1話『痛恨の一撃とやくそう』
今回からまた幸人視点です。
主人公は幸人です。多分。
『変わってないよ。幸人は。昔から、全然変わってない』
彼女のその言葉は、僕の心に深く深く突き刺さった。痛い。すごく痛い。
もちろんだが、彼女は僕を傷つけようとして言ったのでは無い。……それが分かっているからタチが悪い。昔っからさやちゃんは正しい事しか言わなかった。
さやちゃんから見た僕は、素直に、正直に、全然変わっていなかったのだ。そして、それはつまり僕の5年間は一切意味を成さなかった事を表す。
人は、簡単には変われないのだ。たった5年程度努力したところで、僕は変わらなかった。
じゃあ、あと何年努力すれば変われるのか。いや、時間の問題では無い。僕は、何をすれば変われるのだろうか。何を成し遂げたら変わったと言えるのだろうか。
学年1位になるくらい賢くなったら? 誰もが認めるような鋼の肉体を手に入れたら? 何をされても嫌な顔一つせずに笑っていられたら?
……それは、僕なのか?
ふと、頭によぎった。
でも、変わらなければまたさやちゃんを傷つけることになるだろう。今回だって、さやちゃんを泣かせてしまったのは僕が変われなかったせいだ。泣きながら、僕に謝ったのだ。謝る理由も無いのに。また、僕はさやちゃんを傷つけたのだ。
……最低だ。好きな人を泣かせるに留まらず、理由もなく謝らせたのだ。僕は、変わらなければならない。
これまで通りの努力では足りない。
じゃあ何ができる? 答えは余りにも簡単だ。
もっともっと努力するしかないではないか。
『努力の方向性が違う』
ふと、彼の言葉を思い出した。彼なら、僕に足りない物が分かるのではないだろうか。僕がどうやったら変われるかが分かるのではないだろうか。
ゆーたんは、頼りになる親友だ。彼に聞いてみるのが一番ではないだろうか。僕はそう思い、放課後にゆーたんを呼び出した。
校門前でいつものように僕はゆーたんと待ち合わせた。春休み開け、と言うわけで今日も部活は無いらしい。うちの学校のバスケ部はまぁ、ホワイトな部活なのだろう。
「僕は、変わらなかったみたい」
自嘲気味にわらってやった。5年間と、努力した時間は決して短くは無い。
彼は、んー、そう、だなぁ。と難しそうな顔をして言った。
「それ以上変わる必要ってあんの?って言いたいところだけど、俺は昔の幸人なんて知らないから何とも言えないな」
それ以上変わる必要が無い? どういうことだろう。僕は変われなかったのだ。まるで変わったような言い方をした彼を不審そうに見た。
彼は続けた。
「……まぁでも確かに、幸人は変えなきゃダメなとこあるからなぁ〜? なーんて」
「ゆーたんもなかなか厳しいことを言うね」
難しそうに考えたと思えば突然とぼけたように喋り出したので、思わず笑ってしまった。
すると、狙ったかのように彼がこちらを向いてニヤッと笑った。また、悪い顔だ。何か思いついたのだろう。
「幸人は、変わらないといけないんじゃなくて、ちょっと変えるだけで良いんだ。まぁ、そう言っても分からないだろうな!?」
……え? どういう事だ。ゆーたんの言うことはたまに全く意味が伝わらない時がある。んんん?と逆に僕が難しい顔をした。
するとまた彼は笑った。今度は悪い笑みではなく、案の定、と言った風に僕がおかしくて笑ったのだろう。なんか悔しい。でも分からないもんは分からない。説明を求めた。
「前にも言ったけど、幸人は少し道を間違えただけなんだ。例えばの話が必要か?」
「うん、かなり必要。即ぷりーず」
「んじゃあ例えばの話だ。学校から駅までの今通ってるこの道があるだろ?」
ゆーたんは歩きながら地面のアスファルトを指差した。僕はうんうん、と頷いた。
「そんで、俺たちは今から駅に向かう道をちょっとだけ逸れて、マッカへ行く」
「……え、待ってこれ何の説明?」
真面目に聞きつつ、思わず突っ込んだ。今からの予定なんて聞いてない。っていうか知ってるし。
「いいから聞けって。それで、マッカでいつものように恋愛相談会を終えて、解散する。その後、幸人は駅までの帰り道が分からなくなってるんだ」
……は、はぁあぁ!?
結局ゆーたん僕のことバカにしてない!?
っていうか『変わってない』って実はお子ちゃまって意味だったのかな!? え、違うよね?
違うよね!? さやちゃん!?
ゆーたんは僕を馬鹿にしたように続けた。
「マッカから駅なんて、すぐそこにあるのに、どっちの方向に行けばいいかわからなくてあたふたしてるのが、幸人だな」
「ちょ、え? 馬鹿にしてるよね?」
「さぁ? どうでしょう?」
「おい」
ジト目でゆーたんを見る。だが彼はノーダメージかつ楽しげに大笑いした。畜生、この野郎。ポテト鼻に突っ込んでやる。
「……さて、この幸人くんは、何が足りないでしょうか?」
「え、まだ続けるの? これ。まぁ、足りないって言うか、駅までの道が分からなかったんじゃない?」
「そ、正解。じゃあ、帰り道を知るためにはどうすればいい?」
「えと、ゆーたんか店員さんに聞く、かな?」
「なるほど、じゃあそれが正解だな」
「『じゃあ』て」
さっきからツッコミしかしてない。例え話なんて求めるんじゃなかった。ポテト二本突っ込んでやる。
「って考えると、幸人がこうやって俺に相談してくれてる事も、正解だな。……なんつって」
ゆーたんが小さく呟いた。僕ははてなマークを浮かべたが、なんでもなかったかのように彼は笑って誤魔化して続けた。
「じゃあ、道を聞いて、家に帰る。これでミッションクリアだ。次にマッカに向かっても幸人は一人で帰れるよな?」
「そりゃ、簡単でしょ」
「だよな。ん、よし。これで例え話は終わり。さて、幸人がするべき事は分かったか?」
「……ゆーたんに話聞くぐらいしか分かってないです」
また、ゆーたんは大爆笑を決め込んだ。よし、両鼻に二本ぶちこむ。許さない。
「っと、話してるともうマッカ着いちゃうな。よし、じゃあ続きは中で! 俺もう腹ペッコペコだよー」
マッカがすぐそこに見えてくるとゆーたんはお腹をさすって情けない顔を作り、少し小走りでマッカに向かった。
僕ははてなマークを浮かんだままだった。が、美味しそうな匂いにつられて、一旦このお話は中断した。
しかし、その後のゆーたんの突然の提案によって僕はまたかき回されることとなる。
「あっそうだ! 幸人、生徒会入れよ!」
「ごめんちょっと何言ってるかわかんない。」
……受けた傷なんて、もう忘れてしまうくらいに。
ゆーたんが主人公でいいんじゃね?と思ったこの頃。
短編作品「月夜の下で狼女はかく求めん」
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を投稿しました。3500文字くらいの軽いものです。
足りないお砂糖成分を補給したい方、是非とも読んでみて下さい。