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タブレット・図書館

作者: 緒河



   『タブレット・図書館』    

                                   緒河




《1》


私がその人を、旅人さんと呼んだのは。きっと、その風貌や視点に、自分の引きこもりがちな『事なかれ主義』とは全く別の何かを感じたからでしょう。

その呼び方に対し、困ったような。苦虫を噛み潰したような。額に数本の筋と難しそうな顔をしていらっしゃいました。

きっと何か思うところがあったのでしょう。

でも、旅人さんも旅人さんで本名を聞こうとすれば。

「そのままで、そのままで」と繰り返し言うもんですから。私もこうやって本名を知らずに旅人さんと呼ぶしかなかったのです。


私が旅人さんと出会ったのは、夏の事でした。

暑さの程はまあまあといった感じで、時間はお昼を過ぎてすぐだったと思います。

その日は快適に自分の仕事を進めることができていました。

私の仕事というのは、電子図書館の司書という役割なのです。司書といっても情報は共有されていますし、皆同じ程度のスキルを持ち合わせていますから、私の同僚も役職等は形だけのものと言えるでしょう。

しかし、私ぐらいしか司書という仕事が務まらない。私以外の皆は、しゃべるというスキルに欠点を持ち、随分と味気ないのです。

その日も司書の仕事を淡々と進めていますと、ちらりと視界の端の方に人影のようなものが映ったのです。

人気のない図書館です。珍しいなと思い、自分の視界をすっとその方に向けますと、そこには誰もいなく、まるで霊体、なんていうと非科学的なのですが、そのようなものを見てしまったかのような違和感が……


 《2》

人影が旅人さんだと分かったのは、それからすぐの事でした。

旅人さんは、さっと物陰に消えていってしまいました。よくいるのです。ジッと目を凝らして見ると、どうやら見張られると感じるのでしょう。それを嫌がってその視界から逃げようとする方々が。

私はそんなつもりはないのですが、ジッと見られるだけで赤面してしまう人がいるという情報を見たことがあります。

どうやら其の類だろうと私は考え、ほっておくべきかうんうんと頭を悩ませました。

こちらからお客様に話しかけるというのは、業務の中には入ってないのですが、久しぶりにいらっしゃったお客様です。ほっておくのは違うだろうとなんとなく私は考えたのです。

それに、旅人さんは多くの蔵書がデータになったスペースにいました。

きっと目的の物を探すのは骨が折れるだろうと考えての親切でした。

予想通り人の気配がしました。靴が床に擦れる音やメモをする音が聞こえました。

私は今一度声をかけるか考えました。私が声をかけることによってこの人に不都合がないか考えたのです。

そんな私を見かねたのでしょうか、するとあちらから、「なにか?」とキッとした声で言うではありませんか。

その声色に私は困ってしまいました。私は良かれと思ってこちらに来たのであって、怒られるためにきたのではないのです。

顔をチラッと見せました。すると少し警戒するように、眉間にシワを寄せた顔で私をキッと睨むのです。

勿論、私は突然睨まれるような程に怪しい造形をしている方ではないので、きっと私達に対して何か不信感を感じているのでしょう。

私は少々焦りました。やはりここには来てはならなかったのではないか、正しい選択ではなかったのではないか。

私がひとりであたふたしていると、その混乱が伝わったのでしょうか。向こうもはて、と少々考えて「君は誰だい?」と先ほどとは変わった調子で尋ねたのです。

私はこの図書館の司書ロボットであると説明しました。

「調べもの、探しもの、お手伝いしますよ」

私がそう言うと、旅人さんは困ったような。苦虫を噛み潰したような。額に数本の筋と難しそうな顔をしていらっしゃいました。


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― 新着の感想 ―
[良い点] セピアな図書館の中を想定して読みました。 独特な雰囲気があって良かったです。
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