19話『告白宣言と同盟の解散』
「俺さ、1週間後に天野さんに告白するよ」
一緒に登校した日より少し経ったある日。僕は放課後に雅也に呼び出された。
そして僕を呼び出した彼は真剣な眼差しで僕にそう告げた。
「言いたかったことはそれだけだから。ちょっと頑張ってくるよ」
そう言って立ち去ろうとする彼を反射的に制止する。……意味がわからなかった。何より彼の意図が分からなかった。
「ま、待って! なんでそんなこと僕に言ったの……? そんな報告、別に必要なかったよね。しかも1週間後って。どういう事なの?」
「幸人を焦らすような真似して悪いとは思ってる。だけどさ、俺はすっげー焦っちゃってるんだよ」
哀しそうに笑って彼は続けた。
「好きだからこそ見えるものってのもあるんだ。天野さんが幸人と喋ってるところたまたま見ちゃってさ、なんか、色々と気づいたんだ」
「じゃあなんでそんな事を僕に言ったの!? さっさと告白すれば良いじゃん! そんなに焦ってるなら1週間なんて期間要らないだろ!?」
口調が荒くなる。動揺しているのだ。彼の宣言の余りの軽率さに。また、自分の残された時間に、焦っていたのだ。
「……じゃあ俺が先に告白して、それで付き合ったら幸人はそれで納得できるか?」
「……できないよ。……できないよ! でも、納得するしか無いじゃん! だってその方がさやちゃんが幸せになるかも知れないんだったら、もう僕の出る幕なんてない!」
ここまで言って、やっと気付いた。彼の先ほどの宣言は、まさか。……まさか。
「情けをかけたつもりは無いからな」
僕の心情を悟ったのか、彼は否定する。
「これは俺へのケジメだから。そしてこうして色々と気付いちゃった以上、この同盟は解散だ。ごめんな、こんなこと誘っちゃってさ」
「だから、もう幸人は俺のことを気にすんな。同盟でもなんでも無いから、俺に気を使うような真似はしちゃダメだぞ?」
「……雅也は、それで良いの?」
「あぁ、気にすんなよ。こんなこと誘った俺が悪かったんだからさ」
困り眉で僕にそう優しく笑いかけて、雅也はその場を離れた。
……彼は、優しかった。この同盟の話を持ちかけたのは彼だから。彼の提案した同盟の『落とし穴』に彼自身で気づいてしまい、罪の意識を感じたのだろう。
この同盟の落とし穴、それは先に告白した方が成功し、付き合ってしまった場合、もう片方の気持ちは全て捨てなければならないこと。
先に告白するという行為は、つまりはもう一方の気持ちを分かっていながらもそれをドブに捨てさせるような行為でもあるのだ。
『同盟』という言葉のくせに、『裏切り』の行為そのもの。彼は僕を裏切ってしまうことを案じたのだろう。
つまり僕は、情けをかけられたも同然なのだ。
そうして彼は同盟という立場を捨てることで、暗に『裏切り』という意味合いを消した。そしてこの『1週間後に告白する』という宣言はつまり、
『俺が告白する前に、先に告白するなら1週間以内にしろよ』
というメッセージであったのだ。
……ただ、僕にはまだそれができない。
僕は、変わるまではさやちゃんには告白できないから。そして僕は、五年の努力でも変わることは出来なかったのだ。
『変わってないよ。幸人は。昔から、全然変わってない』
彼女の言葉が頭をよぎる。余りにも残酷な、5年分の努力の否定の言葉。まだまだ僕には告白する資格すらないのだ。
それでも、諦めたくない。絶対に諦めたくなかった。この気持ちは、この気持ちだけは本物だから。
足りない頭で必死に考える。どうすれば、どうやったら。
どうすれば1週間で僕は変わることができるのだろうか。
僕は焦る心と心臓とは裏腹に、頭は酷く冷静であった。
ゆーたんと考えた僕の歩むべき道を思い出す。僕の理想の人物像。そして、さやちゃんの理想の男性像。
近道なんて、どこにも存在しない。僕に残された最短の道は、
『仕事をする』
それだけであった。地道な努力は、己の最も得意なものであり、己がこの5年間でひたすらに積み重ねてきたものであった。
至極簡単である。物事には必ず準備というものが存在する。
テストの前には必死に授業の復習をする。
ボス戦前には必死にレベル上げをして装備を整える。
デートの前には普段以上にしっかりと身だしなみを整える。
そう、だから幸人は、残されたこの一週間でいつも以上に努力をした。変わりたかった。強くなりたかった。
ただ、それだけである。それだけで、
───彼は、簡単に壊れた。
次回、幸人死す!




