まどろみの中の記憶
冷たい地下室の中、数人の修道士が話している。
「進歩はどうだ?」
「だいたい完了だ。少なくともこれで叛逆される心配は無いさ。」
その後ろには、頭に無数の電極を付けられた虚ろな眼の少女が座っている。
「………」
「やあ、ご機嫌いかがかな?」
「………」
一人の修道士が少女に語りかけるが、返答は無かった。そこに二人目の修道士が現れる。
「違う違う。こうだ。」
修道士は、少女にゆっくりと命令する。
「私の靴を舐めろ。」
「………」
少女は無言のまま立ち上がる。プチプチと頭の電極は外れ、少女はゆっくり跪く。
「………」
「これは…」
「な?こいつには自我こそあるが、命令には少しも歯向かわんさ。もういいやめろ。」
「………」
少女は再び立ち上がり、元の椅子に戻る。
「にっこりさんはどうした?」
「ああ。今最高級の応接間でもてなしている。彼が飽きる前に始めよう。立て。」
修道士の声に少女は立ち上がる。修道士に連れられ、冷たい石の廊下を裸足で歩む。しばらく進んだ所の階段の先には、ひときわ大きな二枚扉があった。
「………」
「どうした?進め。」
少女は、若干怯えたが、重苦しい扉を開け進む。
「やあ。おや…?」
そこは巨大な聖堂のような場所だ。目がくらむほどの蝋燭に、よくわからない宗教具が無数に並べられていた。その中心には、一体のにっこりさんが佇んでいた。通常の物よりも少し大きく、大きな帽子を被っていた。魔導にっこりさんだ。
「君には僕らの力は合わない様だ。」
「………」
少女はこくりと頷き、部屋から立ち去ろうとした。
『バン!』
扉が勢いよく開け放たれる。
「何だと!?…いえ、そこを何とか…。」
修道士はにっこりさんに擦り寄る。にっこりさんはすごく困った様子だ。
「でも、耐性も無いのに無理矢理詰め込めば死んじゃうかもよ?」
「そこをどうか…。」
「うーん、失敗しても怒らないでよ?」
修道士は再び部屋から立ち去る。今度は魔導にっこりさんと少女は向かい合っている。にっこりさんの前方に、拳三つ分ほどの大きさの丸い光の塊があった。
『ピュン!』
不意にそれは短い光線となり、少女の眉間を突いた。
「………!」
「あちゃー…失敗だ。」
少女は次第に苦しみ始める。
「ぎゃあああああああああ!ああああ!」
吐血し、悶え続ける。修道士は叫び声を聞き、すぐに駆けつける。
『バリバリバリ!』
少女の身体からは白い稲光の様なものが放たれ続け、それの当たった場所は発火していく。当然、修道士は近寄れない。
『ピピピピピピ…ドーーーン!』
巨大な魔導爆発が起こり、聖堂が崩れ落ちる。あたりにはしばらくの静寂が訪れる。
「こうなるからダメって言ったのにね。」
障壁で守られていたにっこりさんはそう呟くと、空間の裂け目に入って行った。
「………」
少女は生きていた。身体がどうしよも無いほどに崩れてしまってはいたが、無理矢理宿った力の効力がかすかに残っていた。それも何分と続く物では無いが。
「………」
よく分からないまま生まれ、よくわからないまま消える…筈だった。
『キュオン!』
空間の裂け目からにっこりさんが再び現れる。いくつもの機械部品を持ちながら。
「ふうむ、大丈夫そうだ。」
にっこりさんは少女の身体を出来るだけつなぎ合わせ、どうにもならないほど損傷した部分は機械に置き換えて行った。性能は度外視し、機能すれば上々のあり合わせであった。
「よしと。ごめんね。強い力でねじ曲げられた心では、適応はやっぱり難しいみたい。元通り…とは行かないけど、天国には行かずに済むよ。」
「………」
「そうだな、あの人間達の真似をすると…この命令が最後の命令。君の自由に生きて欲しい。君の死ぬまで付きっ切りで指示を続けるなんてごめんだからね。良いね?」
「………」
にっこりさんは空間の切れ目に去る。少女はゆっくりと立ち上がり、残骸から抜けて当て所なくさまよい始めた。