13話『途切れた言葉』
長くなりました……
私は今更思い出した。幸人に会う前に心に決めた事である。
もし、幸人が付き合って無かったら、邪魔にならないのならば。誰かに取られてしまう前に、今度こそ手遅れになる前に『次に会った時に告白しよう』と、私は決めた。
それって、もしかして今こそ『次に会った時』なのでは無いだろうか。まさか決めた当日にチャンスが訪れるなんてことは予想もしてなかったが、自分で決めたことは曲げたくはない。
誰かに取られてしまう前に、というのは明日それが訪れないとは限らないのだ。実際私は幾度となく突然に告白されることを経験している。……全員断ってるけど。
告白される気持ちは分かっても、告白する気持ちは分からない。一体何と言えば伝わるのか。何と言えば心に響くのか。
その上、ついこの前まで『言葉』が原因で避けられていた相手なのだ。言葉選びは慎重にしなければならない。そして、何より重要なことがある。
……振られてしまった後の心のケアである。常に最悪の場合を考えよう。いや、むしろ私の場合振られてしまう可能性の方が高い。
私は所詮『昔の女』だし、幼馴染みは負け属性とかいう誰が言い出したんだ、と呪いたくなるような言葉もある。振られるなんてことは十分に考えられるのだ。でも、振られたくないのは当たり前だ。
だからこそ人は天秤にかける。悩んでいるということは一種の賭けであると私は思う。
例えばだが、100円の欲しかった高級な服があったとしよう。ずっと欲しかったものだとする。
無論、私は買おうとするだろう。当たり前だ、買えなかった原因であるお金の問題が消えたのだ。買う、一択だろう。悩む必要なんて何もない。
だが、人は考えるのだ。裏があるのではないか、と。ついこの前まで高級品だったものだ、今100円で売ってるなんておかしい。傷が入っている? 露出の激しい所がある? 不良品? 人は、色々なことを考えてしまう生き物である。
その上で絶対に後悔しない選択をする、ということこそ、絶対に無理なのである。
だけど、これだけは断言できる。私のこの後悔だらけの5年間でひたすら考え続けてきた事だから。
する後悔より、しなかった後悔の方が圧倒的に大きい。私は、子供の頃、『した後悔』の方が大きかった。私の汚い言い草は、友達を何度も何度も傷つけた。……幸人も。
言ってしまったことは何度も何度も後悔した。
だけど、もっと後悔したのは、『ちゃんと謝れなかったこと』なんだ。
私は、この5年間で、幸人にあの日のことをずっと謝りたかったんだ。それが、そんな簡単なことが言えない自分が一番嫌だったのだ。
それを知っているからこそ、私は誰よりも胸を張ってその選択をできた。
気持ちを伝える天秤に、意思を置いた。
ならば、今こそ……今こそ告白するタイミングなのに……
なんでこんなに沈黙が続くのかなぁ……。
今、私は帰り道の電車の中に居る。ただの電車ではない。となりに幸人が座っているのだ。あぁ、待って、改めて意識したらすっごい嬉しい。うう、にやけるのを止めないと。
なんとか話題を頭の中から探り出して、やっと出た質問を、どこかにやけてる彼に投げた。ねぇ、と。
「どうしたの?」
「生徒会に入ったんだよね? それもお手伝いって。それって、どうして?」
すると質問に驚いたのか、彼はまた壊れたパソコンのようにフリーズする。困ったことに、こちらをじいっと見つめたまま。
待って待って待って待って。恥ずかしすぎるってば!
「えっと……そんなに見られると恥ずかしいんだけど……?」
ついに耐えきれなくなった私は、そう呟いて顔を逸らした。あぁ、顔が熱い。多分赤くなってるんだろうなぁ。手で顔を抑えては熱を感じる。全く恥ずかしすぎる。
やっとフリーズが解けた彼は私のように顔を赤くして焦って口を開いた。
「あっ、ごごごめん! ぼーっとしてた! えっと、何で生徒会に入ったんだって話だよね?」
そこまで言って、また彼は「えーっと?」と、固まってしまった。私と居ると緊張してしまうのだろうか。
……なんて。だったら良いなぁっていう希望的観測だ。言うことがまとまったのか、彼は申し訳なさそうにまたこちらを向いた。
「……ごめん、やっぱりこれも秘密なんだ」
「良いよ、そんなに申し訳なさそうに言わなくても。言えないことなんて、私もいくらでもあるからさ」
これは、本音。でも、少し寂しいのは秘密だ。何で生徒会に入ろうとしたのか、言えないような事なのだろうか。……知りたかったなぁ。まあ、こんな事考える私はやっぱりワガママだろう。
でも、叶うならば、願わくば目的が女の子じゃありませんように。……なんて。
すると、彼は私にとって願っても無いチャンスを与えた。
「じゃ、じゃあ、これも公平に行こう。次の質問には絶対正直に答えるよ」
「……それ、本当に言ってる? 何聞いちゃおうかなぁ?」
「ごめん、程々にお願いね?」
おどけた様子で笑った。そうして眉をハの字にへにゃりと下げては、困った顔をした。
……願っても無い、チャンスだった。
『何を聞いても正直に答える』と言うことはつまり、裏を返せば『何を伝えても素直に返してくれる』ってことだ。……なら、このチャンスを活かさない手なんてない。
……好きだって、言うんだ。
ずっと、ずっと好きでしたって。
心臓が心の忙しない動きを表すように早く鼓動を始めた。ドクドクとうるさいのだ。そわそわと指先が震える。
どうか、分かりやすくて、尚且つ幸人に私の気持ちが伝わるような。そんな言葉。
知りたいのは彼の気持ち。
私と付き合っても良いのかという許可。
これなら、なんて逃げ道を作ってしまう。
思いついてしまったものは仕方ないのだ。これなら、色んなことが分かりやすく聞ける。
そうして臆病な私はそんなことすらも回りくどく聞いてしまったのだ。
「じゃあ、幸人は、『女の子』として、私のことをどう思う?」
ゴオオオオオ……ガタン、ゴトン。
……そんなこと、ある?
緊張の糸が切れてほどけたように、気が抜けた。あんなタイミングで電車がすれ違うなんてことがあるのだろうか。笑いすら出てくる。あぁ、もう。神様というモノが居るのならば呪ってやる。絶対に許さない。
────でも、ありがとう。
こんな臆病な告白は私が認めない。私は、ちゃんと好きだって言いたいんだ。だから、良いんだ。これで良かったんだ。
「ご、ごめん……何でもないの。忘れて……」
「今なんて……」
「ヒ・ミ・ツ!! これで公平でしょっ?」
半ば強引に言いくるめた。大きな大きなチャンスはあっさり消えてしまったのに、久し振りに素直になれた私は何故か心がすっきりとしていた。おかしくて笑いすら出てしまう。
大きくため息をつく。今日のところは、これで許してやろう。神さまも多分今日はやめとけって言ってる気がする。
『まもなく……岡澤駅……岡澤駅……』
そんな私に、アナウンスは非情にも今日の終わりを告げた。もっと一緒に居たかったなぁ、もっと幸人と喋りたかったなぁ。素直な思いが溢れる。
お別れというのはいつも寂しいもので。もっと一緒に居たい、と子供の頃はよくワガママを言ったものだ。
幸人はもうちょっとだけだよ?と、人懐っこく笑っては私を甘やかした。何時までだから!なんて決めてはまた過ぎて、って、結局暗くまで一緒に居て、よくお母さんに怒られたっけ。ふふ、楽しかったなぁ。すっごい良い思い出だ。
……今日の私は子供みたいにワガママなのだ。幸人の優しさに甘えてしまっても、良いだろうか?
振り絞って、空ぶって。そんな残り少ない私の勇気をひねり出して、尋ねた。
────「もっと一緒に居ませんか?」と。
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