16話『不穏な同盟』
放課後、僕は伊藤先生に言われていた通りに終礼後に教室に残っていた。
生徒会のお手伝いは、今日は休みますと先輩方に伝えてくれと実咲に頼んでおいた。彼女はあれでもしっかり者なので安心であろう。
少し経った後、藤沢くんが重そうなダンボールを持って教室に現れた。よいしょ、とそのダンボールを教台に降ろす。
「わっ、言ってくれたら手伝ったのに! ごめん、ありがとう」
「良いよ良いよ、ほら、サッカー部キャプテンの底力を見せなきゃなっ」
彼は腕の力こぶを叩いて見せては軽快に笑った。彼の良い人オーラがすぐに見て分かる。我らの頼りになる学級長さんだ。
「えっと、僕らの仕事って結局何なのかな?」
「あー、そうそう、そのダンボールの中に入ってるプリントの冊子作成らしい」
そう言うと、彼はガサゴソとダンボールを開け、中のプリントを机に並べていった。
ページ数が書かれてあるプリントを見るに、きっと順番に折りたたんでホッチキスで止めろと言うことだろう。
「分かった。ホッチキスはある?」
「あ、ごめんそういや伊藤先生放課後に渡すって言ってたな……完全に忘れてた」
「おっけ、じゃあ職員室に借りに行ってくるから、僕のがあるからそれを使ってて」
「あ、ごめんよ。ありがとうー!」
僕がホッチキスを手渡すと、彼は少し申し訳なさそうに笑った。……その中に、どこかまた申し訳なさそうな、複雑そうな表情を見せる。
そうして職員室から借りて戻ってくると、彼は指示していた通り、既に仕事を始めていた。
また軽快に笑って、少し申し訳そうに眉を下げては言う。
「おかえり! ごめんな、行かせちゃって」
「はいただいま。いいっていいって、これも日頃のお返しってやつだよ」
「……俺、小鳥遊になんかしたっけ?」
彼は、ん? と不思議そうに手を止めて考える。それを見て笑って返した。
「ほら、いつも学級長として頑張ってくれてるでしょ? 感謝してるからさ」
「……マジかぁ、すっげぇ良いやつじゃん」
「な、何さ」
日頃の感謝の気持ちを伝えると、彼は少し困ったように照れて笑った。そして、また複雑そうに小さく「マジかぁ」と呟く。
そうして僕も仕事に合流して、プリントをまとめて折って、ホッチキスで止める作業に加わった。
生徒会でやっていた仕事と比べるとこの単純作業は自分でも役に立ってる気がして、とても楽しく感じられた。
彼は、意を決したように僕の方を向いて尋ねた。
「な、なぁ。小鳥遊と天野さんって付き合ってるのか?」
「へっ? いやいやいやいや、全然そんなことないよ!?」
そんな嬉しい話、事実であったらどれほど嬉しいことか。って、待て。どこからそんな情報が!? 僕も少し焦って尋ねた。
「え、何でそう思ったの?」
「あぁ、この前小鳥遊と天野さんが一緒に帰るところ見たからさ、付き合ってるのかなぁって思って」
「あー、なるほど……」
一緒に帰っていたのを見られていたのか。それはたしかにそう勘違いしても仕方が無いだろう。
僕の方からしっかりと否定しておこう。さやちゃんの方にそんな噂が広まってしまったら堪ったものではない。
きっと相当迷惑をかけることになるだろう。彼女の席の周りを取り囲む女子のキャピキャピとした声がすぐに頭に浮かぶ。
「本当に、僕とさやちゃんが付き合ってるってことは無いよ。あの時はたまたま会っただけなんだ」
そう言うと、安心したように彼は仕事を再開し、作業したまま小さく呟いた。
「…………じゃあ、まだチャンスはあるってことかぁ」
……まさか。今度は思わず僕が手を止めて彼の方を向いてしまった。
「も、もしかして藤沢くんって、さやちゃんのこと……?」
彼は、そんな僕を見て、恥ずかしそうに照れ笑って首を縦に振った。間違いない、肯定である。
そうして彼は今度は真剣そうな顔つきで僕を見ては、ゆっくりと口を開いた。
「うん、そうなんだ。俺、天野さんのことが好きなんだよ」
僕はきっと相当顔を歪めてしまったのだろう。時が止まったような、心が凍りついたような感覚に襲われた。顔の筋肉が引きつっているのが分かる。
だが、反射的に答える。頭の中はぐちゃぐちゃになっていた。
「……そ、そうなんだ! ……そうなんだ」
「はは、そんな寂しそうな顔すんなって! 小鳥遊の気持ちはしっかり分かったよ」
彼は僕の顔を見て困ったように笑った。きっと、彼も気づいてしまったのだろう。
僕たちが、同じ人を好きになってしまったことを。
僕は辛うじて笑って返した。
「……えっと、ごめん。僕もさやちゃんが好きなんだ。きっと藤沢くんに負けないくらい、大好きなんだ。だから、応援は……できないや」
「……それ、なんだけどさ。やめないか?」
「え?」
彼は少し照れたように笑って僕の方を向いて言った。
「俺さ、小鳥遊のこと好きになっちゃったから。敵とか、ライバルとか、そんなの嫌なんだ」
僕は彼の発言にポカーンと口を開けて固まってしまった。無論勘違いはしていない。この『好き』はきっと友達としての意味合いであろう。うん。きっとそう。
だが、僕のどこが好きになったのかは一切分からなかったので頭にハテナを浮かべていた。
そんな僕の様子を見て彼はまた楽しそうに笑った。
「だから、ここで同盟を結ぼうぜ。どっちも、もしどちらが付き合ったとしても文句は言わない。笑顔でおめでとうって言えるような関係になりたいんだ。何より、ギスギスした感じにはなりたくない」
彼は続ける。
「俺はもう、お前が良いやつだって知っちゃったからさ。敵視なんてできない。まぁでもだからって譲る気なんて一切ないけどさ」
彼の言葉をぐちゃぐちゃの頭の中で噛み砕いて考える。よく考えて、真剣に答えた。
「……僕も、藤沢くんがすっごい良い人だって知ってるし、ライバルとか、敵とかは思いたくないのも分かるけど……」
僕はその提案に乗ることにした。彼の言いたいことは分かる。僕も彼とギスギスした関係になんてなりたくない。
だから、彼なら、彼となら良いかも知れないって思ってしまったのだ。
「うん、乗った。僕も全力で頑張るけど、もしさやちゃんと君が付き合っても応援するよ」
────僕は、彼とさやちゃんが『お似合い』だなんて思ってしまったから。
もしかしたら、もうこの時点で気持ちで負けているのかも知れない。だけど、それでもこの気持ちは諦めない。僕は、変わるんだ。
彼はそれを聞くと、嬉しそうに笑って手を差し出した。
「じゃあ、まず友達になろう。藤沢くんなんて他人行儀なのやめようぜ。ほら、雅也でいいからさ」
僕はその手をしっかりと握った。
「じゃあ、雅也。これから宜しくね!」
「あぁ、幸人も。お互い頑張ろうぜ!」
彼はまた軽やかに笑った。そうして握手を交わし、改めて作業に戻った。それからも雅也は楽しそうに僕と話していた。
だが。
……僕の心の中は、まだまだ荒れてぐちゃぐちゃのままであった。
早く変わらないと。変われないと。
────早く変わらないと、時間がない。
頑張れ幸人くんっ!
負けるな雅也っ!
良ければ応援宜しくお願いしますっ!