1話『お見舞いと二人の秘密』
ゆーたん目線です
『幸人が倒れた』
……それを聞いた時、俺は心臓が止まったかと思った。呼吸が荒くなって、喉が締め付けられた。
幸人が何か無理をしていることなんてすぐに分かったから、俺はすぐに幸人の行動を止めた。だけど、あいつはこうして倒れてしまった。
……俺が止められなかったからだ。俺ならきっと幸人のことを強引にでも止められたはずだ。きっとそれが幸人の意思には反するとしても、止められるのは俺だけだった。
俺は、幸人が一人で無理して何かを背負ってるのを見て、自分に滅茶苦茶腹が立った。
多分、何様のつもりかは分からないが、そんな大変な時に頼ってくれなかったのが悔しかったのだろう。
俺は、幸人に対して酷いことを言ってしまった。だけど、正直悪いとは思わなかった。
幸人は努力してるんじゃない。自分を傷つけてるだけだ。きっと、辛いことがあって自暴自棄になってたんだ。
そして目的以外の事を分かってくれなかった。幸人の目は本気だった。あのまま俺が何を言ってもきっと断っただろう。
なら俺のするべきことは幸人が何故ああなってしまったのかを知ることだった。俺も冷静じゃなかったのだ。
でも、幸人なら優しい俺の親友なら分かってくれると思ってたんだ。
……大好きな友達が傷つくのは辛いってことくらいわかってくれると思ってた。
俺は、幸人が自分の事が嫌いであることを分かってしまったのだ。
……自分勝手に怒ってしまったことを、謝らなければいけない。そして、謝らせないといけない。
俺はもう、傷つく幸人の顔を見たくない。自分を傷つける姿なんて尚更である。絶ッ対に見たくないのだ。
だから意識が戻ったら相当キツく言ってやろう。
俺はお前のことが大好きだって。
すっげえ信頼してるって。
……本気で尊敬してるって。
……幸人は、お前の生き方は俺の憧れなんだって。
★
次の日、土曜日で学校は休みだったので、俺は部活をサボって幸人の搬送された病院へと向かった。道中で適当に果物を買って、先生から伝えられた住所へと歩く。
もし、『もし幸人の意識が戻らなかったら』なんて、ついらしくもない妄想をしてしまう。脳から不安をかき消して、俺は病院へと入った。
「小鳥遊 幸人くんのお部屋ですか? えーっと、3階の4番室です。エレベーターを出てすぐ右に曲がって、その突き当たりの部屋ですね」
「すみません、ありがとうございます!」
病院の受付には、真っ白のナース服で着飾られた綺麗なおねえさんが居た。そりゃあ、話しかけるしかないだろう。
彼女は優しくにっこりと微笑んで教えてくれた。うん、なんか勇気湧いてくる。うん。
……まぁ実は先生から聞いていて幸人の病室の場所を知っていたけど。
縦に長い大きいエレベーターに乗って、ゆっくりと三階へと進む。中の大きな鏡で自分の姿を見ては、シャキッと気持ちを入れ替えた。大きく深呼吸をする。……よし!
ドアを静かにノックする。とんとんとん。そうしてドアを開けると、そこにはベッドに横たわって目を瞑る幸人と、驚いた様子の天野さんが居た。
「わっ、先客か」
「えっと……片桐くん、だよね? おはよう」
「あぁ。えーっと、その。俺ちょっと出てようか?」
彼女の顔は涙の跡でぐちゃぐちゃになっていた。眉もへにゃりと下がっていて、落ち込んでる様子がすぐに分かる。
そんな顔を見られるのはきっと嫌だろう。俺も嫌だ。だからガラガラと扉を閉めようとすると、彼女はううん、と声を出した。
「大丈夫、私こそちょっと顔洗ってくるからさ。幸人の側にいたげてよ」
「あぁ、そうか……無理、すんなよ」
「……うん。ありがと」
彼女は相当ダメージを負っている様子だった。部屋を出てトイレに行った彼女とすれ違って、俺は幸人の顔を見た。
「……幸人、お前狸寝入りしてないだろうな?」
幸人は、まるでスヤスヤと眠っているようだった。つい昨日までのあの苦しそうな顔が嘘のようだ。だが、意識は戻らない。
「……このまま、寝たきりなんて俺は嫌だぞ? 早く、起きてくれよ……俺、またお前と恋愛相談会してえよ。だからさ……」
ふと、気づくと涙が溢れていた。男なのに、情けない。やっぱりあいつと重ねてしまう。もう何年も前の話なのに。
「幸人、お前の大好きなさやちゃんも来てくれてるんだぜ? ほら、嬉しいだろ? 今ならさやちゃんの寂しそうな顔見れるぞ? ……なんつってな」
俺は、いつものように軽口を叩いてやった。まだ涙は止まらなかった。『もしも』の最悪な妄想が頭から離れない。やめろよ。
ポケットティッシュで涙を拭いて、改めて大きく深呼吸をした。少しだけ気が楽になる。……そういや、これ幸人からもらったやつだったっけか。
幸人の寝顔は、俺の心情と反して余りにも落ち着いていた。すぅすぅと寝息すら立てている。なんか悔しい。
ガラガラ……と、扉が開く。天野さんが帰ってきたのだろう。ゆっくりと歩いては、隣に座った。何気なく話しかける。
「こいつ、すっげえ寝てるな。やっぱ寝不足だったんかね。寝溜めってやつか?」
「……ホントに。なんで目覚まさないのかわかんないよね。……でも、今は覚めないで欲しいかも」
「……ん? なんでだ?」
言葉の意味がわからない。『目が覚めて欲しくない』なんて、ここで一番言ってはいけない言葉だろう。
「……今は、ゆっくり休んで欲しい。ちゃんと回復して、いつも通りに戻ってから来ないと、きっと幸人は、また……無理しちゃうと思うから」
「……そんなこと、絶対にさせない。俺が止めるから大丈夫だ。無理やり俺の家に泊めさせてやる。寝るまで監視する」
「ふふ、それなら安心だね」
彼女は、少し可笑しそうに笑った。畜生、すっげえ可愛いじゃん。こんな子泣かしてるんじゃねえよ、幸人。
……まぁ、それはそれとして。聞かなきゃいけない事が山ほどある。幸人のプライバシーも守りつつ知りたい事だけ聞いていこう。
「なぁ、あのさ。何でこんなに幸人が頑張ってたのかって……天野さんは知ってる?」
「……それ。私も聞こうと思ってたの」
なるほど、とりあえず天野さんは知らないのか。じゃあ何が原因でいきなりあんな無理し始めたのだろうか。
今度は、天野さんが尋ねる
「じゃあ幸人が生徒会に入ろうと思った理由は? 何か知ってる?」
「……いや、まぁ何だ。……知らな…」
「……知ってるんだね?」
知らないと言いかけたところを被せた彼女から陰湿なジト目が飛んできた。うわぁ待って待って言えないってば。あぁ、どうやって誤魔化すかねぇ……。
「はいはい、白状するよ。幸人に生徒会を勧めたのは俺だ」
「ふーん、そうなんだ。で?」
えっ待って下さい。天野さん超怖えっす。
「……まぁ端的に言うと、『自信を付けさせるため』だ」
「……自信、かぁ。なるほどね」
納得したように粘着的なジト目を下に向けた。
「そ、あいつカッコいいのに全然自信ないだろ? だから、仕事やって、自信付けろって言ったんだ。まぁそれには幸人も協力的だったよ」
「だよねっ! すっごい分かるよ! 幸人カッコいいよね!? ここに初めて同士が居たよ……。やっぱ近くで一緒に居る人は分かるもんだよね……! うんうん!」
……待って天野さんすっげえテンション上がったんだけどナニコレ? これってもしかしてもしかしなくても幸人に惚れてないか?
っていうかそもそもこんな時間から幸人の病室に居るの絶対におかしいよな……。
「あー、うん。大体分かった」
「なっ!? べべ別に好きとかそんなんじゃないから! 幼馴染みとしてだからっ!」
「幼馴染みとしてってなんだよ……」
まさか俺がツッコミやらされるとは。幸人早く帰ってきてくれぇ……。
それから結局、俺たちが居る時に幸人が目を覚ますことは無かった。すぅすぅと寝息を立てるあいつに、掛け布団をかけ直しては
「早く目覚まさないと、……泣いちゃうぞ? えーんえーん」
「ごめん片桐くん流石にキモい」
なんて、少し軽口を叩いては帰った。天野さんの『キモい』はさすがの俺も相当のダメージが入ったが。
『泣いちゃうぞ?』なんてからかって見たものの、俺も天野さんもめちゃくちゃ泣いたことは二人の秘密だ。ごめんな幸人。
二人の、秘密だ。……大事なことなので二回言った。うん。
そして幸人は次の日も、その次の日も目を覚ますことは無かった。幸人の居ない学校は、思ってたよりもみんないつも通りで。少し腹が立った。まぁ仕方ないのかも知れない。
だけど俺はやっぱり味気無かった。心のどこかで幸人を寂しがっていたのだ。心配していたのだ。だから、火曜日の放課後、幸人が目を覚ましたって聞いた時はもう全速力で駆け抜けた。
エレベーターを降りて、小走りで部屋に向かう。
「……幸人っ! 大丈夫かっ!?」
勢いよく扉を開けて、目に飛び込んだのは、少し痩せた彼の身体。前に来た時は見ることの出来なかったその目。間違いなく、幸人だった。
彼は、純真無垢の子供のような表情で不思議そうにまじまじと俺を眺めた。
そして幸人はゆっくりと口を開き、信じられない言葉を発した。
「…………誰?」
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