10話『あなたと同じ帰り道』【後編】
街灯に照らされた道をゆっくりと歩く。2人の吐息は白く染まっては宙に混じり合った。
「あっ、ここ! 懐かしいなぁ……」
彼女は目の前の街灯を指差す。なんの変哲もないただの街灯であったが、僕らにとっては特別な街灯だ。本当に懐かしい。
「うん、捨て猫を拾った場所、だよね?」
この場所は『ひろってあげてください』とペンで書かれたダンボールが置いてあった場所である。力なくか弱くにぃ、にぃと懸命に親を呼ぶ子猫を5年経った今も鮮明に覚えていた。
彼女は嬉しくなったのか、笑顔で言いかけた。
「そうそう、確か名前は……」
「ましろ!」「ニャン太!」
お互いに指を指してハモる。うーん、違う。ぷっと吹き出して楽しげに笑った。
「あはは! そのネーミングセンスだよ! あぁ、もう本当に懐かしい!」
「だよね! あの時はどっちの名前にするかですっごい言い合ったなぁ」
昔そのことでネーミングセンスのこと、すっごいバカにされた覚えがある。いや、でも今思えばニャン太は絶対無いよね。うん、やっぱりさやちゃんは正しいよ。
結局名前は『ましろ』だった。すっかり忘れていた。飼い主を探して奔走したのが今ではすっかり昔の思い出だ。最後預かってもらう時、さやちゃんすっごい泣いてたなぁ。僕も慰めながらこっそり泣いてたけど。
さやちゃんは少し切なそうに言う。
「……いやぁ、本当……懐かしい」
「そうだね、すっごい良い思い出だよ」
そう言うと彼女はぱあっと明るくなり、またニコニコと笑顔を見せた。ニャン太……いや、ましろの話を交えてまたゆっくりと歩き始める。
「元気かなぁ、ましろ。おばあちゃん良い人そうだったし、きっと幸せだよね……」
「すっごい大きくなってるかもよ? ほら、おばあちゃんすっごい餌付けしそうじゃない?」
「あはは! 確かに。よくお菓子とか貰ったもんね!」
ふと、過去に彼女が一人で泣いていた公園を見かけては彼女はまた切なそうな表情をした。俯いては申し訳無さそうにこちらを向く。
……トラウマになっても仕方ないだろう。孤独感というのはマコトさんいわく人を殺すのだ。歳を重ねた今も記憶に残っていても何ら不思議ではない。
切り替えて僕はよく2人で座っていたベンチを指さして笑った。
「ね、覚えてる? あそこでよく喋ってたよね」
「ふふ、そうだね。保健室の時みたいに、背中さすってくれてたよね、よく覚えてるよ。……本当に、よく覚えてる…っ」
慈愛を含んだような目だった。彼女は自嘲気味に笑いながら涙を流した。月明かりに照らされるその姿は、まるで絵画のように綺麗で。この目に焼き付けたくなった。
でも、目を逸らした。きっとそういう姿を見られるのは嫌だろう。星空を眺める。冬の空は広く、自分がちっぽけに思えた。
僕は彼女に合わせて、ゆっくり、ゆっくりと歩いた。夢のように幸せだった昔の日々を懐かしんで、味わって、溶かしていくように。
そうして話していると、もうポスト前に着いてしまった。彼女は不安そうに僕の様子を窺ったが、笑って何でもない風に彼女の家の方へと曲がって歩いた。
目が赤くなって、くしゃくしゃになった顔で嬉しそうに照れて笑った。この笑顔だけでもうこれから生きていけるような気がした。
「……幸人さ、大きくなったよね。身長とか、さ」
数少ない昔と変わったことに嬉しくなり、答える。
「そりゃ、昔に比べたらね」
「ふふ、そうだよね。肩幅とかすっかり男の子って感じになったよね。ほら、手とかもさ」
手のひらをこちらに向けて立ち止まってはニコニコと期待するように笑顔で待っている。重ねろ、という事だろうか。手を伸ばしかけたところで気づく。
……これは、良いのか? 付き合ってもない男女が手を合わせるなんて共同作業(?)やってもいいのか……!?
……据え膳食わぬは男の恥か……!?さやちゃんに恥はかかせられない。意を決して彼女の手と合わせる。
男の手と比べて細くてすべすべとしていた。指も短く、すっかり自分の手が変わってしまったことに気がつく。
……そういえば、子供の頃はよく手繋いで帰ってたっけ。なんて思い出した。
ぼーっと手の感触に意識を飛ばしていることに気づき、ハッとした。さやちゃんの方を見ると、少し恥ずかしそうに、赤くなって上目遣いでこちらを見ていた。あっ、アカン。
慌てて弁解する。
「ご、ごめっ、なんかその感慨に浸ってたっていうか……そのっ!?」
……突然、きゅっと手が繋がれた。それも、恋人繋ぎである。
彼女の柔らかく冷たいその手を指と手のひら全面で感じた。驚愕から合わせていた手がピクピクと固まる。待って手汗。絶対やばいから。
ハッと驚いた表情で彼女も弁解した。
「ちちち、違うの! これは、そう! 男の子の手って繋いだらどんな感じなのかなぁ? っていうアレだから! きょきょ興味本位だから! 他意は無いからっ!」
手が離されたと思えば、ぶんぶんぶんぶんと手を振ってごまかした。
何が起こってるか訳も分からなく、僕も早口で答えた。
「だだだだだよねー! そう、実験なら仕方ないよねっ!? うんうん! 僕もすっごい為になったなぁ!? ありがとうね!?」
お互いに耳まで真っ赤に染めて慌てふためいている姿は実に滑稽だった。そして、お互いのそんな姿を見てはぷっと吹き出して、今度は2人で大いに笑い合った。
───なんて、幸せなんだろうって。
そうして彼女の家の目の前に着くと、彼女は嬉しそうに笑った。
「ありがとうね、幸人! 助かったよ!」
「ううん、こちらこそ。色々懐かしかったし、楽しかったよ! ありがとう!」
それを聞くと、彼女は満面の笑みを浮かべて手を振り、言った。
「じゃあ、またね!」
ガチャ、という音と共に扉が閉まっては、先ほどのゆっくりとした歩き方とは大きく変わって、軽い足取りで小走りで来た道を引き返した。
ポスト前で曲がっては昂ぶった気持ちを表すように全力疾走で突っ走る。はぁはぁ、と白い息を吐き出して息を切らせば、今度はにやっと笑った。
家に着くまで、そのにやけは止まらなかった。
早くさやちゃん編描きたくてうずうずしてます。
明日の更新をお楽しみにっ!
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1行で構いませんので、良ければお願いします!(心の叫び)