第二部 炎の街
「チュンチュん…チチチ…」
私の一日は、窓から差し込む陽光と、小鳥のさえずりから始まる。
「………」
ゆっくりと体を持ち上げる。生身の微かに残る左手で、外してあった残りの四肢をあるべき場所に取り付ける。寝ぼけて両足を逆側に付けてしまった出来事は記憶に新しい。
『シャッコン!』
「!」
いつもなら五分は悪戦苦闘が続く筈なのに、メンテナンスのお陰か気持ちいいほどすんなりとはめ込めた。
『チーチチチ…」
接続音が鳴り止むと自由に動かせる様になった。いつもより格段に早い。いや、いつもが遅すぎたのか。そんなどうでも良い考えを巡らせながら、ベットから降りる。
「くあぁ……」
欠伸を一つすると、簡素な造りの階段を降りて行く。私の家は、街中のありふれた一軒家だ。父を亡くした時に私のが継いだ。少々古い造りだが、気に入っている。
「(ゴクリ…)」
私は基本的には食事はしない。一日に数種の錠剤を摂るだけで十分だが、全く食べないと言うわけでも無い。たまにパンを一切れほど食べる時もある。
『コンコンコン!』
速く大きなノックの音だ。
『ガチャッ』
「………おはよう……」
「早朝からすみません!急ぎの仕事が入ったので大至急とのことです!」
冷や汗をかいたガウンの職員による、たまにある迷惑な訪問だ。
「………」
「速く行きましょう!人命がかかっているんです!」
寝ぼけ眼をこすりながら、職員の用意した馬車に乗り込む。ご丁寧に着替えまで用意してある。
『ガタ…ガタガタ…ガタガタガタガタ!』
不思議なほど馬車が揺れ続ける。相当馬を急かしている様だ。しかし少々違和感を覚える。いつもなら徒歩でもつくはずの教会に、こんな早馬をもってしても時間がかかりすぎる。
「着きました!早くお降りください!」
納得した。降りた先は教会兼ギルドの施設などでは無く、燃え盛る街の入口だった。人々の悲鳴が耳を突く。
「………」
全く、こんなに気分のいい日に限って…私は馬車から銃剣を取ると、業火を挙げる街に踏み入った。
「た…助けてくれ!頼む!魔女を殺してくれー!」
「…………ええ………」
しかし不自然だ。この炎からはにっこりさんの力の鱗片すら感じない。恐らく炎は力の副産物か、あるいは…
「西だ!魔女は西の森に行ったぞ!」
「………」
今は考えても仕方ない。何か早く移動できる方法は…
『ガシャガシャガシャ!」
「!?」
不意に空間に開いた穴から、多数のガラクタが出現する。同時に、にっこりさんの声も聞こえる。
「君の古パーツをオークションに出したら大当たりでさ!ちょっと色々作って見たよ。」
ガラクタ達は勢い良く変形を始め、驚くほど小さな鉄片の様になると、自動的に一つに集まり、私の左腕で腕輪の形を成した。しかしその内の一つは地面に残ったまま、むしろ変形して大きくなって行った。
「……?……」
「オートバイクって言うんだ。便利さ。」
その声を最後に、時空の穴と共ににっこりさんの声は消えた。
「……」
椅子らしき部分に腰掛けてみると、足首と腕輪から伸びたコードで接続される。
『ブオン!』
獣の唸り声の様な音がすると、振動を始めた。無意識に踏み込むと、そのオートバイクとやらは進み始めた。
『ブオオオオオオオオン!!』
早馬なんかより何倍も速い。もたもたしていた間を取り戻すため、さらに加速し、森の中に入って行く。不思議と恐怖は感じなかった。むしろ一抹の快感さえ覚えた。
『チーチチチ…前方500メートル、にっこりさんパワー反応。』
そんな電子音がした直後、直ぐに目の前に人影が現れる。
「!」
『キキィィィ!!』
甲高い音と共にオートバイクは停止する。危うく引いてしまう所だった。私がオートバイから降りると、それは独りでに変形を始め、やはり鉄片の様になり、腕輪の一部になった。
「…っ…っ…っ…」
「……こんにちは……」
魔女と思しき少女は、かなり怯えている様だ。嫌な予感が的中したかもしれない。
「お願い……殺さないで……死にたくない……」
「………」
私は武器を収め、そっと手を差し伸べて見る。
「うう!」
少女は手を取り、私に抱きついた。まるで一人迷子の中、母親を見つけた子供の様だった。付近に魔女が複数いると、時たま間違いが起こるのかもしれない。それにしても少々可笑しいが…。
「………貴女じゃ……無いのね……」
「うん……うん……!」
本当に怖がっていた様だ、しがみつく手には力がこもっている。
「………なら……貴方の他に……誰か……。」
「ううん、知らない!」
元凶の魔女を探すにも、まずはこの子を守らなければ。いや、そもそもただの火事で、魔女の仕業と勘違いしている可能性もある。
「居たぞー!魔女だー!」
森の奥から、男達の声が聞こえる。致し方ない。
「ちょっと……隠れてて………ロック……」
「うん!」
少魔女は屈むと、障壁に包まれ、障壁は柩になる。ここの中に入ると仮死状態になり、この中では目覚める事は無い。私は柩を縦に背負う。
「ああ、貴方が魔女を殺したのですね。本当にありがとうございます!」
「………」
返事はしない。殺しては居ないからだ。私は再びバイクを出すと、業火を挙げていた街の方へと飛ばした。
『プス…プスプス……』
街は大分と鎮火していた様だったが、やはり力は感じ取れなかった。私はとりあえずギルドに行こうかと考えた。
「……」
ふと焼け跡に奇妙なものを見つける。油の様な液体が、焦げた板の下に溜まって居た。魔女の能力だろうか。
『ブオン!!』
発進する。と、バイクの前方に何かの模様が表示される。赤い矢印と青い丸が一つづつと、幾本もの白い線で描かれている。赤い丸は私の動きと同調している様だ。地図だろうか、これで迷う事は無い。
「!」
早馬よりずっと短時間で到着する事が出来た。本当に凄い。バイクを収い、ギルドへと急ぎ足で向かった。
「………」
「ああ、お帰りですか!」
ギルドの建物に入ると出迎えてくれた職員に、私は微笑む。すると、依頼主らしき人物が奥に見えた。私は人混みを縫う様に、奥の事務所に入る。普通なら身分証が必要だが、私はかなりの古株、特に聞かれはしない。
「………こんにちは……」
ここでは重要案件、緊急案件が舞い込む。今日は表では重要な事柄らしき物は見当たらないため、高確率でこの方が私の雇い主だ。
「随分と帰りが早いのですね。もう2時間は待つかと思いましたが。」
小太りの、幸せそうな中年の男性だった。少々の口臭を除いては、特段おかしな部分はなかった。
『ゴトリ』
私は柩を床に置く。少し疲れた。
「その中に魔女が?」
「ええ……でも、この子は……無罪……」
「何?」
「…………」
ふと語気に棘が生え始める。この方は魔女に対して良くは思って居ないらしい。
「………付近に……魔女は……?」
「一人だけだ…。もしそれを殺した場所が我が街の付近だと言うならば、間違い無くそいつだ。」
「……そう……ありがとう……」
依頼人は私に通常より大幅に多額な数字の書かれた小切手を切った。いつもならこの瞬間は満足感で満たされるが、、今回はなぜが不穏な靄の様な物が心にかかっただけだった。依頼人は帰り、私も家に帰る。
『ガチャ…」
呼び出されたのは早朝だったため、帰ったのは午後の昼下がりだった。せっかくの休日だったが、仕方ない。
『キィ…』
柩の蓋を開けて、この子を光に当てる。
「ううん…?」
「……おはよう……」