5話『思い出したのは。』
「そんじゃ、そろそろ良い知らせの方を話すぞ」
勢いよくお茶を流し込んでは、また話し出した。私はその事実をやっと少しずつ飲み込めてきたところだ。やはり正直そんな事は認めたくはない。それでも、認めなければ前に進めないのだ。
今度は先ほどとは違い、彼は少し朗らかに笑って話した。
「良い知らせってのは、あいつがすっげえ元気だったってことだ」
「ふふ、それは良い知らせだね」
「……そう、確かにあいつの記憶は消えていた。でも、幸人は今も元気なんだ。記憶が消えたからって、俺たちの関係まで消えた訳じゃあない。それじゃ、やっぱり俺たちが支えてやんなきゃな!」
「そうだね。今こそ私たちが頼りにならないとね!」
……壊れる前の幸人には、『絶対に頼れない』と言われてしまったけど。などと嫌なことを思い出した。……大丈夫、きっとやり直せる。だから今は、今だからこそ、頼りにされたいのだ。
「んで、ここからは、俺の希望。あんま期待すんなよ?」
少し嬉しそうに笑って注意を入れた。目を片方瞑って人差し指を立てる。何だろうか。
「あいつの記憶は、完全には消えてない」
「それって…どういうこと!?」
「まぁまぁ落ち着け。注意したろ? これは俺の希望だって」
「うぅ、だよね……」
彼は少し照れくさそうに頬を掻いて笑った。
「あいつさ、俺のこと親友だったんじゃないかって言ったんだ」
「……本当に!?」
「医師の方が言うに、不安定な状態ってのは、別にマイナスの方向だけにかかる訳じゃないんだ。何かのキッカケですぐに幸人の記憶は戻るかも知れない。だって、俺の事だって思い出したんだ。……ほら、ちょっと勇気湧いてきたろ?」
「……うん、うん! すっごい勇気湧いてきた! 私、今日幸人に会ってくるよ。私も幼馴染みだったって思い出してもらえるかなぁ?」
「あ、あんま期待しすぎんなよ……? ほら、俺のがたまたまかも知れないしさ?」
待て待て、と手のひらで私を制した。でもそんな顔も先程と比べたら格段に明るい。彼も私と同じように幸人を心配してくれているのだ、と、とても嬉しく感じた。やっぱり彼は良い人なのだろう。幸人の親友を名乗ってるだけはある。
そんなことを考えていると、隣からぐぅとお腹の音が鳴る。
「……そういや弁当食ってねえな。とりあえず食おうぜ?」
「誤魔化したけど今お腹なったよね?」
「うるさいさっさと食え。色々と幸人にバラすぞ」
「そ、それは卑怯だよっ!」
彼は恥ずかしさを紛らわすようにご飯を無理やりかき込んだ。口いっぱいに頬張ってはもぐもぐとよく噛んでから飲み込んだ。
そんな私も正直お腹がペコペコだったので、ゆっくりとご飯を食べる。
屋上は吹き抜ける春風が心地よく、暖かい春の陽気は心を穏やかにさせた。
☆☆
ピンポーンと音と同時にエレベーターのドアが開く。三階、ここに来るのはこれで二度目だ。前回は幸人の目を覚ます様子は見ることができなかった。
だけど今回は違う。例え幸人の記憶は消えていようが、彼は元気なのだ。……なら、私も落ち込んでる場合ではない。今こそ彼の支えになるのだ。
トントントン、と3回ノックする。
はい、と病室から幸人の声が聞こえて、心がドクンと揺れた。ゆっくりと、扉を開く。
「……ッ!?」
「……へ?」
ガラガラと扉を開き、ベッドにちょこんと座る彼を目に映した。
途端、目が合う。そこには見慣れた顔の幸人がいて。前に見たときとは違い、健康そうな顔色で心がほっとする。良かった。元気になって本当によかった。少し泣きそうになってしまった。
しかし彼は、そんな私を見て目を大きく見開いた。顔はみるみるうちに真っ赤に染まっていき、腕でそんな真っ赤な顔を隠す。
「は? へ!? 何だよそれ!?」
もう耳まで真っ赤に染まってしまった顔を驚いた様子でペタペタと両手で触り、私に向けて叫んだ。
「タイム! ちょ、ちょっと待った! 頼むから一旦出てってくれ!」
「は、はいっ!?」
病室から出て勢いよくガラガラと扉を閉める。ぺたん、とドアを背に座り込んでしまう。
「え、えぇ。なに、それ……」
心からの言葉を小さく呟いた。
更新がかなり遅れてしまいました。申し訳ありません。