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石橋を渡る

「そういえば、設楽さんって両親と仲良いですか?」

「唐突だな」

 僕と薬袋は昼時を過ぎたカフェテリアで遅めの昼食を取っていた。特に待ち合わせをしていたわけでもないのだが、決まって毎週水曜日は自然と顔を合わせるようになっていた。

 僕は院生なので、ゼミがある日以外は決まって混雑時を避けていたし、薬袋もまた水曜日に限っては午後からの講義がないためこの時間に会うことが多かった。講義の時間は一時間半なので、次の講義が始まるまではここでいつも薬袋と時間潰すのが恒例となりつつある。

「ま、仲悪くはないかな」

「なんだか意味深な回答ですねぇ」

「悪くもないし良くもないからな」

 そもそも仲が良いとか、悪いとかの基準が曖昧でよくわからない。それでもお互い干渉し合うことが少なかったせいか他人に近い家族だったような気がする。

「そうですか。私も悪くはないという回答を選びそうですね」

「そういえば、薬袋は実家通いだったな」

「えぇ、ですが両親共働きなので、あまり顔を合わす機会は少ないですね」

 同じく僕の家族も共働きだったので、普段から自宅で一人で居ることに慣れてしまっていた。

「そうか。薬袋は反抗期とかなさそうだな」

「そもそも反抗する機会がなかったんですけどね」

「反抗する気はあったのか」

「うーん、どうでしょうか。当時はあったような気がするのですが、今となっては覚えていませんねぇ」

 同じく僕も反抗期があったかどうかも覚えていない。

「そもそも反抗するような材料がなかったような気がする」

「あー、設楽さんはなさそうですね。というか、まともに両親とコミュニケーション取ってない気がしますね」

 それは馬鹿にされているのだろうか。だけども薬袋の指摘は割とあっていて、両親と会話することはあまりなかった。それに大学に入ってからすでに四年以上が経っているが、実家に帰ることはあまりなかった。割と実家に近いことが仇となって、いつでも帰れるという気持ちから、なかなか帰らなくなっている。

「大学に入る前はそんなことなかったと思うんだけどな。ただもう家を出て六年目だしな」

「妙に距離感が保てなくなりそうですね」

「そうだな」

 距離感という言葉は割と的を得ている。

「そもそもどうしてそんな質問したんだ?」

「いえ、ただ単純に話題の提供ですね。ま、将来的に挨拶しなければという打算的な考えがなくもないですが」

「既に自分の部屋とかどうなってるのかも分からないしな。物置とかになってなければいいけど」

「挨拶の話はスルーなんですね。でもまぁ、空にして出て行ったわけではないんですよね?」

「そうだな。引越しの時に荷物になったのは洋服くらいだったな」

 そもそも引越しというよりも、出ていくわけだから部屋を空ける必要はまったくなかったわけだし。それに食器や調理器具、電化製品は家族のものだし、新たに買う必要があった。

「読み終わった本とかは置いて行ったから、捨てられてなければまだあるんじゃないかな」

「ほう、それはちょっと見てたいですね」

「もう捨てられてるか、売られてるかもしれないけどな」

「それすらも分からないんですね。そもそも連絡取ったりしているんですか?」

「いや、してないな。する理由が見当たらない」

「する理由はあるでしょうに。いや、ないのかもしれないですね」

 確かに引っ越した当初は何かと連休や年末年始は帰省しようかと思ったけれども、帰る理由も見当たらず結局六年が経った。ただ、連絡を取らないわけでもないのだけども。

「というか、そもそも実家に戻るのに理由が必要なんでしょうか」

 果たして必要なんだろうか。それでも誰かに対して説明するものではなく、自分自身を納得させるための理由に近いかもしれない。

「必要ないかもしれないけど、でも今の自分の家はあそこだからなぁ」

「設楽さんにとって、帰るというのは即ち住むと同義といったところでしょうか」

「近いな。住んでいるという理由があるから帰るのであって、実家は住んでいないから帰る理由がない」

「設楽さんにも地元に友達がいれば違ったかもしれないですね」

「勝手に友達いない認定されているけど、事実だから言い返せないな」

「言い返しましょうよ」

 さすがの薬袋も呆れていた。正確には地元の学校から同じ大学に進んだ知り合いがいるのだが、卒業した今となっては友達とは言い難い。というか、在籍していたときも特に話した記憶がないけれども。

「そろそろ新キャラ増やした方がいいんじゃないですか?」

「新キャラってのは?」

「私が出会う前は一人だったわけですよね。ですからドラクエ的に言うとハッサン的ポジションですね」

「ドラクエで例えるなよ。しかも男だし」

 薬袋はこう見えてロールプレイングゲームはやっているクチだ。しかし例えが古い。

「何に例えてもいいのですけど、新しい友人を探してもいいのではとのことです」

「お前でお友達装備枠は一杯だから結構だ」

「あら、私だけで胸いっぱいということですか。照れますね」

「胸焼けするくらいね」

 皮肉で言ったつもりだったが、理解した上でとぼけているらしい。

「ですが安心してください、設楽さんのお友達装備枠は空ですから」

「どういう意味?」

「私は嫁枠ですから」

「嫁枠なんてねーよ」

 友達枠なんて言った手前、勝手な枠を作ることに文句は言えないが、いけしゃあしゃあと嫁枠なんて言っているあたり、本当に馬鹿なんじゃないかと思ってしまう。

「あとは愛人枠とかもキープしておきたいですね」

「前から思ってたんだが、嫁と愛人ってイコールだと思ってるんだけど」

「いえいえ、嫁は愛がなくてもなれますが、愛人は愛がないとなれません」

「ま、そうなんだろうけど」

 言っていることは分かるのだが、なんだか納得いかないものを感じてしまう。

「とりあえず、友達なんてものは作るものじゃないだろうし、仮に作るものだとしても今は作らない」

「今はですか?」

「未来は未定だからな」

「それもそうですね。私の嫁枠は確定ですけど」

「勝手に確定すんなよ」

「え、未確定で進行中ですか?」

「もう黙れよお前。そもそもお前だって友達枠少ないだろ」

 そういえば薬袋と他の誰かが歩いている姿を見たことない。先日の野球大会の打ち上げで他人と話しているところを見て不思議な違和感を持ったほどだ。

「身体も小さいですからね。でもいますよ。むしろ女子は少ないので、必然的に友達になってしまうというか」

 身体の大小は余計だけれども、確かに薬袋の言っていることは納得に足るものであった。多すぎても駄目だし、少なすぎても駄目なのだろう。そもそも駄目って何がだろうか。

「ただ彼氏的なサムシングがそれぞれいるので、割と会わない日も多いですよ」

「それもう彼氏だろ。サムシングの要素ないだろ」

「そうですね。いろいろと気遣いも必要なんですよ」

 そういった彼氏持ち、もしくは彼女持ちの人間に接する上では慣れない気遣いが発生するのもわからないでもない。

「話す内容についても、プライベートに関しては聞きづらいところありますしねぇ」

「お前ってどうでもいいところは割とずけずけと聞くけど、大事なところは結構控えてるもんな」

「それ、私の事分かってるアピールですか?」

「今の会話のどこにアピールポイントがあったか分かんないんだけど。なんか人との関係が拗れそうなのは、避けて通るだろ?」

「面倒ですからねぇ。その点、設楽さんなんて石橋を叩いても渡らないタイプですよね?」

「そもそも叩きもしない」

「おぉ、もう……」

 ふっと薬袋は横に顔を背ける。一瞬涙が見えたのは気のせいだろうか。

「石橋を見たら渡らないタイプだな。ま、石橋ってのは諺の綾だけども、危険かもしれないって分かってるのに、リスクを冒す必要はないだろう」

「まさに、瀬を踏んで淵を知るですね。いや、それすらも設楽さんはしないでしょうけど」

「浅い川も深く渡れってやつだな。というか人間関係においてそんな石橋的なポジションがいないからわからないけど」

「石橋的ポジションってなんなんでしょうね。ディフェンダーとかやらせたら強そうですね」

「いや、脆くも崩れるからディフェンダーはしない方がいいんじゃないか?」

「諺のせいで石橋が脆いというイメージが染みついてますね。全国の石橋さんに謝りましょう」

「謝る理由がよくわからないし、人名の石橋じゃないんだから」

「それもそうですね。ま、話を少し戻しますけど、彼氏持ちに対して話すときは絶妙な距離感が必要とされるのですよ。それこそ石橋まであと何メートルとか標識立ててほしいくらいに」

「そもそもそれって相手に依るだろう? そういった話にオープンなやつもいるかもしれないじゃないか」

「うーん、私の読みって結構当たってると自負してるんですよね。なので私の石橋レーダによると、ほとんどオープンしてないと思うんですよ」

 石橋レーダってなんだろうか。石橋を七か所渡ると願い事でも叶えてくれるのだろうか。

「それって彼氏作ると友達少なくなるんじゃないか」

「そういうこともあるようですね」

「言葉は違うかもしれないけど、両立ってできないもんなんだ」

「できると思いますけどね。私だって、ほら、両立してるじゃないですか」

「両立しているところを見たことないから、判断できない」

「設楽さんはそもそも片方いないので、両立とは言わないかもしれませんが」

「うるさいよ」

「でもそれはそれで貴重ですね。友達いないのに彼女いるってなかなかないと思いますけど」

「よく思うんだけど、友達かつ彼女にはならないわけ? ベン図で表すと共通部分にあたるんじゃないのか?」

「人間関係をベン図で例える人を初めて見ました。設楽さんの場合は友達いないのでベン図は不要ですけどね」

「さらりとひどいこと言ってるぞ、それ。一人だから集合することはないけどな」

 とは言ったものの、実際にはベン図は円の外側を使うこともあるので、ベン図が不要かと言われると不要ではないのだけれども。どちらにしろ理解に苦しむ。

「むむむ、そういわれると友達を含んでもいいような気がしますけどね。というか私的には彼女とは友達が進化したものだと捉えてるので、内包しているといってもいい気がしてきました」

 よく関係が進展するとも言うし、彼女になったからといって彼女自身が変わるわけでもない。それこそ、何かのゲームみたいに新化することによって姿形が変わるのであれば、それこそ石橋―――なんてレベルではなく、これから先うまくやっていけるのか不安もいいところだ。

 変わりなく付き合っていきたいから、彼氏、彼女になるのではないだろうかと。

 だけども、それを薬袋に使えるのはどうしても憚れるのでやめておいた。

「ま、そうですね」

 にやにやと笑いながら薬袋は残ったカフェオレを飲み干す。

 どうにも心を読まれたような気がして、僕は落ち着かない気持ちになる。

「なに、その笑い? 噂の分かってるアピールか?」

「分かってるじゃないですか」

 僕は否定しかけた口を閉ざす。わざわざ答え合わせをするようなことでもないだろうし。

 こういったのは、やっぱり曖昧で、でもその曖昧さを明確にすることがつまりは石橋を叩くという行為にあたるわけで。

 なんにしたって、石橋を叩くに越したことはない。

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