第五部 時に奇妙な縁
「…怯みもしないの…?」
「……死土の魔女……三つの国…4000万人が貴方に消えた…」
土地そのものを疫病に沈める故、生身の人間なら向き合う事すら出来ない。そう、生身ならば。
「フッ…」
大技で出来た隙を狙い、口に含み充電していたショックボルトを当てる。
「ああああ…ああ…あ…」
魔女は膝から崩れ落ちる。動きを止めるだけのつもりが、少々過充電だったか…。
「しょ…」
…魔女さん、君が少し羨ましいよ。獄中で生まれた私は、誰かにおぶわれた経験が無い。物心ついた時にはもう、あの家と父の顔しか覚えていなかった。結局母の罪状も顔も分からず仕舞いだったから…
「動くな。」
木陰から何者かがそう言った。
「?」
「動くな!」
少々短めの矢が私に向かって放たれる。
『カシャン…』
私の身体に当たった矢は乾いた音と共にひしゃげ、地面に落ちる。
「………」
体は問題ないが、服に穴が開いてしまった。ガウンの上級制服だが保障が面倒くさい。
「ふん、やはり一筋縄ではいかないか!」
木陰から人影が現れる。クロスボウを装備した少年だ。防護加工の麻布の服に、深く被ったフード。さては私を信用出来ない依頼主が、もう一人別組織から雇ったらしい。
「私は……魔女じゃ……」
「問答無用!」
無理も無い。改造されたクロスボウの刃が通らない一般人なんて言っても信じようもないだろう。
「………」
出来るだけ服は守りたいが、背中に背負っている魔女も庇う必要があるため、どうしても穴が出来てしまう。
『キュワン!」
と、不意に地面に穴が空き、私はそこに落下してしまった。視界には青い粒子が映る。
「!?」
「あれ、少し場所を間違えたかも」
此処は…にっこりさんの家?
「あの…」
「困ってると思って迎えに行こうとしたんだけど。まさかこんなに沢山来るとはね。」
こんなに沢山…?
「なんだ、妙な魔法だが…。」
気絶したままの死土の魔女と、さっきの魔女ハンターだ。どうやら一緒に送り込まれてしまったらしい。
「紅茶の用意でもした方が良いかね?」
にっこりさんは呑気はジョークを言っている。
「魔女共め、覚悟しろ!」
『パシュン!パシュン!パシュン!』
ハンターのクロスボウが幾度か放たれる。が、
「よっと。あんまり暴れないでほしいな」
矢の全てはにっこりさんによって受け止められた。彼はにっこりさんを見るのは初めてなんだろうか?にっこりさんに対する一切の攻撃は無意味だ。にっこりさんは死土の魔女を持ち上げる。
「この子はどうする?」
「地下室に……」
「ほい。」
にっこりさんは魔女と共に瞬時に消え、数秒後ににっこりさんだけが戻ってきた。
「Bの14が空いてたから。」
「……前まで魔鉄の魔女が…」
ふと見ると、ハンターは案外落ち着いていた。
「…お前は魔女なのか?」
にっこりさんが答える。
「ううん、彼女は魔女では無い。ただ少々…」
「………」
「おっと、本人の前でそう言う話は失礼だ。」
にっこりさんは、私と彼の分の紅茶を差し出す。私のはご丁寧にティーカップに入った無菌水だった。ここはガラクタばかりだが、そのどれもが浮世離れした代物だった。
「まさか、そのポンコツで今まで仕事をしていたの!?」
「…こいつは師匠の形見なんだ。古くたって使えるさ。」
しかし、彼のクロスボウは既に紐の部分がねじ切れていた。恐らくさっきの連射に武器の方が耐えきれなかったんだろう。木枠の部分も欠落ち、今にも崩れそうだった。
「しかし、よく生身の人間が魔女と戦えるね…て。」
にっこりさんはハンターのフードをめくる。
「おい!何を…」
「なんだ。君も魔女じゃ無いか。」
薄青い短髪に、鳶色の瞳。少年だと思っていたが、どうやら性別を見誤っていたらしい。
「ふうん、何々?君は大分力が弱まっているみたいだ。立派な空蝉の力みたいだが、NPも筋肉も同じ。使わなければ衰えていくものさ。」
「チッ…離せ。」
にっこりさんを払い、フードをさらに深く被る。
「にっこりさんに何が分かるんだよ、俺は…魔女なんかじゃねえ!」
ハンター…空蝉の魔女は、出口となる梯子を見つけると、すぐに駆け上がって行ってしまった。
「あ…」
「心配ないさ。またすぐに会える気がするんだよ。」