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一章最終話『変わらない気持ち』

白の可愛いやつです。

「さやちゃんって、呼んで?」



 ……何言ってるんだ、私。そうだ、きっと体調不良のせいだろう。それしか考えられない。


 カーテン越しで彼の顔は見えないものの、恐らくポカーンって表情をしているに違いない。


 そして少しの間の後、彼は恐る恐る尋ねる。



「……え、だって、その。……気持ち悪くない?」



 私の中で衝撃が走った。そりゃ、そうだ。気持ち悪いに決まっている。だが、やっぱり幸人から言われてしまうと心へのダメージが半端ではない。彼はハッと気づいたように言い直す。



「あ、えと! 気持ち悪いってのは僕の話で! その、高校生にもなって女の子に向かって下の名前にちゃん付けで呼ぶってのは周りの目がどうかなって話で! そ、その、さやちゃんが気持ち悪いなんてことは全然無いっていうか、その! そういうこと、だから!」



明らかに滅茶苦茶テンパっていた。カーテン越しであたふたしている姿が分かる。少し、わらってしまった。


 幸人の必死さが伝わって、逆に本心で話しているという確信を持てた。


 って、今自然にさやちゃんって呼んだね。気づいてないみたいだけど。……やばい。すっごい嬉しい。久し振りに『さやちゃん』って呼んでもらえた。


 呼び名というものは不思議なもので。一度定着してしまうと、その呼び名じゃないと違和感を感じたり、改めて、苗字呼びだと心の距離を感じたりするのだ。


幸人はそれは自然に、いともそれが普通そうに『さやちゃん』という言葉を使った。


 声は声変わりのせいで昔より低くなっているけど、『さやちゃん』と呼ぶときの安心感、優しさは昔から全く変わらなかった。だから、だからすっごく嬉しかった。



「ね、聞いてる!? さやちゃんってば! ……あ」



 どうやら気づいてしまったようだ。残念。もっと呼んで欲しかったのに…。


 ふと、気づくと、頬が濡れていることに気づく。

 あれ、なんでだろ。おかしい。今は、違うでしょ。何で?



「さや……ちゃん? 大丈夫?」



 もっと、もっと呼んで欲しかった。のに、何故か涙が溢れてる。安心したから? 懐かしかったから? よくわからないが、ただただ涙が止まらない。



「……ゆき、と、ごめんね。ほんとに、ごめんね……」



 ぐすっ、ぐすっ。と鼻をすする。ずっと言いたかった言葉は、想像してたよりすごく簡単に言えた。



「え……? えと。は、入るね……?」


 泣いているのに気づいたのか、幸人がカーテンをゆっくりと開けて、恐る恐る入ってきた。私は泣き顔を見せたくなかったので、俯いて小さくなっていた。


 幸人は、そんな私を見て、ふふって少しだけ笑った。な、なによ。なんかおかしいことでもあった!? って、おかしいよね。いい歳になってこんなに泣いて。あぁ。恥ずかしい。


 幸人はぽすっと私の隣に座った。そして。昔のように背中をさすった。心音に合わせて、優しく、優しく。彼の手は、昔より大きく、力強くなっていた。男の子になっちゃったんだなぁ。と、少しだけ寂しくなったけど、心があったかくなった。


 訳もわからないまま、ただただ涙が止まらない。まだまだ溢れてくる。



「ごめん、ね。ごめんね……ぐすっ。ごめんなさい……」



「大丈夫、大丈夫だよ。謝らないで。大丈夫。僕は謝られることなんて一つもないから。」



 彼はまた、昔のように大丈夫、大丈夫と繰り返して背中をさすった。


 違うよ。謝ることしか無いんだよ。ずっとずっと、あの日の事を謝りたかったの。酷い事を言った。きっと彼を傷つけた。……なのに。


 なんで、幸人はこんなに優しくしてくれるの?


 自分が情けなくて、でも、やっぱり幸せで。幸人が優しいせいだ。って私は溢れる涙を幸人のせいにした。


 幸人は私が落ち着くまでずっと一緒にいてくれた。そしてタオルで顔を拭いて、改めて背筋を伸ばして幸人の方を向いて、言った。



「幸人、ありがとうね。もう、恥ずかしいや。こんな歳にもなって、昔みたいにわんわん泣いてさ。それで、あの。保健委員は、やるから。これからも、さやちゃんって、呼んでくれない……?」



──恐る恐る、幸人の顔を向いてみると。


 幸人はぎょっとした顔をみせて、固まった。そして、みるみるうちに顔は赤くなって。耳まで真っ赤になった後、ガバッとそっぽを向いた。


 え、えぇ……恥ずかしがるタイミング、今?


 私はおかしくって少し笑ってしまった。



「僕なんかでよ、良ければ…! 何回でも呼ぶ、よ。あ、あと! その! み、見てないから! ぜ、ぜんっぜん見てないから!!」


……? 泣き顔のこと、だろうか。別に良いのに。

幸人にだったら昔から何度も何度も見せている。


 恥ずかしがるタイミングがおかしい。変な幸人の様子を見ると笑ってしまう。

 あ、いや、でもやっぱり恥ずかしいや。


「ふふっ、ありがとう。幸人が良いの。ずっと、ずっと呼んでね? 約束! あと、別に幸人なら見ても良いのよ?」



 と、聞くと。「は、はぁ!?」と大声を出して驚いた。


そのあと後ろ姿だけでも音が出そうなくらい赤くなっていて、やはりこちらを見る事は無かった。


そして、幸人は突然こんな事を尋ねた。



「じゃあ、僕からも、一つだけ。質問していい?」



 二つ返事でいいよ、と言うと、幸人は一呼吸おいて、覚悟を決めたように私に尋ねた。





「────僕は、変わった?」





 確かに彼は変わった。私はそう思った。身長は大きく伸びたし、身体も男の子っぽくなった。ちょっとだけ顔つきもカッコよくなったし、声も低くなった。さっき気づいたけど、手も昔と比べて全然違った。大きいし、ゴツゴツしていた。



……少しモテるようにもなってた。腹立つ。


でも。


私が大好きなところは何も変わっていなかった。


どうしようもないくらい優しいところ。


一緒に話してて落ち着いて、あったかい気持ちになるところ。


優しくてあったかい目。


焦るとどうすれば良いか分からなくなる可愛いところ。


照れると顔が真っ赤になるところ。


優しい声。さやちゃんって呼んでくれるあったかい声。


私が泣いているとずっと側にいて背中をさすってくれるところ。


笑顔がコロコロと人懐っこくて可愛いところ。




……何も。何も変わっていなかった。


 私の大好きな幸人のままだった。



「変わってないよ。幸人は。昔から、全然変わってない」




 そう言うと、彼は、思っていたのとは違う反応をみせた。




 とても悲しそうな、辛そうな表情だった。気がする。



 でも、それを悟られないようにか、幸人はすぐにパッと笑顔を作り直した。



「……そっか。そうだよね。……うん。ありがとう。ちょっと僕ご飯に行ってくるね。じゃあ……お大事にね、さやちゃん」



 幸人は最後まで優しかった。もっともっと、さやちゃんって呼んでほしかった。



そうして幸人は保健室を後にした。


 私は、あの笑顔は見覚えがあった。無理して笑っている笑顔。


『あの日』の幸人の笑顔と似ていた。




……しばらくすると、メロン先生が帰ってきた。

なんか良い事したみたいにルンルンである。腹立つ。いや、腹立つ。


 そして上機嫌のままカーテンを勢いよく開け、私に話しかけた。



「あら、楽しめた? って、まさかその格好で小鳥遊くんと会ってないわよね? まぁ、カーテン閉めてたなら大丈夫か」



……格好? どういうこと? と、私は自分の姿を見た。


ボタンが二つほど空いていて、胸元が大きく開いていた。え、え。まさか。嘘。


幸人の『見てないから!!』って…?


もしかして…!?!?



「えっ、天野さん大丈夫ー? 顔真っ赤だけど。そういえば、体温計って渡したわよね? 熱って何度だったの?」



 メロン先生が、全ての真実を明らかにした。


……熱を測ってから、ずっと、開けっ放しだったのか。



私は心の中で絶叫した。




沙耶はCです。(殴


白の可愛いやつです。へ、変態じゃないですよ?


普通ですって。


え?(殴

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