私を見た。仕方ない、とため息を落とす。
「これから幸人の話するときは寧々も参加させて? 寧々、すっごい頼りになるし、その方が私も心強いからさ」
「天野さんがそう言うなら。つか昨日の幸人のこと……もう、大丈夫なのか?」
「うん、もう大丈夫。幸人の担当の医師の人が慰めてくれた。幸人が大丈夫って言ったんだって」
「佐越さんか、俺も前に会ったんだ。幸人の担当が良い人そうで良かったよな」
「名前まで知ってるんだ!? あー、確かに良い人だったね。まぁ変な人でもあったかも……?」
「あー分かる。幸人も担当があの人なら毎日楽しいだろうな」
「うん、そうだね!」
「それより沙耶。昨日の話を聞かせて? かたなしはどうだったの?」
「「小鳥遊!」」
「あっごめん。ってか仲良いな!?」
きっと彼と仲良くなれたのは幸人という共通の趣味があったからだろう。まぁ寧々が心配するような関係には絶対にならない。それは片桐くんもお互い様だろう。
すぅ、と大きく息を吸い込んだ。心を落ち着かせる。昨日の幸人の話をするのだ。私は幸人に会って、最初に──そう。
鮮明に思い出す。幸人の真っ赤な顔、訳がわからなくて困惑している様子。口調。
「じゃあ、話すね」
寧々と片桐くんは真剣な眼差しでこくりと頷いた。
正月に色々と忙しく、続きが書けない状態でした。心を入れ替えてこれから更新して参りますので、
良ければ応援宜しくお願いします。