18話『好きなタイプ』
「わ、私の好きなタイプ……?」
うーん、と、さやちゃんは考えては、口を開いた。
「え、えと。あったかくて優しくて、笑い方がコロコロしてて可愛いくて……。でもちゃんと男の子っぽいところもあって……で、えっと、一緒にいて安心する人! かな?」
さやちゃんは嬉しそうにすっごい詳しく教えてくれた。一言一句忘れないように、メモにしっかりと書き付ける。
それを傍目に姉崎さんはぼうっとしてはかぁああと顔を赤らめた。恥ずかしくて見てらんないと言った風に顔を片手で隠しては言う。
「沙耶……それもう告白じゃないの……?」
「…………へっ? あっ、やっ、た、タイプっていうか理想だから! そんな男の子が居たら良いなぁって希望だから! 勘違いとかしないでね!?」
「……え? ごめんなんの話? メモってて聞いてなかった。もう一回言ってくれる?」
僕の取っていたそのメモを見てはさやちゃんは恥ずかしそうにぎゅっと目を瞑っては言った。
「うぅ……って、な、なんでメモとかとってるのかなぁ!?」
「え、あっ!? これは……そう。アレだよアレ! この前の参考ってやつ! こんなこと聞ける女の子ってさやちゃんしか居ないからさ、うん、そういうことだよ! うんうん!」
「さ、ささ、参考なら仕方ないね! うん!」
「もう、なんなのこいつら……」
危なかった……。何も考えずにメモに取ってしまった。確かにいきなり好きなタイプを聞かれてそれをメモされたら困惑もするだろう。やはりミスは絶えないものだ。だからこそリカバリーが大事なんだな。うん。りかばりー。
誤魔化すように姉崎さんにも聞いてみる。
「そ、そうだ。姉崎さんの好きなタイプは?」
「え、あたしは……そう、だなぁ。その、気がついたら目が合ってる。みたいな、必然的な出会いっていうか……そういうのがタイプ。いや、タイプって言わないか」
「寧々……すっごい乙女だね! 可愛いっ! 私もそういうの大好きだから分かるなぁ」
「乙女言うな。ったく。見た目に合わないから私はこういう話はあんまりしないんだけどなぁ」
なるほど……乙女はそういうロマンチックな出会いを求めるものなのだろう。一応メモしておこう。うん。
姉崎さんにジト目で見られる。
「っておい小鳥遊。何メモってんの。別にあたしのは要らないでしょうに」
「いやいや、参考ですから。理想の男性像って男の子と女の子で全然違うからね。ほら、僕の理想の男の人って筋肉がしっかりしてる大人のダンディーな感じの人だからさ」
「ダンディーね(笑)」
「今そこはかとなくバカにされた気がするんだけど」
姉崎さんはそれを聞くと楽しげに笑った。さやちゃんがむぅ、と拗ねたように僕の方を見ていた。
パッと思いついたように前に出て尋ねた。構って欲しかったのだろう。なんでも聞く。
「じゃあ、幸人の好きなタイプは?」
「あー。僕は……そうだなぁ。いっぱい笑ってる人が好きかも。一緒に居て幸せそうじゃない? 何より笑顔って可愛いし」
「ふぅん、普通って感じ」
「いっばい笑う子かぁ……」
さやちゃんは少し俯いて考えた後、僕に向かって笑いかけた。にこっとした、優しい笑顔。可愛いに決まっている。つい見とれてしまって頭が固まった。
「ね、どう?」
「どどどどどどどど!?」
「……ど?」
さやちゃんの顔が先程より少し近づく。感想が聞きたいようだ。頭はより一層考えるのを放棄してさやちゃんの事だけを写した。柔らかそうなほっぺ。そして唇。圧倒されて一歩たじろぐ。
「沙耶、フリーズしてるから。あまりいじめてやりなさんな」
「い、いじめてなんてないじゃん!」
そうしてフリーズが解除された僕は3G回線でゆっくりと発音する。
「ごめん、えと……可愛かった……です」
「……あ、ありがと」
「なんで仕掛けた方が照れてるの」
「うう。うるさいっ」
ぽかぽかと軽く叩くさやちゃんを姉崎さんは呆れた目で見た。やれやれ。と言った様子である。
よっぽど仲がいいことが目に見てわかる。確か一年の頃からクラスで仲が良かったらしい。きっと僕にとってのゆーたんのような友達なのだろう。
「仲いいねぇ、さやちゃんと姉崎さん」
姉崎さんは僕に向かって何か気づいたように言った。
「あー、小鳥遊。『姉崎さん』はなんか息苦しいからさ。ほら、寧々でもなんでもいいから呼び方変えない?」
そういえばいつの間にか呼び捨てになっていた。僕も姉崎と呼べばいいのだろうか。でも、何かが違う気がする。うーむ。あっ、じゃあこれならどうだろうか。
「イケメンさんとか」
「却下」
「じゃあ王子様は」
「いやいや。ってこいつのネーミングセンスどうなってんの!?」
「幸人は相変わらずだね……!」
姉崎さんの呆れたツッコミで「ぷっ」とさやちゃんが吹き出してあははっ! と楽しそうに笑った。
そう見せた彼女の笑顔は、朝日でキラキラと輝いてとても綺麗だった。
……僕はこの笑顔が大好きなのだ。
そうして幸せな時間はあっという間に過ぎて、学校に着いて二人と別れた。一緒に登校したことが嬉しくて、ふわふわと心は浮ついていた。
そうして僕は勘違いしていたのだろう。まだ大丈夫、なんて安心してしまったのかも知れない。そろそろ己のバカさ加減にいい加減腹が立つものだ。
時間は、すぐそこに来ていた。
……僕は、5年間で何も変わっていないのに。
僕は何も変えることなんて、できないのに。
幸人にはどうしても自信を持てない理由があります。