第一部 定期メンテナンス
魔女。にっこりさんと契約し、その力の鱗片を授かった少女の総称。殆どは心優しく正義感も強いが、力に溺れて、自らの欲求を満たし続ける者もいる。大抵の場合は破壊と殺戮だが。
「なんと!あの獣王の魔女を討伐したと?」
「………してない……」
「はあ、また生け捕りですか。一体どこに運ぶのですかな?」
「………ナイショ………」
「貴女は父親とは違い秘密主義のようですが、困り事のもとにさえなり兼ねますぞ。」
「………どうも……」
私は席を立つ。全く、どうしていちいち報告しなくてはいけないのか。ガウンに抗議の手紙を送ろうか。そんなことを考えながら帰路につく。
『ガッション!』
「!!」
まずい、関節部分が故障したみたいだ。焦げの匂いと、うめき声の様な不自然な駆動音がする。このままでは動けなくなってしまう。予定変更だ。
『ズリズリ…ズリズリ…ズリズリ…』
文字通り足を引きずりながら、我が家とは逆方向に向かう。
「おい、足怪我してんのか?」
「……大丈夫………」
とは言ったが、久々にまずい状況だ。街行く人々は心配する。早く行かなくては。
「はっ…はっ…はぁ…」
辿り着いたのは古びた井戸……
『ウィイイイイン…』
に見せかけたとある施設だ。そこには顔見知りのにっこりさんが住んでいる。
『カンカンカンカン』
腕の力だけでハシゴを降りようとしたが、案の定腕の関節もダメだった。
『ガシャコン!……ドスッ!」
落ちる寸前に、数少ない本来の肉体の頭を守ったが、衝撃で集積回路が壊れ、気を失いかけた。
「なんの音だって…な!」
「…………」
にっこりさんに担がれて、ベッドの上に寝かされる。にっこりさんは道具箱からいくつもの道具を取り出す。
「……関節を………」
「そのためにきたんでしょ。分かってるよ。」
にっこりさんは何かしらの測定器の様なものを、私のうなじに接続する。
「ふむふむ…ほう…何…?」
「……?……」
「ねえ、最後にメンテナンスしたのはいつの話だい?」
「めんて……なんす……?」
「はあ、どうやら助けが必要なのは関節だけではないみたいだね。アンプ、スケール、ハーネス、集積回路、動力炉、レンズ…数えただけではキリがないね。とっとと始め…」
「(ふるふる)」
「いや、壊れてから…と言うか全部壊れてるんだけどね。関節以外全部サービスで良いからさ。ほら、服脱いで、うつ伏せで寝っ転がって。麻酔は?あっそう、全身麻酔ね。」
何も言っていないのに勝手に処置が始まった。マスクの様な物を口元に取り付けられた数秒後には、意識を失ってしまった。
「ええ!1987年式!?何でこんな物で動いていたの!?」
時々、にっこりさんの怒鳴り声が聞こえてきたが、すぐに忘れていた。
「おーい。できたよ。」
にっこりさんの呼び声で私は目を覚ました。……自由に体が動く。こんな事久し振りだ。ふと、手術台の上に並べられた金属製のものと思われる構造体に目がいった。
「…………?」
かなり古いものらしく、サビや穴やよくわからない液体で濡れていた。
「これが何かって?」
「(こくこく)」
「きーみーのーぞーうーきーだー!」
「!」
こんなスクラップを体内に入れた覚えは無い。これが私の体の中で劣化していく様を思い浮かべたら、悪寒が走った。
「1857年式アンプ。オークションに出せば家一軒買えるよ。それにこの56年式エネルギータンクなんて、博物館に寄贈すれば涙流して喜んでくれるよ。それに…」
「………」
「そんな顔しないでって。別に君のズボラさ加減を悪く言っているわけじゃ無いからさ。」
「………」
体としては夢の様に気分が良いが、心はそう良いものではなかった。今度からは定期的にここに来よう。