第6話 入学式
それから数日。
あれから空とは当たり障りのない会話程度しかなく、ついに俺たちは高校の入学式の日を迎えた。
朝起きて、洗面所で顔を洗い、自室に戻って制服に腕を通す。
この制服を着るのは今日が初めてというわけではないが、外に着ていくのは初めてで、姿見で何度かチェックする。
響蘭高校の制服は、男子は上は紺のブレザー、下は黒のズボンと、なんとまあ普通な感じの制服だ。
この学校は少し小さ目の進学校で、1学年5クラスのうち、4クラスの普通科と、1クラスの理数科がある。
普通科も2年生からは特進科クラスが1つと、普通科クラスが3つとなる。
自室を出て1階へと降りていく。
リビングに入ると食卓には朝ご飯が並んでおり、先客がいた。
「ふわああ・・・。 おはよー、母ちゃん、空。」
「おはよう、拓人。 あんまり時間ないんだからさっさと朝ご飯食べちゃって。」
「へーい。」
空も俺と方へとチラと目線を向け、小さくおはようとつぶやいた。
俺はそれにおうと返事をし、食卓に着く。
今日の朝ご飯はトーストとスクランブルエッグとウィンナーという、まさにザ・朝ごはんといった感じのメニューだ。
空もすでに制服に着替えていた。
女子の制服は上は紺のブレザーで同じものだが、下は茶色のチェックのスカートで、男子との格差を感じる。
というか、
「空、女子の制服着てるんだな。 似合ってる。 かわいいじゃん。」
「はあ!? お前何言って! ・・・じゃなくて! えと・・・、わ、私が女子の制服着てたら変かな?」
一瞬動揺して素に戻る空。
空はこの体になってから、音羽であり続けようとする。
特に、俺の前では頑なに音羽として振舞おうとする。
母ちゃんの前ではよく気を抜いて素が出るのだが、自然な感じで音羽と区別がつかない。
「ごちそうさまでした! ほら、たっくんも! 早くしないと置いてくよ?」
「お、おう。」
空は椅子からガタンと立ち上がり、2階へとパタパタと登っていく。
学校用のカバンを取りに行ったのだろう。
俺も朝ご飯を腹にしまうと、残りの準備を急いだ。
家を出ると天気は非常によく、幸運に恵まれたようだ。
母ちゃんはあとで来るらしく、俺は空と一緒に高校まで向かう。
最寄り駅まで歩いて15分、駅から学校近くの駅までが10分、その駅から学校までが10分くらいで、30分とちょっとあれば着くほどに近い。
「空、いつもだったら俺と一緒に行くのに文句ばっか言うくせに、今日は何も言わないんだな。」
「たっくん、私は音羽だって言ってるでしょ? ・・・・少なくとも、外ではそう呼べよ。」
空の冷たい視線が俺に刺さる。
俺は不本意ながらも答えた。
「・・・わーったよ。」
四月の風が俺たちの間を通り抜ける。
散り始めた桜の花びらが宙を舞い、風に流されていく。
この先の一抹の不安を残しながら。
◆
ホームルームが終わり、帰り支度を始める。
周りではスマホを片手に連絡先を交換し合う人達が多い。
「拓人ー! 久々に同じクラスだねー!」
そんな叫びと共に現れたのは、桜井 美穂。
中学校で知り合い、1、2年生と同じクラスで仲良くなった女の子だ。
中3の時は別々のクラスで、ほとんど話さなくなっていて、どこの高校に行ったのかも知らなかったが、どうやら同じ高校らしい。
「ああ、久しぶり。 1年ぶりか? すごい懐かしい気持ちになるわ。」
「同じ学校だったんだから、たまにすれ違ってたんだし、そんな懐かしい気持ちになる?」
桜井の鋭い視線が突き刺さる。
そんなこと言われても、すれ違っただけじゃ会ってるとは言えないし・・・。
「それより、ほら、連絡先! ケータイ持ったんでしょ? あんた中学生の時は持ってなかったから連絡とるの大変だったのよねー。」
「へいへい、そりゃあすみませんでしたね。 LIMEでいいか?」
「それが一番良いかなー。」
桜井とLIMEで連絡先を交換する。
俺はスマホを中学校卒業と同時に購入したので、中学校の頃の友達の連絡先など持っていないのだ。
「それと拓人、今日暇? 部活見学していかない?」
「部活? そういや桜井は中学校女バスだったか? 高校でも続けるのか?」
「そうそう。 覚えててくれたんだ。 私はそのつもり。 一年生は今日から部活見学できるらしいから、拓人も一緒にどうかと思って。」
「女バスをか?」
「あんたは男バスに決まってるでしょ。」
「うーん、俺運動得意じゃないんだよなー。 それに、一緒に見るなら女子と一緒のほうが良いんじゃないか?」
「まあ、それはそうなんだけど・・・。」
言い淀む桜井。
「それは私が、あんたとまわ・・・」
「たっくん! そろそろ帰るよ!」
ドンッという、鞄机にたたきつける音とともに現れたのは音羽だ。
今年も例にもれず、音羽というか空とだが、クラスは一緒だった。
音羽はキッと桜井を睨み、そのままの目つきで俺の方も睨んだ。
「そ・・・・音羽か。 そうだな。 桜井、悪いな。 俺は先に帰るよ。」
「そっか・・・。 まあ、部活見学は今日だけじゃないし、また一緒に行こうよ!」
「ああ、機会があったらな。」
俺は自分の鞄を持ち、既に教室の出口に向かって歩き出している空の後を追う。
空のすぐ後ろにたどり着くと、空がぼそりとつぶやいた。
「音ちゃんがいるのに浮気するなよ。」
「浮気じゃねえし、そもそも音羽とは・・・」
「そういう問題じゃないだろ。 だいたいお前は・・・」
「日比野音羽はいるかしら!!?」
と、その時教室の扉を開ける大きな音と共に一人の女子生徒が大声を出しながら教室に入ってきた。
今時めったに見ないような金髪縦巻きロール。
西洋っぽい顔立ちで非常に整ってはいるが、いかにも気の強そうな雰囲気である。
リボンの色から1年生とわかるが、同じクラスでないことは明確だ。
「私ですけど・・・。」
そんな中、最初はびっくりして思考が停止していた空が、おずおずと手を挙げる。
「あら、すぐ近くにいたのね。 雰囲気が変わっているから気が付かなかったわ。 さあ行くわよ。」
その女子生徒は空の手を取ると、すぐに教室を出ようとした。
「ちょちょちょ、待って! 急に何ですか?! 行くってどこへですか!?」
「日比野音羽、一体何を言っているの? 行く場所なんて決まっているじゃない。」
金髪縦巻きロールは呆れた、というように肩を竦めて首を横に振る。
「音楽室よ。」
「音楽室・・・? っておわ! ちょっと待ってください!」
空の訳が分からないという顔をよそに、金髪縦巻きロールは空を引っ張って教室の外へと行ってしまった。
そして俺は一人教室に取り残される。
静まり返る教室。
後ろから桜井がやってきた。
「何だったんだろうね・・・。」
「さあ・・・。」
「それより、音羽ちゃん、大丈夫そうでよかった。」
「え?」
そう言う桜井の表情は心配事が一つ取り除かれたような、安堵を示していた。
「音羽ちゃん、本当に大変な目にあったのに、今まで通り元気そうでよかった。 これも一緒にいてくれる拓人のおかげかな?」
「どうだかな・・・。」
俺は空の出て行った、というか連れていかれた扉をじっと見つめる。
本当に元気なのだろうか?
本当に今まで通りなのだろうか?
空はもう悲しみを克服したんだろうか?
その答えは、否だろう。
まだまだ空の心の傷は、深い。
「それより拓人、音羽ちゃん追わなくて良いの?」
「あ、やばい! 音羽ー!?」
俺は教室を飛び出し、急いで空の後を追う。
行先は、音楽室だ。
桜井さんは影が薄いキャラですので、どうか覚えていてあげてください・・・。
ちなみに、どうでも良いんですけど、脳移植は今の技術では少なくともこんな感じで成功することはないですね。神経をつなげても神経細胞まで繋がるわけではないので、神経細胞の突起が伸び、新しいシナプスが形成されるまでに膨大な時間がかかります。完全なフィクション、というよりもはやSFとしてお楽しみください(笑)