4話『佐倉さんと告白』
次の日の朝、僕は少し早く目が覚めた。顔を洗って口をゆすいで鏡で自分の顔を見る。
そういえば、髪をいじったことは無かったなぁ。ふと、昨日の相談会のことを思い出して考えた。僕のなりたい自分の姿はまだはっきり分からないけど、明確に昨日感じたものがあった。
『ゆーたんのようになりたい』
なんて。彼のように『周りの状況を冷静に判断できる』ようになりたい。それももちろんそうであったが、僕が彼を尊敬したのはそこではない。
彼の言葉は、その一つ一つに力を持っていた。人を動かす力だ。軽く適当な言葉に見えても、その内に明確な意志を持っていた。
僕は、そんな彼の言葉に動かされたのだ。力強いその言葉は真っ暗な道で立ち往生していた僕を照らしてくれた。仕方ないなぁ。と手を引っ張ってくれた。
誰かを動かすことができる人になりたい。そう、思った。
たいそうな理由なんてものは無い。カッコいいと思ったから。その程度。だけど、僕の中で理想の自分、なりたい自分の中に、ゆーたんの面影が見えた。
「どうやったら変われるのか」そんなことは分からないけど、形から入ってみるのも良いだろう。僕は、父の使っていた整髪料まぁ俗に言うワックスというものを使ってみた。
確か……ゆーたんはこんな風に前髪を流して…?あれ?こんな感じ?いや、これは逆に上げすぎか。戦闘民族みたいになっている。
……なかなか難しい。手と髪がベトベトして鬱陶しいし、このまま学校に行くなんて信じられない。毎朝この作業をしているとは、ゆーたんにはやはり尊敬の念を禁じ得ない。
うーんうーんと唸りながら髪をいじり続けていると、ふと視線を感じた。鏡越しに後ろを見ると、ニヤニヤと母さんが僕の顔を見ていた。
「おはよう幸人〜、何?好きな子でもできたの?」
「う、うるさいなぁ。好きな子なんて昔っから変わらないでしょ! ……あと、おはよう」
「あ〜ら、そうだったわね〜。あと、前髪上げてみるのも案外似合ってるわよ?まぁ今のは流石に酷いけどね〜」
ふふふと笑って機嫌良さげに台所に向かった。……しまった。すっかり時間のことを忘れていた。『流石に酷い』は言い過ぎではないだろうか?と思ったが、僕は僕で戦闘民族などと思っていたので何も言えずに頭をしっかりと洗い流した。……また今度しっかり教えてもらおう。
結局いつも通りの時間と髪型で僕は学校へ向かった。まぁ整髪料の難しさを知っただけでも収穫だろう。なりたい自分への第一歩だ。
学校に着くと、早い時間なので他に生徒はほとんど居なかった。いつも通りといえど、僕は朝の時間が好きなので割と早めに登校することにしている。だからこれはいつも通りの風景なのだ。
こんな早朝ではゆーたんももちろん居ないし、なんなら新クラスで友達といった友達も居ないので、とりあえず席に座って勉強道具を出した。学生の本分は勉強である。とはいえ僕はそんな目的なんかで勉強していないのだが。
学年でも屈指の成績優秀者の彼女に少しでも近づけるように勉強する。なんてかなり哀れな理由だが、まぁ将来の進路にも関わるので一石二鳥程度に考えている。五年前もよくさやちゃんにバカって言われたからなぁ……。
なんて寂しい気持ちで勉強に励んでいると、続々と生徒たちが登校して教室の雰囲気はぐんと明るくなっていった。その時だった。
「おはよう! ゆ、ゆゆ幸人! 昨日は……ごめんなさい!でも、……ありがとう! すっごく楽になったよ!」
さやちゃんが話しかけてくれた。朝から最高の気分である。やけに噛んでいたけど、まぁ昨日のことを思えば当然といえば当然だ。ありがとうの時の笑顔が朝日のように輝いて見えた。ここでもう死んでもいいかも知れない。いや、死のう。
なんてバカな事を脳内で高速演算していると、返事のことをすっかり忘れていた。っていうかさやちゃんに声をかけられるなんて一切考えていなかったので、異常事態に脳がショートしている。そんな風にぼうっと彼女の顔を見つめていると。
「ゆ、幸人? 大丈夫? そんな見られるとすっごい恥ずかしいんだけど……。え、もしかして熱移した!?」
「あ、いや、いやいやいや大丈夫だよ! いや、大丈夫です! こちらこそほんっとうにごめん! 昨日は、その……」
何故かふと、彼女の下着を思い出した。
────白。
圧倒的な純白。素晴らしかった。一言で表すと彫刻作品。純白と対比して真っ赤に染まったその整った顔と、涙目の上目遣いのパワーは計り知れない。僕の尊さスカウターは爆発した。芸術は爆発だと聞くし、そういう事だろう。うん。家に飾りたいです。死ね僕。
『……見てもいいのよ?』
脳内で再生するうちに、みるみる顔が熱くなる。絶対に勘違いだろうけど、いや、もはや僕の幻聴かも知れない。そんな真っ赤な僕を見て、さやちゃんは焦って言った。
「あ……! 昨日の、あれ、あれは! 違うの! 誤解なんだけど!! ほら、その。……お、お見苦しいものを……ごめんなさい」
「お、お見苦しいなんて全然!! に、似合ってた?し!! むしろありがとうございますっていうか!……あれ? ち、ちがっ、違わないけど! その、気にしてないから!」
彼女の赤くなっていた顔はみるみるうちに赤くなっていった。耳まで赤くなって、僕の方を見つめては一言、ばか!と言って自分の席に座った。
………やってしまった。完全に、やらかしてしまった。しにたい。何がありがとうございますだ。完全に変態ではないか。朝から感情のアップダウンが激しすぎる。とりあえず今は泣いてもいいですか?
そっと席について顔を伏せると、そんな隙を与えずに男子生徒方々が僕に詰め寄った。
「お、おい! さっき天野さん、幸人って呼ばなかったか!?」
「え、……あ」
すっかりと呼び名の事を忘れてしまっていた。男子生徒がグイグイと質問を浴びせる。
「昨日何があったんだよ!!」
「つかいつから呼んでたんだよ!?」
「どういう関係だ!天野さんに何した!!」
「弱みか!?人質か!?脅迫か!?」
「小鳥遊……お前は友達だと思っていたよ」
うわ酷えや。ただでさえさっきの出来事でダメージを負っているのに、この連打は効く。脅迫て。僕のことをなんだと思っているのか。……変態?合ってるんだけど。ハハッ。
「はいはい、どうしたよ迷える男子たち。幸人がなんかしたか?」
その声は……ゆーたん!!ガバッと顔を向ける。救世主の到来だ。男子たちの目線はゆーたんに向けられる事となった。
「聞いてくれよ裕太!さっき天野さんがこいつのこと下の名前で!」
「あー、お前ら知らなかったのか。なるほどな。幸人と天野さんは『幼馴染み』だぞ?名前呼びくらい当たり前だろ」
……な!簡単にバラしてくれる。そんな情報を与えるとさらにヒートアップするに決まっているだろう。火に油を注いだようなものだ。なんて事をしてくれたのだ。
当然、男子たちは燃え上がる。
「な、な、羨ま……けしからん! 小鳥遊! お前ちょっと子供の頃の天野さんのこと教えろよ!!」
「……っと、お前らまだ理解してないようだな」
冷淡に彼は言い放つ。ざわざわが少し治った。しぃん、とゆーたんの台詞に耳を傾けた。
「幸人が天野さんと繋がってるってことは、幸人に嫌われたらどうなるかは……言うまでも無い、よな?」
ごくり。男子の緊張した様子が伝わる。なんだよこの空気。やめない?朝から重たすぎない?正直精神的にもたないんだけど。朝ごはんに天ぷら丼と鍋とか出された気分。いや、夜でもこの空気は嫌なんだけどさ。
彼はまだ続けた。
「それに、よく言うだろ? 『幼馴染みは負け属性』って。むしろ幸人が幼馴染みで感謝するべきだと思うけどな、俺は。だって幸人が天野さん狙いなんてことは絶対にねぇだろ?」
やめろゆーたん。その言葉は僕に効く。っていうか思いっきりさやちゃん狙いですごめんなさい。
幼馴染みは負け属性……なのか。勝ち目が薄くなったなんてレベルでは無い。ただでさえ僕は5年前のことでアウェーだというのに。
なるほどなぁと簡単に理解する男子たちもそれで良いのか…?と思うけど、ありがたい。よく分からないが、丸く収まったようだ。
「さて、おはよう幸人。朝から災難だな〜」
はははっと爽やかに笑って僕の方を見る救世主の姿は、あまりにも輝いて見えた。
「おはよう、ゆーたん。朝からライフはゼロだよ。今日はもう帰りたい。帰って寝て全回復したい」
「っと、なーに言ってんだ。むしろ今日はこれからだぞ?」
なんて悪く笑って言い放った。なーんか、二重の意味に聞こえる。何かまだありそうだ。
「まぁ、そうなんだけどさぁ」
なんて落ち込みつつ返事すると、後ろから「あの」と、声をかけられた。
「あの……話してるとこ悪いんですけど、小鳥遊くん?ですよね。ちょっと放課後にお話があるので、空けといてください」
「……え?」
「……えと、それだけです。それじゃ、また放課後で」
僕に話しかけた彼女の顔を見て、思わず言葉に詰まった。彼女とゆーたんの顔を三度見くらいして見合わせてたが、彼はニヤニヤとしているだけだった。
僕の反応よりも先に、周りの男子が盛り上がる。
「も、モロ告白じゃねえか幸人! す、すげぇえ」
「羨ま……けしからん! けど天野さんじゃないから許す! おめでとう!」
「ヒューヒュー!」
いや、僕はそんな空気どころでは無い。顔は強張るし、心臓はドクドクと僕に焦りを覚えさせる。だって。僕にそう言ったのは、
佐倉さんだったから。
ゆーたんは一段と悪くニヤニヤして僕を見ていた。
佐倉さん初登場です。ゆーたんに関する超重要人物です。これから遠い先に、大活躍します。(予定では)
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