引っ越し
春には卒業、就職。
リンとレイコは就活の必要さえ無かった。
レイコの実家藤村グループの本部付き秘書室に二人揃って入る事になったのだ。
レイコは跡継ぎとしての修業のため、そしてリンは現社長の藤村太一郎、つまりレイコの父にぜひにと頼まれた形での縁故採用だった。
有名大学からの卒業者が激しい競争を勝ち抜いてやっと入れる長い歴史もある優良企業だったが、その縁故採用者は特別で、コネで入ったなどとバカにされたり差別されたりする事は無い。
何故なら縁故採用されたと言う事は、必ずお偉いさんと繋がりがあるという事なのだ。
そんな縁故採用者に手を出して機嫌を損ねられたら切られるのは必ず手を出した方で、それは新規採用者にも入社の時に先輩たちからキッチリ釘を刺される。
特に本年度は次期社長となるに決まっている社長令嬢が入社して来るのだから。
修行と言っても父親は娘に甘い。
レイコが家を出て、会社の近くにアパートを借りてリンと一緒に住みたいと望めば売り出されたばかりのマンションの部屋を与えた。
ご丁寧にそのマンションを建物ごと買い取って社宅にすると言った具合だ。
可愛い娘のマンションの部屋の隣に見知らぬ人物が住むなんて心配で堪らなかったようだ。
半分がファミリー用、半分が独身者向けワンルームだったので元からある社宅も老朽化していたので丁度都合が良かったようだ。
新築マンションに入居できる社員はそれはもう嬉しかったようで、入社式前には古い社宅から引っ越しして来た社員がファミリー向けの部屋をほぼ埋めていた。
独身者向けは藤村家の意向で女性の入居者が選ばれ、そのマンションの中層にあるワンルームはさながら女子寮の様だった。
そもそも、それほど高級とは言えないマンションだったが、完成前に手に入れたので一階をホテルのフロア風に改装され、ガードマンが常駐し、どこの高級マンション?と言った様相になっているのはやはりレイコの父親の心配性のせいだろう。
代々藤村家が株の80%を持つと言ったオーナー社長なのでそれが出来る。
独身女性が多いマンションなので厳重なセキュリティーも不審に思われる事は無かった。
ただし、入居者には厳重に申し伝えられている事があった。
他人を長期に渡って滞在させない。
家族との同居も会社に届け出る事。
派閥などを作らない。
他人に迷惑を掛けるような勧誘、押し付け等をしない、等だ。
それらを守れない者は即刻退去させる。
古い社宅時代は上司の妻が夫の部下の妻たちと派閥を作って下の者は私用に扱き使われたりして迷惑を蒙っていた人達が多くてそれらは歓迎された。
そもそも、このマンションにはお偉いさんは入居していない。
一番上でも課長止まりだった。
家を持たない部長以上は随分と羨んだ様だったが。
藤村グループは昔から社宅が充実していたので定年まで自宅を持たない社員は多かった。
都心に家を持つのは大変なので本社勤務のほぼ100%が通勤に便利な場所にある社宅暮らしだった。
定年退職してから郊外に隠居目的の家を買い悠々自適の生活をするのが普通なのだ。
「見て見て、リンちゃん。台所広いわ」
2寝室に和室が一つ、結構充実した台所の付いたLDKは独身の娘二人には十分すぎるほどの広さだった。
防火の為にオール電化でベランダに貯湯タンクが付いている仕様だ。
角部屋なのですべての部屋に窓が付いている。
リンは気付いていたが隣の部屋は普通の家族では無い男達が入居している。
心配性のレイコの父親の仕業だろう。
家具は収納は作り付けで後の物もモデルルームの様なオシャレな物が揃っていたのでレイコは服や寝具、食器類などの細々した物だけのひっこしとなったがそれでもトラック一杯の大荷物だった。
リンは本以外たいしたものは無く便利屋の軽トラで済んだ。
白川鈴香の家族は娘の卒業式にも来る事は無かったし、就職に関しても知らん顔だった。
藤村家の調査ではごく普通の家族だったようだが、何か訳ありなのだろうか。
レイコは何も聞いては居ないようだった。
リンとしても見知らぬ他人の鈴香の家族が現れても困るのだが・・・。




