誘拐3
その苔むしたコンクリートの廃墟は殆ど自然に帰りかけているように見えた。
多分、前の大戦の時の物だろう。
一番外側の壁には銃口を出すためなのだろう穴がそこかしこに開けられていて、厚いコンクリートが銃弾を防ぐようになっている。
けれど、一度も戦闘に巻き込まれた事は無いのか苔むしてはいるが剥き出しのコンクリートの壁に弾痕は無い。
半地下の建物の内部はジメジメとして黴臭く、植物の根がコンクリートを突き破っている場所もある。
ザワザワと得体の知れない虫が壁を這いまわる。
床は土が入り込んで草が茂っている場所もあり、屋根が抜けている場所もそこここにある。
けれど、さらに奥に行けば最近人の手が入ったのか入り口付近よりは幾分マシになっていた。
リン達が連れて行かれたのは、その幾分マシな一角の部屋の一つだったが高い所に汚れたガラスに覆われた窓が一つあるだけの殺風景な部屋で、フレームが錆びてペンキが浮き上がったベッドがポツンと置かれている。
ひいっ、とレイコが小さく叫んでリンに縋りつく。
汚い壁に黒っぽい虫が数えきれないほど這いまわっていた。
キッとリンが壁の虫を睨む。
途端に虫たちの動きが活発になりザザッと音を立ててリン達から一番離れた一角に固まる。
リン達が中に入り虫の集まっている壁の反対側に行くのを待っていたようにまるで黒い流れのように虫は開いている扉から逃げ出して行った。
「うわあああーーー!何だこりゃ!」
二人を部屋に連れて来た男達が悲鳴を上げる。
そんな虫に頓着せず、呆然と突っ立っていた顔中入れ墨のある若い男が突然その場にひれ伏した。
「お許しください太陽の神子様。我らはけして神子様に敵対する者ではありませぬ」
「・・・ココパ?」
リンのつぶやきを聞いた途端、入れ墨の男はガンっと床に額を叩きつけるようにもっと頭を下げようとした。
「おお!神子様、昨日師匠に頂いたばかりの名をご存じとは」
彼らの部族の一般の者に名前は無い。
ただ、シャーマンだけが名を得るのだ。
そして彼は昨日、大いなる者に見えるのだからと、名を頂いたばかりだった。
そう言う訳か、とリンは心の中で呟いた。
彼がここに来る事になったのも決められた事だったらしい。
一見二人の会話が成り立っているようだが、原住民の入れ墨の男が日本語や英語を喋っている訳では無い。
そして、リンにとっても入れ墨の男の言葉が判っている訳でも無かった。
リンはただ、聞かされていた名前を口にしただけだった。
何はともあれ千載一遇のチャンス。
リン達を連れて来たのは半数以上が原住民、そうでない者は二人の白人だけだった。
小娘二人と油断しきっていたのだろう。
リンの本性も全く気付かれて無く、一応は銃を手にしていたが、撃つ事があるなんて思ってもいなかったようだ。
二人の銃はあっさりとリンの手に渡り男達は殴られ蹴られて、銃を突きつけられていた。
銃の扱い?
勿論アメリカへの短期留学の際に経験済み、と言うか一度レイコに射撃場に連れて行ってもらった後はレイコに内緒の夜遊びの中でみっちりと練習を積んでいる。
この廃墟の中に居る人間はこの場に居る者達だけだとリンには判っていた。
この大がかりな誘拐劇を仕組んだ奴らがこんなチンピラ二人などとは考えられないが何かの手違いか、女子供と油断しきっていたのかもしれない。
原住民の戦士たちは敵には回らなかった。
尊敬するシャーマンがひれ伏した事で武器を構える事すらしていない。
レイコが居るので動き辛くはあるがチャンスは生かさなくてはならない。




