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trip change  作者: tamap
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変貌

 「リンちゃんたらぁ」

彼女が涙に滲んだ声で言うと、もう一人の娘はしまったと言うような顔をした。

「すまぬ、レイコ」

リンと呼ばれた、娘と言うより少女と言った方が良い幼さの残った顔立ちの彼女は言った。

「だが、あいつらが悪いのだ。汚い手でレイコに触れた」

「でも、何もしてないわ」

「されてからでは遅い。

ああいう奴らは生半可な事では逆恨みするだけだ。レイコもあんな奴らに付きまとわれたくはあるまい。

やるなら徹底的にやるに限る。本当ならば、頭を潰しておく方が良いのだぞ」

「やめて、怖い事言わないで!」

レイコは悲鳴のような声を上げた。


 無二の親友だったリンこと白川鈴香がレイコと二人の時に限ってだが男の子の様な言葉を使い振る舞う様になったのは三か月ばかり前からだった。

 あの日、三日も学校を休んでいる鈴香を訪ねて彼女のアパートを訪れたレイコは、中から現れた鈴香を見て驚いた。

一瞬別人かと思った。

 だが、レイコは鈴香のその変貌の理由が判る気がした。

「あ、あのね鈴香。

とっても怒っているかも知れないけれど、本当に悪気なんて無かったの。

もっと早く来たかったけど、鈴香がどんなに傷ついて怒っているかと思うと勇気が出なくって・・・」

早口でそこまで言った時、鈴香はすっと手を上げレイコを黙らせると中に入る様にという仕草をした。

鈴香らしくないその仕草にちょっと驚いたものの少しホッとして招かれるままに入口の玄関とも言えない狭い靴脱ぎでパンプスを脱ぎ、入ってすぐの狭い畳の部屋に上がる。

「ケーキを持って来たのよ。お茶を淹れるわね」

部屋の中央のちゃぶ台に持って来たケーキの箱を置き、勝手知ったる親友の家だからいつものように紅茶の支度をしようとして部屋の中が妙に整然と片付いているのに気付いた。


 鈴香がけしてズボラと言う訳では無いものの整理整頓が致命的なまでに下手だと、もう三年近くも付き合ってきた彼女は良く知っていた。

 お母さんでも来たのかしら、と思いながらいつもの所に有るカップとティーバッグを取り出しポットの湯を使おうとして空なのに気付き鈴香にしては珍しいと思った。

お茶好きな鈴香は今までポットのお湯を切らす事など無かったのに。


 手早く二人分のお湯だけ沸かし紅茶を入れケーキ用の皿とフォークと共にちゃぶ台に運んで行くと、レイコは鈴香が観察するような目でじっと彼女を見ていた事に気付いた。

「どうしたの、鈴香?」

二人の前に紅茶を置き、やはりいつもの所にあったシュガースティクを出す。


 「あなたは誰なのだろう」

レイコが向かいに座るのを待っていたように発せられた問いに彼女は殴られたようにショックを感じた。

たちまちレイコの目に溢れて来る涙に今度は鈴香の方が驚いた様だった。

「すまぬ、だが本当に判らぬのだ。

私はスズカでは無いし、あなたも知らない。この世界自体知らないのだ。

三日前、目覚めたらここに居た。何もかも全く見知らぬ世界に」


 私のせいだ、とレイコは思った。私が鈴香を傷つけたから、と。

「鈴香を酷い目に遭わされたくなかったから・・・」再びレイコの目に涙が溢れた。

「あの男がけして王子様なんかじゃ無いって知って欲しかったから。

確かにショックだったと思うわ。でも、あいつに騙された娘たちはあれだけじゃないのよ。

身体を奪われて空っぽになるほど貢がされて、中には風俗に行った娘もいるのよ、莫大な借金背負わされて。

一年の時一緒だった真理ちゃん、実家に連れ戻されたのって、あいつに親の家まで売らされそうになったからよ。

あいつ、裏で危ない奴らとも繋がっているって・・・」

レイコは涙を拭いた。この事だけはきちんと鈴香の耳に入れておかなければならなかった。

たとえ、決定的に鈴香に嫌われてしまっても。

目の前の鈴香の顔がとても優しい笑みを浮かべている事に気付き、レイコは腰が抜けそうなほどの安堵を覚えたがそれは一瞬だった。


 「私は、スズカでは無くリーンと言うのだよ。ついでに女性でも無い。

この身体は女性なのだが、私はれっきとした男でね。

実の所困っているのだ。こんな見知らぬ世界にいきなり連れて来られて。

 君とスズカの経緯は知らないし、スズカがどういう立場の女性であるかも判らない。

だが、ここにじっとこうしている訳にもゆかない。

こうなった事の理由は判らないけれど、私も生きて行かなければならないからね」

 やはり、わたしのせいなんだわ、とレイコは思った。

あのショックで現実を逃避しちゃったんだわ、と。

「で、でも見知らぬ世界って言っても鈴香、日本語しゃべっているじゃない」

レイコは内心引きつりながら指摘した。

「日本と言う国は無かったと思う。我らとて世界中を知っている訳では無いが」

真面目な、本気その物の顔で答えられレイコは頭を抱えたくなった。

けして、鈴香が彼女をからかっているのでも無ければ嫌がらせをしている訳でも無いと殆ど本能的な部分で判ったのだ。


 「言葉は判る。だが文字が読めない。

ここにある沢山の本を見たが殆ど判らない。少し象形文字の様な形の物は判ったと思うのだが・・・。

いっそ、山の中にでも入って人との拘りを断って暮らそうかと思ったが、それではこの体の持ち主が元に戻った時に迷惑をかけてしまうだろうからな。

 そなた、この身体の主の友人と言うのならば助力してはくれまいか。

時間さえかければ文字の問題も解決は付こう。

こう何もかも判らぬ国で勝手なふるまいをすれば身体の主にすまぬ事になる」

耐え難いショックの為に自分を別人だと思い込もうとしているのだ、とレイコは思った。

そして、記憶障害まで・・・・、と。

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