登校初日
いずこにも在り、自覚せし子らよ
人は神にあらず
神は人にあらず
希望は祝福であり、そして呪いである
知るべきを知り、問うべきを問い、八百万の神と人に誠実たれ
――神学院高等部 碑文より抜粋
***
――今年も、桜は満開だった。
ひらひらと。はらはらと。
薄桜色が次々と舞いおり、春風に散る。
いつもの風景が、どこか異界めいて幻想的だった。
美しい、と久遠時明は素直にそう思った。
すらりと伸びた長身。琥珀色の短い髪。
(都合よく晴天だ。空の青に、桜の白さがまぶしい)
「見事だな……」
思わず、声に出していた。
返答を期待したわけではなかったが、予想外に答える声があった。
「噂通りでしたね。神学院の桜は、毎年入学式の日に必ず、満開に咲き誇る――って」
明は隣を見る。
幼馴染が、同じように景色に見惚れながら微笑んでいた。
「紫」
名前を呼ぶと、笑顔のまま、久遠時紫は明を振り返る。
(相変わらず、綺麗な少女だ)
改めて、そんな風に思う。
日本人形のような――といってもまだ足りない。
長く真っ直ぐな黒髪は絹のようになめらか。
小さく華奢な体に、大きな瞳。
肌の白さに、頬と唇の紅色が映える。
(自然の風景のように、紫も美しい)
そう思いながら、答えを返した。
「ああ。入学が叶った優秀な巫候補生たちに、神々が祝福を送るのだ――だったかな。」
「その噂も頷けますわ。こうして敷地内に入っただけでも、ご神木はもちろん……、地主神に水の神、風の神に、それからたくさんの小さき神々も――。至る所に、お姿が拝見できます。畏れ多いほどの神気に満ち満ちています」
「そう、なのか。同じ光景が見れないのは残念だが――」
明は、紫と違って神の姿を見ることはできない。
それでも確かに、たくさんの人ではない気配は感じていた。
それに。
明は改めて桜花を振り仰ぐ。
「この桜は、無事、紫と一緒に見ることができてよかった。神学院に通うことができるとはな。感無量だ」
明が晴れやかに笑って返すと、紫は、わざとらしく眉を上げ、口を尖らせた。
「あら。久遠時家直系の、この私がつきっきりでご指導差し上げたのです。これで受からないなんて、久遠時本家の名誉にかけても許せませんわ」
上品な口調にふさわしい、鈴を鳴らすような声。
皮肉めいた発言だが、もちろん、冗談で言っているのだ。叱るような表情でも、目はいたずらっぽく笑っている。
しかし、この一年の指導――というか、問答無用の水ももらさぬような知識の叩き込み――もとい、英才教育を思い出し、明は苦笑した。
紫の協力がなければ合格は難しかっただろうし、感謝もしているのだが……。
(この一年で、高等部三年分を優に超える勉強をした気がするぞ……)
にこやかに笑いながらも一切の妥協がない紫の家庭教師ぶりは、今でも夢に見そうだ。
もちろん悪夢だ。
ずいぶんと奇妙な二人だった。
共に久遠時姓を持ち、同じ年に入学してきながらも、どうみても双子には見えない。
親類と見るにも、なんだか無理がある。顔かたちも含め、あまりにも体のつくりや雰囲気が違いすぎるのだ。
それでいて、古くからの付き合いを感じさせるように親しげである。
周囲に大勢いる、同じ新入生であろう真新しい制服を着た生徒達も、不思議な組み合わせの二人に、ちらちらと盗み見るような視線を投げかけている。
それに気付き、明はなにやら心得たように頷いた。
「さすがは紫だ。やっぱりきみはどこに居ても目立つんだな」
「はい?」
きょとんとした顔で、紫は振り仰ぐ。
白いブラウスに、えんじ色のスカート。そして紺色の上着。
現代風の仕立てながらも、古式ゆかしい装飾を取り入れた高等部の制服は、日本人形のように美しい紫によく似合っている、と明は思う。
「気付いていないのか?不自然に周りの視線がこちらに集中している。紫は外見も綺麗だし、身にまとっている神気も人より多いから、注目を集めているんだろう」
当たり前のことのようにさらりと言う明に、紫はあからさまに呆れたようにぽかんと口を開け、まじまじと明を見つめた。
「……?なんだ?そんな顔をするとせっかくの美人が台無しだぞ」
「……。いえ、私のことはどうでもいいのです。気にしないでください」
何かを諦めたように紫はため息をついた。
(本当に……。相っっっ変わらず、ご自分のことには無頓着なんですのね……)
さり気なく周囲に視線を走らせ、紫は心の中でぼやく。
確かに視線は集中している。
紫と明の二人ともに対して。
「え、なにあの新入生の男の子、すっごい美少年!……って、スカートはいてる!?」
「きゃー!あの琥珀色の髪の子すごくかっこいい!……って、スカートはいてる!?」
「うわ、なんだよあの美男美女の組合せ。うらやまし……って、スカートはいてる!?」
紫に勝るとも劣らぬ、彫刻のように整った中性的な美貌をもつ明は、百七十センチ近い長身とやや冷たい雰囲気、そしてその男性的な口調から、ともすれば美少年とも見え、幼少時より女生徒――と、一部の男子生徒――に圧倒的な人気を誇る美少女であることに、本人だけは全く自覚がないのであった。
ともあれ本日。
八百万の神々が住まうこの葦原の中つ国――倭国――において、代々優秀な巫女・巫覡を排出し続ける、国内最高峰の神学術の学び舎である神学院の高等部、入学式。
久遠時明。十五歳。女。
久遠時紫。十五歳。女。
二人の高校生活三年間が、ここにはじまった。
読者の皆様が読んで楽しい、を第一目標に書いていきたいと思います。賛否問わず、評価歓迎です。これからどうぞよろしくお願いします。
※15.09.11改稿