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12話『さやちゃんって』

 目をゆっくりと開けると、目の前には保健室の先生が居た。


 んん?


 夢かと思い、思わず二度見したが、やはりそこには先生がいた。



「あー、起きちゃったの? 残念。もうちょっと可愛い寝顔見たかったのに」



「へ?」



……へ? 思ったことが反射的に言葉にでた。


 な、なに言ってるんです? この人。冴えてきた頭にはてなマークが無数に浮かんでいる。


 今は何時? 私はどれくらい寝ていたの? この人は何をしていたの!?


 がばっと布団から起きる。先生はニコニコと私を見ている。なんなんだ!?!?



「え、えと。おはようございます?」



「おはよう。体調は大丈夫ー?」


 先生は優しく私に語りかけた。そうしてやっと自分の体調に気をかけた。


 あ、そういえば随分とすっきりとした気がする。まぁ寝る前からそんなにしんどくは無かったけど。何かしあわせな夢を見た気がする。


 そうして体調の確認をしていたとき、先生は私に少しからからうように語りかけた。


「あ、そういえばそのタオルお気に入りなの? ずっと抱いて寝ていたけど」



「た、たた、タオルをですか!!!??」



「……え、そんなに驚くことなの?」



 わ、私。変態かも知れない……。そういえば寝る前には確か匂ってた気がする。安心するって。もしかして抱いて寝てたのって……!



 タオルが幸人だと思ったから……!?



「天野さん、顔真っ赤よ? とりあえず体温計とってくるわねー」



 よいしょ、と声を出して先生がデスクへと向かった。顔が熱い。恥ずかしい……。自分の内なる欲求を知ってしまって動揺が隠せない。私、変態だったんだ……。


 そういえば、どんな夢みてたんだっけ? 先程のショックで上手く思い出せない。確か幸せだったことだけ覚えている。うーん。


 なんて考えていると、先生が帰ってきた。



「はい、体温計ね。あ、そういえば今は1時32分よ。もうちょいで4時間目も終わる頃かしら?」



「あ、ありがとうございます」



 わ、私そんなに寝ていたのか。軽く2時間は寝ていたのに、あっと言う間に感じた。


 そういえば夢を見る睡眠は浅いって聞いたことがある。レム? ノンレム? 睡眠。どっちだったっけ?それにしては余りにも一瞬だったような。


 渡された体温計を手に取って制服のボタンを二つほど外した。そして体温計のボタンをピッと押して制服の中に入れた。


 すると、上からいやらしい目線を感じて顔を上げた。



「ふぅん。胸はまぁまぁねー。まぁまだ発展途上だからこれからに期待ねー?」



「セクハラで訴えますよ?」



 にやにやとして私の胸を見ていた。ところで先生の胸はそれはそれは大きなモノだったので、腹が立った。


なんだあれ。例えるなら……メロン?


 先生は私の目線に気づいたのか、そのメロンをたゆんたゆんと揺らしてドヤ顔を見せた。ち、畜生……!


 私としては腹立つくらいにしか思わないが、この光景は幸人には絶対に見せたくない。大きい方が好きなのだろうか……。いや、いやいや! 形が良ければ良いのよ!うん!


 なんて自分に言い聞かせていると、外からガヤガヤとザワめいている音が聞こえてきた。


……何かあったのだろうか。嫌な予感がする。



「はぁ、全く。面倒くさいなぁ」



 大きなため息をついてメロン先生が動いた。どうやら何が起きているのかが分かっている様子だ。触らぬ神に祟りなし。私は完全無視を決め込もう。



 すると、メロン先生の大きな声が外から聞こえた。



「はーい!男子! 今天野さん寝てるから、残念ながら面会は禁止! このまま騒いでたら天野さんに嫌われるわよー!?」



……うるさいのはどう考えてもメロン先生です。まぁでも、グッジョブ先生。私もこの精神状況かつこの体調で外向きの笑顔を振りまけるとは思えない。



「ほんっと、男子生徒ガキは扱いやすくていいわね」



 先生が小言を零して帰ってきた。全力で聞かなかったことにしよう。うん。そうしよう。



「すみません、先生。ありがとうございます」



「あぁ、良いのよ。姉崎さんにも頼まれてたしねー。って、やば。小鳥遊くん? って子は通して良いんだっけ?」



「いやいやいや、良いですって。ホントに」



 ツッコミを入れておく。寧々も余計なこと言って。後でちょっと叱ってやろう。なんて考えていると、今度はドアをノックする音が聞こえた。先生はおもむろに嫌そうな顔をして対応した。



「男子は面会禁止なのよ、ごめんね」



「えっ、あ、そうなんですか。分かりました。ご迷惑おかけしました」



……その声は。思わずドキリとした。メロン先生は私の様子を見て驚いたように声を出した。



「え、もしかして君って小鳥遊くん?」



「え?はい。そうですけど」



「なぁんだ!先に言ってよー! ほら、入っていいわよ!」



「え、え、良いんですか!?」



「いーのよ。ほら、入った入った!」



な、な、何で入れてんの!?焦った私は強めにカーテンを閉めた。



「じゃあ私は職員室行ってるから。2人でごゆっくり〜。あ、鍵は閉めとくけど、()()()()()()はしちゃダメよ? 任せたわよ、小鳥遊くん。じゃ、行ってきまーす」



 そそそ、そういうことってどういう事!?!?

っていうか全然聞いてないし! 勝手に2人にしないでってば!


 ガチャン。という音と共に保健室の鍵は閉められた。本格的に2人っきりになってしまった。メロン先生の憎たらしいニヤニヤ顔が頭に浮かぶ。よし、後で一発殴ってやろう。



「ま、任せたって言われても……」



 幸人は小声で呟いた。突然訪れたこの状況に困惑しているようだ。かく言う私も勿論困惑している。何をどう話せば良いのか全然全く分からない。



……沈黙が重くのしかかる。嫌な汗をかいてきた。話す話題が全然思いつかない。先程あんな事件があったばかりなのだ。話せる訳がなかった。



「あ、あの! 体調は、大丈夫……?」



 沈黙を破ってくれたのは幸人だった。私はもはや反射とも思えるスピードで言葉を返す。



「ぜ、全然大丈夫! ありがとう! あはは!」



 あははじゃないよ!? 何も面白く無いし! なんならこの状況が大丈夫じゃ無いよ! 馬鹿じゃないの!?


 確かに体調は完全に回復した。というか元よりそんなに体調が悪いと思っていなかったので本気でなんともない。間違いなく大丈夫じゃないのはこの状況である。


 完全にやらかした。せっかく幸人が破ってくれたのに。私が話すことは何か無いのか。


 考えれば簡単だった。私がやるべきことなんて一択だった。


……謝ることである。


 挨拶しただけで目の前でいきなり泣かれるなど、気持ち悪い以外のなにものでもない。とりあえずその事で謝らなければならない。


 しかも、私は5年前の事についても謝りたいのだ。自分が情けない。彼には迷惑ばかりかけている。


 でも、謝って、もし拒絶されてしまったらどうしよう。そんな想像をしてしまう。実際この5年間、私は避けられていた。


 もし、もしここで謝ったことで、また幸人と距離が離れてしまったら。私は耐え切れるだろうか。想像すれば、喉が締め付けられる。謝らなければならないのに、どんどん口が動かなくなる。


 気づけばまた沈黙がのしかかる。焦る頭に拍車がかかる。考える頭はずっと私を責め立てる。




……お前が彼を傷つけたんだ。


……自業自得だ。


……嫌われているから、避けられたのだ。


……お前はもう他人。いや、もはやそれ以下だ。


……ずっと好きだった? 笑わせるな。気持ち悪い。そんなもの、お前が持っていい感情ではない。


 やめてよ。やめてってば。泣きたくなんて、ないのに。分かってるのに。


……分かってる? どこが。全然分かってなんていないだろう。


 そうだろう?()()さん?


 締める力がどんどん大きくなる。タオルをぎゅっと握る。


 ごめん、ごめんね幸人。私なんかが好きになっていい人じゃないんだ。


ぽろぽろと、涙が溢れる。


 絶対に、彼にはばれないようにしないと。絶対に、絶対に。


 どれくらいこうしていただろうか。5分? 10分? もしかしたらもっと長いかも、いや、もっと短いかも知れない。


 そんな沈黙を破って彼が言った言葉は、私には意外すぎる言葉で。





「……ごめんなさい!」



「……え?」






 頭が真っ白になる。ずっと、ずっとずっと言いたかった言葉を、先に言われてしまった。そして、私を責め立てる頭は彼が謝った理由について考え出す。


喉を締めつける手が、緩んだ。


 だが、いくら考えても、やはり彼が謝った理由は分からなかった。でも、頭の中で何かを思い出しそうになった。


『〇〇〇〇は、まだ、僕の〇〇〇〇?』


 幸人の『あの時』の顔が思い出される。悲しそうな、泣きそうな、でも無理やり泣かないように笑っている顔。


訳がわからない。なんで?



「ゆーたんと僕が考えたことだったんだ。全部、全部僕が悪い。ごめん」



彼は続けた。



「無理やり保健委員になるなんて、嫌だったよね?しかも、……しかも、よりにもよって僕と一緒になんて……。ホントに、ごめんね」



 彼は、全然分かっていなかった。私が手をあげるのにどれだけ勇気を出したと思っているのか。


 幸人と一緒に委員会に入るためなのに。


 無理やりどころか、私は幸人と同じ委員に入るためならば保健委員のような地獄であろうが喜んで入る。


 私が泣いたのは、幸人から『さやちゃん』と、昔のように呼んでほしかっただけなのだ。そんな馬鹿げた理由なのだ。


 それも全部全部、幸人が悪い?  そんな訳が無い。



 彼は、まだ続けた。



「保健委員だって、一人でやるよ。もう先生に許可は取ったんだ。大丈夫、本気で無理そうならゆーたんに手伝ってもらうからさ。だから、えと。ごめんなさい」



 幸人も幸人である。こんな勘違い、あるだろうか。私は幸人と一緒に居たかっただけなのに。まぁ帰宅部という名義で仕方なく入ったのも私だ。仕方ないだろう。


 今すぐ、訂正しよう。私が泣いたのは、そう。私が泣いたのは。



「……いい。一緒にやる。やりたいの。だから、お願い。一回だけ、一回だけでいい。から」





 私は、何を考えたのだろうか。きっと、疲れていたんだろう。そう、色々と。


 だから、甘えたくなったのだろう。いや、違うな。私はずっと前から素直になりたかったのだ。



私のふざけた口は、こんな事を呟いた。





「さやちゃんって、呼んで?」




次回でさやちゃんのターンはラストです。


さて、次回、この作品初のいちゃいちゃです。


良ければ感想、ブクマ等、宜しくお願いいたします。元気が出ます。






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