6話『東城という男』
────ガチャッ。
長く重いその沈黙を破ったのは、意外にも後ろのドアであった。思わず懇願の目を向ける。現れた彼は、生徒会室のこの状況を見るなり、楽しげに笑って声を出した。
「おーおー、なんだこの空気。って、お客さんじゃん! ほら、そこの席座ってくれよ」
「は、はい!」
反射で答えた。ゆっくりと歩き、ゆっくりと席に着く。面接の座り方である。背筋は90度。僕が席に着いたのを見るなり、彼は続けて言った。
「ほーら京香。お客さんの対応はお前の仕事だろー? 頼りにしてるんだから、任せたぞ?」
「あ、あぁ。取り乱した。すまない」
「んで、ナオ! 生徒会室ではメイド服は駄目って言ってるだろー? お客さん完全に困惑してるじゃん。見てないから、向こうで着替えて来なさい!」
「むー、可愛いのに……。でも、驚かせちゃったよね。ごめんね……?」
「え、いえ! こちらこそ!」
場の雰囲気が緊迫したものから一気にあたたかくほのぼのとしたものとなった。無論、彼の影響である。
い、イケメンだ……!格好良すぎはしないだろうか。男の僕でさえ惚れてしまいそうである。気品、態度、整った顔立ち。それこそまさに『王子様』なんて恥ずかしいあだ名が似合ってしまいそうなイケメンである。
しかし、一見軽々しく見えるその佇まいの中にも会長様と同じように『生徒会役員』という重み、風格が表れている。オーラ、とでも言うのだろうか。
彼はゴホン。と咳払いしたあと、軽く微笑んで僕の方を向いた。……きゅん。……きゅん!?
「さて。ようこそ、生徒会へ。あ、俺まだ聞いてなかったからさ。名前、教えてくれるか?」
「は、はい! 小鳥遊 幸人です!」
「あはは! 緊張しすぎでしょ。面接みたいになってるじゃん! ほら、お茶飲んで落ち着いて、な?」
そ、そんなの緊張するに決まっている。目の前で笑っているのはあのイケメン生徒会長に次ぐ副会長なのだ。こうして前にして座っているだけでもおこがましい気がする。
……何はともあれ、落ち着かなければ。とりあえず勧められた通りお茶を手に取る。……凄くいい香りがする! 甘く、香ばしいその柑橘系の香りに誘われて一口、飲んだ。
……ごくん。
…………滅茶苦茶美味しい。え?何これ?美味しい……!その爽やかな風味はもちろん、柑橘類特有の酸味がその甘味と絶妙にマッチしていて、ゴクゴクと飲み進めてしまう。
もう何杯でもいけそうであった。気づくと既に無くなってしまっていた。すみません、もう一杯お願いしていいですか?……すみません調子乗りました。
「あはは! だよな、ナオのお茶はほんっと美味しいよなぁ」
「んなっ、何で考えてること分かるんですか!?」
「表情。よく考えが顔に出るって言われないか? すっげえ美味しそうに飲むんだもん。俺も欲しくなっちゃったよ」
……そんなの言われた事無い。彼の観察眼が優れ過ぎているのだ。きっとお茶を飲んだときの僕の反応、飲み方、表情から考えが分かったのであろう。
生徒会室に入った時の完璧な対応も、その観察眼の仕業だと考えられる。場の状況を瞬時に把握し、行動に移したのであろう。まさにチート。相手の考えまで視えてしまうなんて、凄すぎる。
彼は、「ナオー、後で俺にもお茶頂戴ー!」と言った後、こちらを向いて思いついたように言った。
「あ、そういや自己紹介がまだだったな。俺の名前は東城真。ここでは副会長やらせてもらってるよ。宜しくな!」
生徒会副会長。僕が見習うべき先生となる人だ。僕はこれから東城さんに『自信』をつけてもらうのだ。ごくり。と唾を飲む。
彼は先程メイドさんが着替えに行った奥の方を指差して続けた。
「んで、さっきのメイドが浜崎奈緒。お茶を淹れる天才、かつ計算能力の天才だ。生徒会では会計を担当してるよ」
生徒会の一員なのだ。ただのメイドでは無いのだろう。……いや、メイドって時点で只者では無いのだが。
そして、東城さんは自己嫌悪に苛まれて難しい顔をしている会長様に掌を向けた。
「そして、あそこで座ってるのが我らが生徒会会長様。仁坂京香だ。ゴリッゴリの優等生かつ堅物……に、見えるだろ?」
ニコニコと笑って尋ねる。僕はこくこくと首を縦に振って応えた。
「しっかり者に見えて、その実猛烈なポンコツだ。まぁ頑張り屋さんなんだけどなぁ。その……優しくしてやってくれ」
「ポンコツゆーな! これでも一応頑張って隠してるんだぞ……!?」
東城さんの紹介に仁坂さんがガバッと申し立てる。その姿に迫力は微塵も感じられない。……あぁ、あのカッコよかった会長はどこへ……?
「京香、お前……完全に認めちゃってるじゃん。ほら、生徒会長様なんだから、もうちょっとプライド持てよ? なっ?」
「んなっ!? うう、うるさい! お前がポンコツポンコツ言うからだっ! このばか! ドS! 女たらし!」
やめて仁坂さん……もう喋らないで……。
顔を赤くして幼く暴言を散らしたそれを完全に無視して東城さんはゆっくりとこちらを向いた。
「と、まぁこんな感じで……」
「話を聞けッ!!…………もうやだぁ」
仁坂さんは立ち上がって、制服姿で戻ってきた浜崎さんの胸に飛び込み、ぎゅううと抱きしめてた。
浜崎さんは驚きつつもそんな姿を見て、よしよし〜と頭を撫でながら慈愛の目を向けていた。
……これで良いのか生徒会長。先程の姿との大きなギャップから思わず笑いが出てしまった。
「ぷっ」
「あー! 今笑っただろ! 小鳥遊、今笑ったな!?」
「すみません仁坂会長……! でもこれは流石に会長が悪いと思います……!」
そんな僕たちの姿を見て、東城さんは機嫌よくあははっ!と笑った。
「小鳥遊、確か俺たちの手伝いをしてくれるんだよな? これから宜しくな!」
……!?
驚愕の目を向ける。な、何で分かるの!?いや、驚愕より恐怖の感情が上回る。『観察眼』というのは、人の目的まで視えてしまうのだろうか。なんて、恐ろしい。本当に人間なのだろうか。
「な、何で……?」
「待て待て、そうビビるな。普通に昨日実咲からメッセで聞いたんだよ」
そっか、安心した。佐倉さんから僕が来ることを昨日聞いていたのか。それなら納得である。え?でも、それなら……
仁坂さんが反応する。
「ちょ、ちょっと待て。そんなの私は聞いてないぞ?」
そりゃそうだ。仁坂さんにだってその情報が回ってないとおかしい。
仁坂さんがそのことを把握していたなら、僕が入ったときのあの状況だって起こらなかったはずだ。た、多分。
「え? 真さん3年生の先輩方に回しとくって言ってましたよね?」
今度は逆に佐倉さんが反応した。あれ? えっと……それはつまり……?
「あっ、悪りぃ。かんっぜんに忘れてた!」
東城さんは、あははは!と機嫌よく笑った。
今更なのですが、短編小説を投稿しました。
軽く読めるイチャイチャ系ラブコメなので、台風のせいで三連休が空いてしまった方、もし良ければご覧ください!
「大好きな彼女が可愛すぎるので別れを告げた」
〜大好きな彼女の大好きな人は大好きな私のことを分かってない!〜