33話 熊の子
「どうした、主殿?」
富士さんが急に立ち止まった俺を心配して話しかけてくれたが――――。
「いや、なんでもない……先を急ごう」
心配させたくない――――と言うより、今は響也の事なんかどうでもいいと言ったところである、契約が切れたと言ってもあいつと交わしたのは《従者契約》だ。
この契約は契約対象が契約主を信頼している場合のみ契約できる、つまり契約対象が契約主に対しての信頼が切れた状態では契約も切れてしまうのだろう……それでも少し気になるのは他人がそれを少し強引にぶった切ったような感覚があったからだ。
どちらにしろ俺にはもうどうすることもできない、契約が切れた以上あいつが何処にいるか、生きているのか等の情報は得られないんだ。
「……しょーご君、きょーや君に何かあったの?」
亜理子が小声で話しかけてきた、流石に幼馴染といったとこか、俺の表情だけで何があったか察したのだろう……俺は自分の魔力を意識している方へ向けると前に言われたが心を読まれてたのは多分それで、今考えてたのはあくまで響也の事だから思考は漏れてないはず。
「大丈夫だよ、読んだとかそういうのじゃないから」
……そんなこと言うから余計に心配になってきたんだけど。
「とにかく、今はどうしようもないから後で考える」
「そっか、分かった」
亜理子はそれで納得してくれたらしい。
それにしても、深い森だな、どこまで続いてるんだか――――その時だった、背筋が凍るというか何か寒気を感じた。
「止まれ!」
突然叫んだ俺にみんなが立ち止まった。
「どうしたのじゃ?」
富士さんは何があったのか分からなかったらしい……俺だけが気づけたという事は――――時間か空間、そのどっちかに絞られる。
召喚術っていうのは空間を捻じ曲げ、対象を引き寄せることで行われる魔法であり、その間のタイムラグを埋めるために時間を停止させる必要がある。
必然的に時間と空間の魔法に長けたものが召喚術師ということになる。
この世界に多く居るのは召喚術士で彼らは時間まではどうにもできない、従って魔法を発動しても召喚対象がすぐに現れない場合や、魔法陣を抜けるのに時間がかかる場合もある。
脱線したが、要するに時間に関しての事なら俺だけは気づけるしどうにかできる、空間に関してなら召喚術士でも事足りる。
それで今感じた異変は……両方だった。
何かしらの結界に閉じ込められた様だ、捻れた空間の中に……恐らくは過去の虚像を写す類のものだ。
「閉じ込められたな……」
「結界か?」
「知ってたのかフランス……」
知っていたんなら先に言って欲しかったんだがな。
「いや、あくまで噂なんだが……噂通りならこれは危険な類のものではないぞ、ほら来るぞ」
そう言ってフランスが指さした先には白い少女が居た。白いと言っても白い三角頭巾……と言っても布地が広く少女の頭をすっぽり覆い隠していて髪の毛が見えないって感じで白いフリルのたくさん付いた服を着ていた。
童話とかで見かける赤頭巾の白バージョンとでも言ったほうが早いか。
「アレは幻覚だな……いや実体はあるっぽいが姿があの姿に見えるようにしてる、と言ったところか」
ちなみに俺が探知した魔力反応はどうやらあの少女のようだったが、さてどうしたもんか。
「噂によればあの少女が、森の中で熊に出会い、恋に落ちるも猟師に熊もろとも撃ち殺されるという惨劇を見せられるらしい」
「ともすれば、あの少女はその撃ち殺された少女と熊の娘ということかのぅ……私にそのような幻術は通用せんよ、お嬢さん」
富士さんには幻術は聞かないらしい、空間の異常には気付かなかったくせに。
「え、う……あ?」
少女はペタンと尻餅をついてその場に倒れた。
「ふむ、少し威圧が過ぎたかのぅ」
犯人はお前か……。
「おい、大丈夫か?」
俺は地面に座り込んだ少女に近寄り手を差し出した。少女も「あ、どうも」と言った感じで俺の手を取り立ち上がる。
「それで、お前は誰なんだ?」
とか言いながら俺はその頭にある三角頭巾をさり気無く奪い取る訳ですよ――――頭巾の脱げた少女の頭からは栗毛色の髪が、一体どうやって隠していたのかというほど大量に溢れ、その頭の上には耳が……楕円というか半円というかとにかくアリサやミケネのような尖った耳ではなく丸みを帯びた獣耳が付いていた。
なんというデジャヴュ……アリサの時もこんな感じじゃなかっただろうか、気のせい?
「やはりこの子が現代の熊の精霊……いや半精霊のようじゃな、人と交わったか、あの熊め……であやつは死んだのか?」
「……はい」
「それでお主はこの森で一人で?」
「はい」
ここは富士さんに任せておいたほうが良さそう? なんか俺の出る幕ではないようだし――――。
「ちょっといいか、主殿、この少女な、もうじき死ぬ……だからこの少女と契れ」
「は?」
は? である、契る? それって……アレか? 夜なってからしたほうがいいアレの事だろうか。
「何を考えておる……言い方が悪かったか、アレじゃ、ほら名前を付けるやつ」
名前を付ける? ……ああ、《命名契約》ね、なんだそれならそうと初めから言って欲しいな――――そう思いつつも俺は少女の頭……右獣耳と左獣耳の間に手を置いた。




