第11話 新たな楽器
またまたお久しぶりです。
ゆっくりなのに見てくださっている皆様に感謝です。
「そ、そんなあっさり決めちゃって大丈夫!?」
さすがの先輩もこれには驚いたようだ。
「はい。もう決めました!オーディションあるって聞いて怖かったんスけど、これならやらせてもらえそうかなって。」
「悠介、お前管楽器やりたかったのか?」
ずっと気になっていたことを聞いてみる。
管楽器のオーディションの話をしたとき、悠介は明らかに落ち込んでいた顔をしていた。
もしかしたら何か管楽器をしたかったからかもしれない。
「さっきさ、俺も楽器の経験あるって言ったじゃん?実は小学校のころトランペットやってたんだ。でも練習辛くって中学入ってやめたんだよ。でも、やっぱり、忘れられなくて。」
「え、君経験者なの!?それなら断る理由なんか全然ないよ!楽器なら学校にいくつかあるしすぐにでも・・・。」
「いや、実はオヤジの楽器があるんス。だから、俺それ使います。でも今日は持ってきてないんで明日持ってきます。だから今日だけ借りても良いッスか?」
「もちろんだよ!案内するね!」
そう言って先輩は悠介を連れて部屋を出ていこうとする。
出る間際、そうだと言って悠介がこちらを向く。
「拓人、一人にして悪い。でもきっとお前も自分に合った楽器見つかるよ。また後でな!」
そう言って手を振りながら悠介は教室を出て行った。
「自分に合った楽器か・・・。」
誰もいなくなった部屋を後にする。
ずっと、バイオリンは憧れだった。
音羽が引いているのを聞いて、俺もやってみたいと思った。
でも、俺にはピアノが向いていると言われた。
後悔はしていないし、ピアノを弾くのは楽しい。
でも、せっかくなら、俺も空と一緒にオーケストラをやってみたい。
考え事をしながら再び弦楽器が練習している辺りへとやってきた。
とは言え、弦楽器も全部弾いたしな・・・。
「君・・・・。」
「へ?うわあ!?」
突如声をかけられて振り向くと髪の長い女生徒が柱の陰に立っていた。
「君、新入部員でしょ・・・?まだうちのパートとかどうかな・・・・?」
ボソボソと喋るのでやや聞き取りづらいが、手に持っているのはバイオリンだろうか?
「そうですね、バイオリンパートは人数が必要らしいですもんね。考えてはいるところです。」
「・・・・?これ、バイオリンじゃないよ?」
「へ?」
確かに、よくよく見ると彼女の持っている楽器はバイオリンよりも一回り大きな楽器だった。
「これはビオラ・・・。確かにあんまり有名な楽器ではないかもしれないけど、オーケストラではとっても大事な楽器・・・。弾いてみる・・・?」
「あ、じゃあ、是非。」
ビオラ。
名前は聞いたことがあったが、実際目にしたのは初めて、というか、演奏の時見てはいたはずだが、ビオラとして認識していなかった。
今更ながら自分の知識の無さを恥じる。
先輩の名前は結城 沙智。
ちょっと暗い印象で静かに喋る先輩だと思ったが、少し話してみると意外と話しやすい。
むしろ初対面でガンガン来られるより心が休まる。
「そうそう・・。構えは基本的にバイオリンと同じ・・・。力を入れるんじゃなく、弓の重さと腕の重さをそのまま楽器に乗せるように・・・。」
「こんな感じですか?」
結城先輩の指示に従い弓を滑らせる。
その音は、バイオリンのように華やかではないし、チェロのように艶やかではなかったかもしれないけれど、温かく、優しく、どこまでも包み込むような、でも、それでいて確かにそこに存在していた。
薄いわけでも、小さいわけでもない、なのに全てを飲み込むようで、飲み込まれるようで。
弾いた瞬間に気が付いてしまった。
求めていた音はこれだったんだと。
「綺麗な音ですね。」
「そうでしょう・・・?ビオラってあんまり人気がないんだけど、すごく良い音なんだよ・・・?どうかな・・・?」
「はい、俺、ビオラがやりたいです。」
俺の探し求めていた音は、ここにあった。
◆
その日から俺はビオラを、悠介はトランペットを、空とユーリアはバイオリンを練習し始めた。
俺以外の3人は一応経験者なので問題なさそうだが、俺のほうはそうはいかない。
他の新入部員も続々と楽器が決まり、俺のように初心者として始めるものも数人いた。
新な楽器を始める、というのはとても心躍る反面、非常に厳しい戦いが待っている。
それは、
「う、腕があ・・・・。」
「慣れるまでの辛抱だね・・・。いらないところに力が入ってるから余計に辛いと思うよ・・・?」
そう、持つのがしんどいのだ。
楽器を始める、というのをなめていた。
楽器というのは脱力して弾く、というのがセオリーだが、本当に体の力全部抜いてしまえば構えることすらできない。
必要な筋肉だけにはしっかりと力を加えなければならない。
構えるだけでも一苦労だが、普段はやらないような姿勢、動きでどこに力を入れてどこなら抜いても良いのか分からず、結局全身に力が入って姿勢が崩れ、良い音がならないどころか筋肉の疲労で構えることすらできなくなる。
練習しようと思っても数分で限界が来てしまい中々前に進めない。
「でも、すごく筋が良いからきっと上手になるよ・・・。まるで弾いたことは無かったけど弾き方は知ってた、みたいな・・・?」
結城先輩からはそんな風に言われた。
空のバイオリン姿をずっと見ていたせいだろうか。
とは言え自分では弾き方は全然分からないし、結局すぐに構えていられなくなり楽器を降ろす。
でも、ビオラの音は好きだった。
弾けるようなごつごつした音から溶けるような甘い音まで、自由自在の音を鳴らす結城先輩。
ビオラパートは弦セクションの中でも人数が少なく、俺を含めて6人だった。
結城先輩は小さい頃はバイオリンをしていたそうだが、途中からビオラに転向して今ではビオラを専門としてやっているらしい。
やはり経験者とだけあって一人だけ飛びぬけており、ビオラパートのリーダーとして演奏を率いていた。
俺もあんな音が鳴らしてみたい。
そんな一心でひたすら練習する。
「ほら、また力入ってる・・・。」
「はい・・・。」
あんまり意気込むとこうなるので程々に。
「そうだ、今日は指揮の先生が来る合奏の日だから途中から一人で練習になるから頑張ってね・・・。」
「合奏ですか!?」
合奏と聞いてあの時の記憶がよみがえる。
初日に聞いたあの演奏。
体も心も揺さぶられるようなあの感覚。
それを思い出してついつい大きな声が出てしまう。
あの時の演奏の指揮者は学生だったらしく、本当は外部から指揮者の先生を呼んでいるらしい。
「うん・・・。興味があるなら見学する・・・?」
正直自分の練習もしなくてはならない。
でも、それ以上に合奏をもう一度見てみたかった。
「はい!見学させてください!」
「わかった・・・。じゃあ一緒に行こうか・・・?」
俺は結城先輩の後をついて音楽室まで行く。
一応楽器を持ってこいと言われたのでビオラも持っていく。
これは学校の楽器で、ちょっと安いやつらしい。
音楽室へ着くと他のパートもいくらかまばらに集まっていた。
「ここに座って・・・?」
指示された場所は、所謂『3プルトのイン』と呼ばれる場所だ。
弦楽器は指揮者に近いところから順に二人一組で並ぶ。
前から順番に1プルト、2プルト、3プルト・・・となる。
さらにその二人一組となった内の客席に近い方をアウト、客席から遠い方をインと呼ぶ。
基本的に上手な人が前のプルトかつアウトに座るようにするらしい。
客席により良い演奏を届けるためと、前の人の演奏を見ながら合わせるためだそうだ。
なかなかな序列社会だと思いながら指定された席に座る。
待っていると他のパートも続々と集まってきて、合奏開始の10分前には全員が座っていた。
すると、バイオリンの中で一番前でなぜか1人だけピアノ椅子に座っている生徒が立ち上がる。
それを合図に管楽器の一つであるオーボエが「ラ」の音を鳴らす。
呼応するようにバイオリンも「ラ」の音を鳴らしながら楽器の先についているネジのようなものを回す。
これはチューニングと言い、楽器の音程をそろえるための作業だ。
平たく言えばコンディションを整える、ということだそうだ。
ちなみに立ち上がったバイオリンの人はコンサートマスター、通称コンマス、うちは女性なのでコンサートミストレス、通称コンミスと呼ばれており、オケ全体を率いていく役割を持っている。
ちなみにコンマスはその楽団の顔であり、一番上手い人、という認識だ。
このコンミスさんもとてもきれいな音で、明らかに抜きんでた実力の持ち主であることが伺える。
チューニングが終わると全員が音だしを始める。
思い思いに弾いており人口密度が高いせいもあってめちゃくちゃだ。
ふと見てみると、バイオリンの1番、通称1stの一番後ろにユーリアと空が座っていた。
ユーリアは慣れていそうでリラックスして弾いているが、空は明らかに緊張しており体の強張りが見られる。
ぼーっと空の様子を眺めているとそれまで鳴っていた音がぴたりと止む。
びっくりして周りを見ると全員がそれまでとは違う、真剣な表情をしていた。
指揮の先生が来たのだろうか。
こんなに真剣な表情をしているなんて、そんなに怖い先生なのだろうか。
怖くて後ろを見れず、ずっと指揮台の方を見ておく。
「起立!」
部長の野田先輩の掛け声で全員が立つ。
一瞬反応が遅れたが、俺もなんとか周りについていく。
張り詰めた空気。
充満する緊張感。
現れたのは、とあるおじいちゃん先生だった