11話『不安と決意の待ち合わせ』
さやちゃん視点です。
幸人が生徒会で頑張ってた時のさやちゃんの物語。
放課後まで寧々と話し合ったが、結局私たちが出した結論は『果報は寝て待て』であった。
寧々は部活に行ってしまったし、いつものように早々に家に帰ろうとしたが、やっぱり足が止まってしまう。……不安なのだ。
もし、幸人が告白を受け入れてしまったら。なんて、考えるだけで胸が苦しい。もし、付き合ったら、毎日このクラスで彼らは言葉を交わすのだろう。
幸人なんかは付き合った直後は目を合わすだけで赤くなっちゃったりして。帰りはきっと2人で帰るのだろう。幸人は優しいから、きっと実咲ちゃんの仕事が終わるのを待ってるんだろうな。
『お疲れ様』
『ううん、こちらこそ、待っていてくれてありがとう』
……なんて、幸せそうに笑い合って。幸人は浮気もしないだろうし、喧嘩になると悪くも無いくせにすぐに自分が悪かったって降参するから。きっとその幸せは長く続くだろう。
きっと恋人らしいこともするだろう。手を繋いだり、キスなんかもしちゃったりして。きっと、茹でダコみたいに真っ赤になって照れ笑うのだろう。幸せだね、って。
……嫌、だ。嫌だなあ。そこに居るのは、私がいい。私、すっごいワガママだ。
ワガママなんてものじゃない。これは傲慢だ。そもそも自分が羨む『それ』は一度自ら放り出した幸せなのだ。取り返しのつかない過ちを犯して、
───もう二度と彼は帰ってこなかった。
困り顔で慰めてくれることも。
人懐っこいその優しい笑い顔を見ることも。
孤独を感じた時にずっと側に居てくれることも。
……照れくさそうに『好きだよ』と言ってくれることも。
無くなった。私が無くした。それがどれだけ大きなものだったのか、私は無くしてしまってから知った。
彼が誰と幸せになっても、私は一切の文句を言えない。当たり前だ、今更何をほざいているのか。分かっていたのだ。気づいていたのだ。幸人が他の人の事を好きになっていたら、なんて事はずっと前から考えてた。
だけど、だけど。彼が誰かを愛することが、それがもう二度と自分に向くことが無いのだと改めて思い知らされるのが余りにも恐ろしかっただけなのだ。
でも、やっぱり。
好きなんだ。どうしようもないくらい、幸人のことが好きなんだ。きっと実咲ちゃんにも負けないくらい、彼のことが大好きなんだ。5年前からずっとずっと悩んで、苦しんで、追いかけてきたんだ。諦められる訳がなかった。
そうしてもやもやと心を覆うその積乱雲は、ついに雨となって頬を濡らして心を荒らした。
それが降り止むまでにはかなり時間がかかった。トイレでゆっくりと深呼吸をして、決意する。
もし、実咲ちゃんと幸人が付き合ったなら、この気持ちは、
『心にそっと閉じ込めよう』と。
きっと、実咲ちゃんと付き合った後に告白なんてしても、彼は困ってしまうだろう。優しい彼は、こんな最低の私にすら気を使うのだ。彼の幸せの邪魔なんてしたくない。
……でも、これはただの希望だけど。もし、幸人が付き合って無かったら、邪魔にならないのならば。誰かに取られてしまう前に、今度こそ手遅れになる前に、
『次に会った時に告白しよう』と。
外に出ると、既にもう空は暮れて、薄暗い影を落とすのみとなっていた。もう一度深呼吸をして白い息を吐き出して、歩き出す。校門前まで歩くと、また足が止まった。
今は寧々と話したい。ゆっくりと愚痴を聞いて欲しかった。一人でまたうだうだと考えるのが嫌だったのだ。
メッセージで寧々に送信する。
『校門で待ってるからもし大丈夫だったら一緒に帰らない?』 と。
きっとまだ部活だろうから、ここで待つ。寒くて、暗くて、かつて覚えた孤独を感じた。そんな時に背中を撫でてくれたその小さくて頼もしい手を鮮明に覚えていた。
いや、もう手は大きくなっていたなぁ。なんて、保健室のことを思い出して。
その瞬間だった。
「あれ……? さ、さやちゃん?」
反射で声を上げる。
「あ、え、ゆ、ゆゆ幸人!?」
幸人が素っ頓狂な様子で話しかけた。こんにゃろう。私がどれだけ苦しんだか分かってるのか。でも、『さやちゃん』と呼ばれるだけで暴れまわった恋心はふわふわと嬉しがって。
「ご、ごめんね、驚かせちゃったよね。それじゃ、また!」
申し訳なさそうに笑って、帰ろうとするのを焦って止めた。
「ま、待って!」
『次に会った時』は、今でしょう?
「そ、その。寧々まだ時間かかるみたいだから、その、……一緒に、帰らない?」
告白するって決めたから。
決意を胸に。