8話『気になるウワサ話』
今回は時間が少し遡ってさやちゃん視点となります
……一番恐れていた事態が起こってしまった。完全に油断していたのだ。しかし、分かっていたことでもあった。幸人はカッコいいし、優しいし、可愛いし、いい子だし。モテない理由なんて無い。
しかし、この一年間で幸人が告白されたという話は一切聞かなかった。だから心のどこかで安心していたのだろう。その油断が、今回の事件を引き起こした。
『小鳥遊が告白されるらしいよ』
その話を聞いた時、私は耳を疑った。考えたくない、耳にしたくなかった言葉だ。突拍子もなく心臓が跳ね上がった。
「な、なんて? もう一回言ってくれる?」
「え? だから、小鳥遊が放課後に告白されるってさ」
「……ほ、ほんとに……? だ、誰に!?」
「な、なんでそんなに泣きそうなんよ。ほら、えーっと、佐倉実咲さん、だっけ?あの生徒会の」
心臓が警鐘を掻き鳴らす。ドクドクと動悸が激しくなり、心を締め付けた。他の女の子が幸人と付き合うなんて、絶対に、絶対に嫌だ。だって、私は、五年も前からずっと彼のことが好きだったんだ。ずっと、ずっと好きだったのだ。
……私はその五年間、何もできなかったんだけど。関係上で言うと私は幼馴染み兼元カノである。所詮『昔の女』だ。告白を止めることなんて出来ないし、幸人に彼女ができたとして、それを悲しむなんてとんだお門違いである。
幸人ももう男の子なんだ。きっと恋や女の子にも興味があるだろう。美咲ちゃんとは前に話したことがある。明るくて、しっかりしてて、小悪魔的な可愛さがあった。大人びた中に子供っぽさを含んでいて、笑ったときに見せる八重歯がとても可愛かった。
あれ? 待って私負けてない? 完全に負けてない?
そういえばさっき『幼馴染みは負け属性』なんて不吉な言葉が聞こえた気がする。幼馴染みかつ元カノとか完全に詰んでる。笑えない。ふふっ。
「おーい、沙耶? 大丈夫ー? すっごい難しい顔してるけど」
「あっ、ううん。大丈夫じゃないよ。気にしないで」
「あー、そう? って大丈夫じゃないんだ!? 気にするわ!」
寧々がツッコミを入れた。そ、そうだ!寧々ならこの状況を打開する術を知ってるかも知れない。寧々は頼れる友達だ。ここは頼るに限る。
「ねぇ寧々。恋愛シミュレーションでさ、五年前に別れた元カレの幼馴染みが告白されそうな時にどうするとか考えたことある?」
「流石に無いわぁ……」
彼女は設定の細かさにドン引きして私を見た。
☆
大体の私の説明を終え、難しそうな顔をして寧々は言った。
「────うーん、完全に詰んでるね。これ」
「寧々までそんなこと言わないでよ……」
「だって小鳥遊だよね……オッケーするでしょ。多分」
「……だよねぇ」
はぁ、と溜め息を吐いた。ふと幸人の方を見るとどこかそわそわしている表情を見せた。……完全に告白されるよねあれ。しかも多分告白されるのなんて初めてだよね。…………はぁ。
「なら、告白される前に沙耶が先に告白しちゃえば?」
「そんな度胸があったら五年前にもう言ってるよ……」
「拗らせてるなぁ。まぁ、ほら、何かの勘違いかも知れないじゃん。小鳥遊なんてパッとしない男そうそう告白なんてされないよ?」
「……幸人、カッコいいし優しいじゃん」
寧々はぷっと吹き出して口元を押さえながら言った。
「あはは、可愛いなぁ沙耶は」
「そんな話をしてるんじゃないの! もう!」
「でもまぁ、あの最強無敵の沙耶がまさか小鳥遊とは、ねぇ……」
「何それ。やめてよ」
「あはは。まぁ、最悪付き合ってもすぐに飽きられちゃうでしょ。多分」
「……元カノから言わせてもらうと、一途だし優しいし、すっごい良い彼氏だったよ。間違いなく」
「まぁ確かに浮気とかしなさそーだしね。ホントになんで別れちゃったかなぁ」
「それを言わないでよ。ずっと引きずってるんだからさぁ」
……ほんとに何であんなこと言ってしまったのか。自分が嫌になる。最後まで幸人は優しかった。何度も酷いことを言ったのに私を傷つけるような言葉は一切言わなかった。泣きそうなのに無理やり作り笑顔を作っていた。私のために。
やばい、なんかまた泣きそうになってきた。
「────ほら、でもさ。私は小鳥遊は沙耶のこと嫌いになんてなってないとか思うけどね」
「……え?」
「だってさ、嫌いな人が突然目の前で泣き出した時にあんなにオロオロ出来ないよ。私なら何なの? って思う」
寧々は笑って続けた。
「『さやちゃん』って、呼んでくれたんだよね? 小鳥遊が優しいにしても、友達くらいには感じてないとそんな呼び方しないよ」
「そう、かな?」
「そうだよ。だし、これは私の考えなんだけど、小鳥遊は……」
そこまで言って、言葉を止めた。ふふっと笑って優しそうに続ける。
「……いや、これは言わないでおくよ。沙耶はちょっと色々と自分のせいにし過ぎなとこあるからね。もっと気楽に考えてもいいんだよ」
「ふふ、ありがとう寧々。やっぱり相談して良かったや」
「まぁ、今のところ何も解決はしてないんだけどねー」
「うわぁ、そうだった! どうしよう……!」
────彼女たちがこの不毛な議論を放課後ギリギリまで延々と繰り返すこととなったなど、当の本人である幸人は知る由もなかった。
そのころ一方、作者は面接練習をしていました