過去
リンは目覚めた。
夢を見ていたとは思わなかった。
帰れないと知って幾分は落胆したが、覚悟は出来た。
今すぐに戻れると聞いたとして、レイコを残して去る事が平気で出来るとも思えない。
これで良かったのかも知れないと思う。
鈴香の事情は本人から聞かされた。
鈴香は自らの粗末な体と高スペックなリーンの身体を取り換えてしまった事をすまないと何度も謝っていた。
鈴香の実の母は既に亡くなっている。
鈴香が10歳くらいの頃だ。
その後、後妻として今の母が来たのだが、鈴香とはあまり性格的に合わなかった。
悪い人では無いし、鈴香の母として努力はしていたのだが、性格が違い過ぎた。
明るく外交的な義母と内向的な鈴香。
一人で本を読んで居る方が良い鈴香を外に引っ張り出そうとする義母。
義母が父と結婚して家に来た時、すでに2人の子持ちだったがその子供たちが父の実子だった事にも衝撃を受けた。
鈴香の実母は元々体が弱く、鈴香を出産した頃から体調を崩す事が多く、その後長く入院していて居たのだが、その頃父の浮気で生まれた子供だった。
浮気とは言うものの本気だった様で、実母の死んだ後直ぐに家に入れ、一年もしない内に籍に入れていた。
実母には両親共に既に無く、親戚自体が少なかったので誰からも文句は無かったようだ。
実母の葬儀の時、まるで親族のようにかいがいしく葬儀の手配や接客をしていた小母さんが義母になるなんて、その時には思ってもいなかったのだが。
その後は実母の事などまるで忘れ去られたように法事なども無く、実母の存在が忘れ去られたように新しい家族が出来あがっていた。
母の持って来た嫁入り箪笥は一つ、また一つと処分されて行き、母の服や着物もほとんど全て処分された。
数年経つうちに家の中は義母の見立ての好みのお洒落な家具で満たされ、実母の居た頃の思い出の欠片も無くなっていた。
そんな中、鈴香は居たたまれない思いが募って行き、大学入試を機に家を出たのだ。
父はもう、義母と母違いの弟達の父であり自分の父では無いのだとさえ思った。
母は、鈴香の為に遺産を残してくれていた。
そればかりは父も義母も取り上げる事は無く、母の実家の土地家屋を処分したお金が入った通帳をもう死期が近いと悟った母に渡されて、それが進学の資金となっていた。
父や義母は女の子は高卒か短大で良いだろうと言うのを無理に都会の4年制大学に進学したのは、家との決別の証だった。
気の弱い、優柔不断な鈴香の一世一代の決意だった。
それから、一度も家に帰らず家からも忘れ去られているのか連絡も無く、今に至る。
レイコに出会えて親友になった事だけが良い思い出だったと鈴香は言った。
リーンには悪いのだけれど、好きな人が出来たと、別れ際に恥ずかしそうに鈴香は言った。
それがアルスだと聞かされて複雑な思いがする。
確かにあの乳兄弟は優秀な男ではあるのだが、鈴香の今の身体が嘗ての自分の物だった事にちょっと、いやかなり引っ掛かりを感じる。
まあ、もうすでにあれは鈴香の物なのだが。
それにしても、自分も祖の一人?
子供を産むつもりなどはないのだが。
その後に聞いた守らねばならぬ者の最重要人物の名前を聞いてつい聞きただすのを忘れていたのだが・・・。
自然にしていれば良いのだと、ニーケ様はおっしゃった。
すでに確定している過去なのだから、リンが此処に居る事も確定された事。
そして、祖たる者達を守る事も確定されている事。
目の前にその守らねばならない場面が現れた時、普通なら放置するのだが、守る様に動く事だけが求められているようだ。
レイコを守る事は言われるまでも無い事だったが・・・、最重要人物が、村上?




