12話『ワガママな私の希望的観測』
あなたと同じ帰り道【前編】に合わせて書きました。良ければここでもう一度見直してから読んでみるのも良いかもしれません。
「そ、その。寧々まだ時間かかるみたいだから、その、……一緒に、帰らない?」
決死の覚悟でそう伝えると、彼は私の顔を見てピシッと固まってしまった。どうしたのだろうと彼の顔を見てはやっと気付いた。すっごい顔が近いっ!!
「あ、その、ごめん近かったよね!? そ、その、嫌なら良いから、さ」
顔が熱い……恥ずかしい。ドクドクと心臓がうるさい。仕方ないだろう、幸人の顔がこんなにも近くにあったのだ。幸人が近くに居るってだけですっごい安心している自分がいる。先程までの決意が揺らいでしまいそうであった。なんて考えていると、幸人がパッとこちらを向いては答えた。
「や、ぜ、全然! そ、その。僕で良ければ」
なんて、照れ臭かったのか、自信なさげに小さく言った。顔が赤くなってて、隠すように少し顔を逸らした。かっ、かわいい……って、何考えてんの私!?
深呼吸して肺に冷たい空気を送っては気持ちを落ち着かせて、しっかりと考えた。まだ彼の返事を聞いていないのだ。浮かれるな。
あれ、返事……?
ハッと気づいてケータイで寧々に『やっぱり大丈夫! ありがと!』とメールを送信した。危ないところだった。やはり冷静というのは大事だ。もう一度深呼吸して、気合いを入れた。よし、聞こう。頑張れ、私。
「……そ、その。おっけーしたの?」
彼の頭にはハテナが浮かんだように見えたが、ゆっくりと照れたように、どこか嬉しそうに笑って答えた。
「えっと、むしろOKしてもらえた感じ、かな? なんとかね」
彼の嬉しそうな顔をもう一度見て、確信する。……両思い、だったんだ。
胸がぎゅううと締め付けられては悲鳴をあげる。心の準備というものはそれはもうしっかりとしてきたはずだ、今泣き叫ぶ分の涙はさっき流したところだ。ところがどうした、今もう溢れだしそうなこれはなんだ。
ぐっと唇を噛む。やめろ、泣くな、泣くな私。ここで泣いたら、また幸人に迷惑をかける。用意していた言葉を伝えるだけだ。ほら、簡単だろう? 笑って、言うんだ。
「……そっか。……おめでとう。良かったじゃん」
「う、うん? ありがとう」
涙を止めるのに、唇を噛みしめるために笑顔を作ることはできなかった。けど、ちゃんと言えた。これで良いんだ、これが彼の一番の幸せなんだ。幸人が幸せになってくれるのなら、もうそれで良いんだ。この恋心は、そっと蓋を閉めよう。胸は一段と力を込めて心を締め付けた。喉がつっかえる感覚を覚える。涙袋のダムはもう決壊寸前であった。
そんな私に、彼は無慈悲にも追撃を加えた。
「話が変わるんだけど、美咲にすっごいバカにされてさ、あの悪い笑顔、ゆーたんに似てると思わない? ほら、ちょっと腹立つ感じ!!」
『美咲』
彼はそう、言った。幸人に悪気は無いだろう。当たり前だ。
だけど、その一言はダメージが大きすぎた。彼を幸人って、そう呼ぶのは、私だけだと思ってた。そういうところが傲慢だと言うのに。
でも確かに、心のどこかでそう思っていたんだ。私はちょっとだけ特別、だなんて。『さやちゃん』って、呼んでもらえたこと、すっごい、すっごい嬉しかったから。彼を幸人って呼ぶのは私だけだったから。嫉妬、ヤキモチ、お門違いの感情が脳を埋め尽くす。
私だって、彼と付き合いたかった。
私だって、彼に好きだって言いたかった。
私だって、彼に好きだって言って欲しかった。
……だって、だって、だって、ぐちゃぐちゃになる頭では暗く冷たい、下らなくて、恥ずかしくて、とてもヒトには言えない、そんな感情で覆われて、何も考えられなくなっていた。
だって、幸人のことが本当に好きだったんだ。胸がまたぎゅうっと締まる。涙が、溢れそうになる。
彼は、不思議そうに恐る恐る尋ねた。
「……もしかして、なんだけどさ。僕が生徒会に入ったの、なんか嫌だった?」
「…………え? 待って、なんの話?」
考えがそのまま口に出た。……生徒会?なんの話だろうか。彼の少し申し訳なさそうな顔がまたハテナを浮かべて、気を取り直して続けた。
「僕は放課後に生徒会のお手伝いをしたいってことで美咲とお願いしに行ったんだけど、それは、ゆーたんから聞いた?」
「え、え?……ええ!?」
またもや考えが口に出る。
え、告白は!? っていうかじゃあオッケーしてもらったっていうのは生徒会のこと!?
って、ことは、幸人は付き合ってないってこと!?
情報整理に忙しい脳の片隅で、ふと喜んでいる自分がいた。私は、まだチャンスがあるのだ。告白してもいいのだ。好きって伝えてもいいのだ。
それだけで、そのようなこれまで幾度とあったそのチャンスが帰ってきて、嬉しかったのだ。ごめん幸人、喜んじゃったや。
「じゃ、じゃあ、その……幸人は好きな人とかっているの?」
ふと出た疑問を投げる。
「ま、待って何の話?」
「いいから!」
なんて、私は急かす。
「え、それは……秘密!」
彼はあわあわと分かりやすく焦ったように答えた。顔も赤い。ふふふ、あぁもう、何でこんなに嬉しいのだろうか。
「秘密……ねぇ。わかった。うん! 分かった!」
彼の性格上、それは暗に誰か好きな人がいるって言っているようなものだったが、そんなものは関係ない。ごめんね、名前も知らない女の子。ぜったいに、私は渡さないから。全面戦争だ。負ける気は微塵もない。
幸人がパッと私の顔を見ては言った。
「……じゃあ、さやちゃんには好きな人いるの?」
「私も、秘密っ! その方が公平でしょ?」
「そうだね、そうしよう」
納得したようにうん、と頷いては笑った。
あぁ、その笑顔がたまらなく好きなのだ。人懐っこくて、可愛くて、でもやっぱりかっこよくて。つまりは最強だ。
私にしか分からなくたっていい、私だけが分かればいい。むしろ他の女の子は分かるな。
彼の笑顔をしっかりと眺めては堪能して、恥ずかしかったのか少し顔が赤くなっては顔を逸らした。そんな様子すら可愛い。って、浮かれすぎだ。もう一度深呼吸をしては空を見上げる。
月と星々がキラキラと、祝福してくれているように輝いていた。ご都合主義でも良いだろう。今日の私はワガママなんだ。
ちょっとでも、ほんの少しでも彼と一緒に居られるように、私は歩幅を小さくしてゆっくりと歩いた。身長が伸びた彼はきっと一歩が大きくなって、私に合わせるのは面倒かも知れないが、それでも私の歩幅に合わせて、肩を並べてゆっくりと歩いてくれた。
どころか彼も少し嬉しそうである。なんて、まぁ私の希望的観測だろうが、そう見えたのだから仕方がない。
こうして幸人とたわいのない話をするだけでも溺れてしまいそうなくらいに幸せで、風船みたいに心がふわふわとして落ち着かないのだ。このまま、ずっと時が止まってしまえばいいのに。そんなことまで考えるのはワガママが過ぎるだろうか。
彼が私をじいっと見つめていたので、それだけで嬉しくなってしまって。「なぁに?」って笑った。
「ごめん、何でもないよ」
なんて言いつつ耳まで赤くなった照れ臭い笑顔が駅の照明で照らされる。彼の赤くなった理由はよく分からないが、彼のそんな笑顔に心がきゅんと跳ねた。
……もっと、彼のことが好きになっているのを感じた。
昨日、短編『大学生カップルに個人的ニュースを聞いてみた件』を投稿しました。
3000文字くらいでサクッと読める楽しい短編なので、良ければ是非是非読んでみて下さい。
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