表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
13/20

~よろず部にて~

「…………」

「…………」

 まず言った。

「きみは、そうやってずっと誰か来るのを待っていたのか?」

「そういう野暮(やぼ)なところは、やり過ごしてくれると嬉しいんだけどな」

 ひょい、とがらくたから飛び降りる。

 近づいて来た少年は、やはり、入学式の日に噴水で出会った、あの少年だった。

「よろず部……と言ったか」

「うん。そう。――といっても、正式にはまだ部活じゃないんだけど」

「部活では、ない――?」

 少年は再び頷く。

「正式な部として申請するには、部長の他に五人の部員が必要なんだって。部の乱立を避けるために」

「……。それで。今、この部には何人の部員がいるんだ」

零人(れいにん)

「零人!?」

「そう。つまり、今は部長のこの僕だけ」

「それは部活とは言わないではないか!」

「うん。だから、部員募集の意味も込めて張り紙を出したんだよね。どう?きみ、よろず部に入らない?」

 飄々(ひょうひょう)と話す少年を、明は珍しいものでも見るような目で見た。

「……名前も知らない相手を部活に誘おうというのか」

「あ。そっか。お互い自己紹介もまだだったね」

 しまった、というように、ぽんと手を打って言う。

「僕は一年二級、網利(あみり)一夜(かずや)

「……私は久遠時明。一年無級だ」

「そう。よろしく」

 相槌はたったそれだけだった。

 その二言を言った後は、他にも誰か来ないかなあ、などと言いつつ、出入り口をのぞき見ている。

「……それだけか?」

「それだけって?」

「私の……その、名前や、組に。何か言うことはないのか?」

「何か言ってほしかったの?」

「――っ」

 思わず絶句した。

 驚きと、次いで、恥ずかしさに襲われた。

 いつの間にか、自分の名前を人々が特別視することを、当たり前のように受け入れていたことに気付かされた。

 自分はそんな特別な存在ではない、と思っていたはずだったのに。

「久遠時の名前は知ってる。でもきみの事は知らない。だから何も言えることはないかな」

「……そうか」

「無級って、変わった人たちがいっぱいいるらしいね。それは興味があるな」

「……そうだな。変人は多い、かもしれない」

 自分がその変人の一人であるとは少しも思っていない明である。

「どうして笑ってるの?」

「ん?」

「きみが。なんだか楽しそうに笑ってる」

 言われて、顔に手をやる。たしかに、口元がほころんでいる、かもしれない。

「笑っていたか?」

「うん。かわいかったよ」

「…………その単語は人生で初めて言われた気がするな」

「そう? ふうん」

 それきり興味をなくしたように、がらくたをもてあそび始める少年――一夜だったか。

「一年生の部長しかしない、部活か。部員もいないのに、なぜよろず部などしようと思ったのだ?」

「入りたい部活がなかったから」

 即座に返ってきた答えに、明は二の句が告げなかった。

「……だから、自分で新しい部活を創ろうというのか?」

「うん。そんなに変かな?一通り部活は見てみたんだけどね。どうも、ぴんとくるのが無かった。――この学園って、向上心がある人が多いんだね。もしくは多趣味かな? 自分の技術を磨く、知識欲を満たす、活動に没頭する――そういう部活はいっぱいあった。でも、どっちかっていうと、僕は自分にはあまり興味が無くてさ。得意なことも無ければ、やりたいことも特に無い。だから一つくらい、他人のための部活があってもいいんじゃないかと思ったんだよ」

「他人の、ため……」

 少年は肩をすくめる。

「なんて、大層にいうほど大げさに考えてるわけじゃないよ。ただ、元からある部に入るより、面白そうだなって思っただけ」

「……こんな場所に閉じ込められていてもか」

「あ、そうそう。なんかやったら若い先生の――最初は生徒かと思ったんだけど――神楽(かぐら)とかいう人に言ったらさ、ここだったら使っていないから、部室にしてもばれないだろうって。鍵くれたんだよね」

 ……ばれないだろうとは。神楽先生のことだ、絶対許可は取っていないな、と明は確信した。

「……部室にするには、まずは片づけから始めねばならんな」

「まあねえ。足の踏み場もないものね、ここ。――って、あれ? その口ぶりだと、きみも協力してくれるみたいな感じだけど?」

「……まだ決めたわけではない。だが、興味はある」

 自分(くおんじ)の名前ではなく、自分(あかり)自身を見てくれた少年に。

 そして、もう一つ――。

「あの広告の、ことだがな」

「ああ、下駄箱前に貼ってたあれ? それがどうかした?」

「神様、探します。と書いてあった」

「うん。そうだね」

「――本当に、神様でも探してくれるのか?」

 これまでとは違う、改まった様子で。

 明は真剣に問いかけた。

「んー、まあやってみないと分かんないけど。かの有名な神学院なんだから、神様なんかいくらでも見つかるんじゃない?」

 一夜はけろりと言う。

「『現視(うつし)』の能力を持たない私でも、見つけられるか?」

「え。神様、見えないの? うっそ。久遠時って(かんなぎ)の超名門なんじゃないの? 現視なんて基本中の基本じゃない。きみってもしかして稀な例外か何か?」

「きみは本当にはっきりと物を言うな……」

 その点、実は明と似たもの同士なのだが、当の本人は気付かない。

 率直な物言いは、不快ではなかった。

「まあ、その通りだ。そんな私でも、神に会いたいと思ってこの神学院に入った。だが、入ったからといってそうそう会えるものでもないと思っていた。そこへ来て、あの張り紙だ。きみが貼ったよろず部の広告は、とても見過ごせなかった。――本当に、探してくれるのか、と」

「そっか。きみにとっては大事な一文だったんだねえ。――ごめん。適当に書いちゃった」

「………………そうか」

「あ、じゃあまずさ、きみが現視の力を得るにはどうすればいいかを考えようよ」

「……は?」

 あからさまに落ち込んだ明だったが、次の言葉に顔を上げた。

「今、現視の力がないなら、身につければいいじゃない。それをよろず部で探すことを、依頼にするのはどう?」

「…………いや、しかし。一通りの訓練は、これまでもしてきたぞ。それでも駄目だったのだ」

「これからも駄目だとは限らないよ。せっかくここまで来てくれたんだ。よろず部の、最初の依頼人になってくれてもいいんじゃない?」

「……まだ部ではないのではなかったのか」

「じゃあ、よろず部じゃなくてもいいよ。部活動としてじゃなくてもいい。次期よろず部部長である、この網利一夜に、ご依頼をいただけませんか?」

 芝居めいたその言い回しに、明は笑いをもらした。

「やっかいごとの依頼をねだるとは、変わった奴だな」

「たしかに僕は変わってるかもしれないけれど、やっかいごとも考えようによっては面白い遊びになる。――知恵の輪だってそうじゃない。あんなややこしいもの、別に解かなくたっていいのに、解きたくなるし、解ければ嬉しい。達成感も得られる。同じようなものじゃないかな」

 今度こそ明は声に出して笑った。

 少年の言葉は、いちいち楽しくて仕方が無い。

「私の十五年間の悩みが――たかが、知恵の輪か」

「あ、怒った?」

「いいや。物は言いようだと思っただけだ。なるほど一理あるよ。――私も、挑戦することを楽しむとしよう」

「いいね、その調子。それじゃ、商談成立ってことで。達成報酬は、部員になること、とかでどう?」

「ああ。かまわない」

 本当はもう入部してもいいかとも思っていたのだが、そんな風に言った。

 ――もう少し、一夜の誘いを聞いてみたい。そう思ったのかもしれない。

 白い美少年と琥珀の美少女の話がまとまりかけた、その時。

「こ、ここでいい、のかな……。ほんとに、合ってるのかな……」

 とん。――とん、とん。

「こ、こんにちは。し、失礼、します……」

 控えめなノックの音と共に、おずおずと扉が開いた。

「あ、あのっ。こ、ここで、色々、そ、相談に、乗ってくれるって、聞いて、そ、それで……」

 明にも気付かず、うつむいて必死に話そうとする少女。

 詩籐萌黄(しとうもえぎ)だった。

 それを見て。

「――どうやら、正真正銘のご依頼人の登場だ」

 一夜は楽しそうに笑って、その小動物のような来訪者を出迎えた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ