封印を巡って
「これは……?」
「なんだか、妙な形に金属が打ち付けられているね。何となく……『〆』のマークに似ているけど……」
「〆で合っている」
露草が言う。
「〆は、封じることを表す印。何かが、ここに封じられている」
「何かって何だよ」
「分からない」
堂々と答える露草に、幾分肩をコカす檜山。
「まあ、そうだよな……。んで?かずやん?これがあんたのゆー『原因』だってわけ?」
「か、かず……?もしかして、僕のこと?――断言はできないけど、可能性は高いんじゃないかな。久遠時さんも、よくない気配がするって言ってた。もしこれが何らかの呪詛で、この桜の樹を封印していたとしたら……。この桜の急激な衰えも、説明がつくんじゃないかな」
「それデハ……、これを解けバ、桜の問題は解決されるのデスか?」
「そんなの僕に聞かれても、分からないよ。なら、やってみればいいんじゃない?」
堂々とした開き直りっぷりである。
「や、やって、みる……。こ。これを、外せば、いいのかな」
意外にも、真っ先に手を伸ばしたのは萌黄だった。
「!萌黄!よくないものかもしれない。用心してくれ」
「う、うん……。でも、もしこの樹が、これで苦しんでるんだったら……治して、あげたいから……」
この萌黄という少女、人見知りをするだけで、意外と芯は強いようだ。
好きなものに対しては、思わぬこだわりを見せる。
「う、んしょ……」
その細い指を、樹にささる金具にかけ、引き抜こうと引っ張る。
「ん~……」
「……」
びくともしない。
それはもう、一ミリたりとも動かない。
「うう、だ、だめでした……」
萌黄はがっくりと肩を落とすが、さもありなんというところだろう。
どうみても、この中で一番非力なのは萌黄だ。
「じゃー次、俺やってみてもい?それとも、誰か力自慢とかいたりする?」
見回す檜山に、男性陣は苦笑した。
「私も人並みには力はアルと思いマスが……おそらく、檜山サンには及ばないデショう」
「右に同じ。僕は頭脳派なんだ」
「うわー。自分で頭脳派とか言っちゃう奴、うさんくせー……。ま、とりあえずやってみるわ」
檜山は細身ではあるが、どちらかというと筋肉質な体育会系の体つきをしている。
「ん! ……ん~~~……!」
その彼が、渾身の力を込めて、金具を引く。
両腕には筋肉が盛り上がり、かなりの力がかかっているのが見ても分かる。
それでも、金具は動く気配すらなかった。
「……っぷは! あ~、こりゃ、だめだわ。俺じゃ無理。指の方が壊れそー」
だいぶがんばったのだろう、両手をぷらぷらさせている。
「檜山サンでも無理デシたか……」
「ううん、何か道具が必要かなあ」
「――なー、あんた、やってみれば?」
「……ん?わ、私か?」
檜山に話を振られ、動転する明。
見ていて気分のよいものではないから、封印――らしきもの――から目を逸らしていたのだ。
「元はといえばあんたが見つけたもんじゃん。あんたなら別かもしんないし、試すだけ試してみれば?」
「こ、これに触れというのか……?」
「んな、汚物でも見るような目で見んなよ……。俺今目いっぱいそれに触ってたんだぜー」
「い、いや。そんなつもりはない。だが、いかにも縁起の悪そうと言うか、祟られそうと言うか……」
「一蓮托生。そんときゃそん時。一緒に呪われようぜ!」
「檜山君のそのプラス思考はもはや見ていて清清しいよね……」
じゃれあう仲間たちを尻目に、明はごくりとつばを飲む。
なんと言われようと、明にとって、それは不吉な対象にしか見えなかった。
だが、萌黄ですら頑張ってくれたのだ。ここで自分だけ尻込みするわけにはいくまい。
「わ、わかった……。やるだけ、やってみよう」
「おー、その意気だ。行け行け」
「む、無理は、しないで、ね……く、久遠時、さん」
「万一の時は、祈祷する」
皆の声援を背に、封印を直視する。
やはり、闇にまとわれてよく見えない。
指で探るようにして、なんとか金具を探し当てる。
つかんだ。自分の中のどこかで、離せと声がする。
それを振り切って、渾身の力を込めて金具を引き抜いた。
「うわっ!?」
ずさっ!
「久遠時サン!?」
「だ、大丈夫!?」
勢いあまって後ろにすっころんだ明に、ミランと萌黄が真っ先にかけよる。
金具は――抜けた。
いともあっけなく、あっさりと、抜けてしまったのだ。
そのせいで、思い切り込めた力は全て明自身に降りかかって――情けないことに尻餅をついてしまった。
唖然として手に持った金具を見つめる。
「抜け……た?」
「何故。久遠時は檜山より非力」
「それより。あといくつか封印は残ってるみたいだよ。もう一気に抜いちゃったら?」
「お前、いつでもそんな調子なのな……」
ぽかんと、呆けていた明は、我に返ると立て続けに金具を抜き始めた。
「ええい、何が何やらわからんが、嫌なことは早く終わらせるに限る!」
破竹の勢い。
「うん、いいね。前向きな女の子は好きだよ」
「あれ、前向きっていうか、やけっぱちって感じじゃね……?」
全ての金具を抜き終えた、その時。
「きゃあっ!」
「!」
閃光とともに、
「――え、なに? うわっ、外!? ――え、うそうそ、今はいつ? ここはどこ!?」
そんな、お約束のような台詞を吐いて、
美しい着物姿の女性が、姿を現した。
複雑に結われた、古風な髪形。しゃらりと揺れる、いくつもの玉飾り。
そんな女性に――
「今は倭暦二六七五年。ここは神学院高等部、正門横桜の樹前」
「即座に答えんのかよっ!」
淡々と言う露草に突っ込む檜山。
ノリのいい男である。
だが、それから――膝をつき、深く頭を下げた。
明を除く全員が、そろって同じ姿勢をとる。
昔話から抜け出てきたような女性は、ゆっくりと檜山たちを見回した。
「――あなたたちは、誰」
「本年度、この学園に入学いたしマシた、新入生でございマス」
「……私は誰、とはお聞きにならないのですね」
冗談のようにつぶやく一夜。
珍しいものでも見るように、女性はそれを見た。
「面白いことを言うのね――私が誰か、私に、分からないはずがないでしょう」
桜の樹を振り返る。
「長く封印されようと、そんなことまで忘れるはずはないわ。そう……倭暦二六七五年、もうそんなに経ったの」
それを明は、ただ一人立って見ていた。
明にはわからなかった。
なぜ、みんながそんな風に、その女性を敬うような体勢をとるのかわからなかった。
だって、そんなはずはないのに。
明に姿が見えて、声も聞くことができる女性が、そのような存在であるはずがないのに。
「私を解放したのは貴方?」
「いえ。――そちらで呆けている、彼女です」
女性の瞳が、真っ直ぐに明を貫いた。
思わず息を呑む。
心の奥底まで覗かれたような気がした。
「…………。貴方なのね……。そう。――封印を解いてくれて、どうもありがとう」
そして女性は語る。
「私は木花咲耶姫」
淡々と。
「天照大神の孫ニニギノミコトの、妻よ」




