奴隷の王-4(1)
奴隷たちは、純朴だった。
ケンジという男が来るまで、話を繋いでおくだけのつもりだったが、いつの間にか隊長だけでなく、僕も奴隷と話していた。そして、もう一人の男にも話は振られ、男も応えた。
いつしか、三人バラバラに、奴隷たちと話していた。
笑い声が青空と豊かな作物が実る大地に挟まれ、いくつも起こるのだった。じりじりと照る太陽は、ただ暖かだった。正直、楽しかった。今まで役所で話して、こんな気持ちになったことはなかった。
そうしていると、田のあぜ道の地平線から、視界に巨大な岩のようなものが入ってきた。それは、こちらに近づいていた。
人だと気づくのに、我に返るのに少しかかった。
いや、人の形をしていることがわかっただけで、人とはまだ認められないでいた。
自分の目の方をまだ、疑っている。遠近感が、おかしくなったのではないかと。
「彼が、ケンジですか」
わかっているのに、訊いた。イエスの答えが返ってくるのはわかったから、ああとか、そうだとかいう答えが返ってきたのも、聞かなかった。徐々に巨人は、近づいてくる。
「さ、参謀殿」
「わかっています」
あいつは、危険だ。理性で考えるまでなく、直感で体に訴えてくる。二人の愕然とした声が、震えていた。
「そうでは、ありません」
なんだというんだ、こいつは、所詮体が大きいだけのことだろう。
「っ違います! 目を、ご覧ください」
目が、どうしたというんだ。お前たち軍人と違い、僕は、目がよくない。
それが、次第に見えてきた時、僕は、強大な物を目にしたこととは、違う畏れを抱いてしまった。
ついに、巨人は俺たちとの距離を、五歩もないぐらいまで縮めた。この巨人なら、二歩で十分だろう。そこまでで十分に、瞳は見ることができた。
「俺が、ケンジだ」
巨人の男の瞳は、金色だった。小さな僕だけでなく、隊長も誰も、見上げなければ男の顔を見れなかった。そして、見上げた先には金色の瞳がある。
「あ、あなたは、誰なのですか」
巨人は、この男は何を言っているんだというような顔をして、ケンジだ、と繰り返した。
「そういう意味では……、ありません」
歯を食い縛るような声が出た。目の前の男は、王族ではない。王族では、ありえない。言うように、ただのケンジなのだろう。
だが、何故僕の体が、貴族を目の前にした以上に震えているのか。
「わからん、な」
声は、太く低い。威厳を持った声だが、相手を威圧する声ではない。
何だ、何なのだ。
「あ、あなたは、ここの管理者を討ったとお聞きしました」
横の少年が、ケン兄、あのデブの盗人だよ、と教えた。……騎士候だぞ。
「あぁ。俺が、殺した」
「なぜ……。殺すまでのことは、なかったのではないのですか」
「まぁ、死んでしまったものは仕方がない」
「その太い手で、何人の命を奪ったのですか?」
「いや? 初めてだが?」
まさか――、そんなことが? これだけの、大きな力を持ちながら、法にも、立場にも縛られない男が、そう生きていられるのか?
「我慢、ならなかったとか?」
「いや、拒んだ。俺が拒むのを拒んだ。意思を持つことを拒まれれば、後は手を出すしかないだろう」
「奴隷に、それは許されません」
「奴隷とは、何だ? あの男も、そんなことを言っていたが」
それすら、知らないというのか。
常識がない。概念も、意思疎通のための前提が無いものには、僕たちの言葉は通じない。
何をもって、交渉すればよいのか。迷っていると、男の方から言葉をかけてきた。
「お前たちは、何をしに来たんだ」
不意を突かれ、戸惑ってしまった。代わりに、というように隊長が返答した。
「我々は、調査をしにきた。あな――、いや、君が殺した管理者のことについてだ」
隊長が言い直して、ようやく僕も気づいた。この男は管理者殺害の被疑者であり、気づかう必要などもない。
「そうか。外には様々な人間がいて、様々な仕事があると聞いている」
ただ生きればいいという、俺たちとは違うのだろうな。協力しよう。と加えた。
「彼がしていたことは、今、誰がしているのですか?」
外堀を埋めるように、隊長は訊いた。
「鞭を打つようなことは、誰もしていないな」
それ以外に、あいつは何をしていたんだ? というような顔で言う。まぁ、実際に進捗を急がせる以外は、報告書を書くのみだ。奴隷たちの前でやる仕事など、なかったのだろう。
「この町を支配している自覚は、ありますか」
「あの男は鞭を打ちながら、仕事の割り振りを決めていたのだと思った。それは、あの男が生きている頃も、見えないところで俺がやってもいた」




