裏側で
「な、何故・・・・」
男はダクダクと血を流しながら地面に這いつくばった。
「何言ってんの、あんたの持って来た仕事をやったら、マイハニーが怪我をする・・・って事は無いと思うけど、あたしが叱られるじゃない。
あたしゃ、ハニーに憎まれたくないし、敵認定されたくないの!
ま、あの冷たい目で虫けらのように見られるのもぞくぞくしてちょっと嬉しいかも~」
彼は体をくねくねさせたがその言葉を聞いている生者はもういなかった。
彼を見たら『なんで、娑婆に出て来てるんだ!』と、叫ぶ者が何人も居るだろう。
つい最近ハイジャックの一味として捕まったはずなのに、と。
「うふふ、そうか~、リンちゃん留学が終わって帰国したんだ~。
あっちじゃ、ずいぶんと楽しそうに遊んでたらしいけど、さすがだな~。
あの町のストリートギャングをあっさり束ねちまうなんて。
まあ、あんなチンピラ共が手向える訳も無いけどね」
そこで、うん?と言う風に周りを見回し眉をしかめる。
「やだな~~~、血塗れじゃん。だれ、汚したの」
床に横たわっている男が聞いたら『お前だ!』と言っただろうが、あいにくもう口は聞けない。
「しょうがないな~、あの国の警官は煩いけど、あっちの隠れ家に行こうっと。
きっと神様があたしの恋を応援してくれてんだね~」
彼はいそいそと旅の支度にとりかかった。
と、いう事で裏の世界で知らぬ者が居ないほど存在を知られたテロリストはウキウキとその国の拠点である隠れ家をあっさりと捨てて旅立った。
凄腕のテロリストであると同時にその異常性も知れ渡っている男はハイジャックをやった時とは全く違う姿形になっていた。
小太りの糸目の男はもうそこには居ない。
代わりにほっそりとしているがそれなりに鍛えられた若いバックパッカーの姿があった。
「うふふ、リンちゃんすぐに行きますよ~。君とその周りに被害を及ぼすバカ野郎は全部無料で排除してあげる。
やだ~、あたしってかっこいい?」
言っている事は糸目の男のままであった。
逮捕されたはずの男がなぜ平然と娑婆に居るのかと言えば、裏取引があったからだ。
そうでなくとも普通の留置場なんかで彼を捕えて置く事なんてできなかった。
裏取引の相手は彼に仕事をしてもらいたい国や組織だ。
テロリスストで異常者であっても彼の仕事は確実で殆ど失敗が無い。
今回のハイジャックの失敗は例外的な事だった。
元々、もっと人数を揃えるはずだったのにリーダー格の男がケチった。
おまけに、リーダーを彼に任せるのを嫌がった。
まあ、ハイジャックは完全な失敗とは言えなかった。
標的の男はちゃんと殺したのだから。
今回のハイジャックの唯一の犠牲者のパイロットを殺すのがそもそもの目的だった。
リーダーの男が計画した国と航空会社に要求する乗客の身代金はそのついででしかない。
パイロットの男は別に世界を股に掛けるスパイなんて者では無く普通のパイロットだったが、知ってはならない国家的な機密を知ったのだ。
もっとも、彼としてはそれがそんな大層な物だとは知らなかった。
ただ、気に入っている小さなバーのマダムに振り向いてもらいたいと思って小耳にはさんだ客の噂話を話した、ただそれだけだったのだ。
けれど、その話を聞く者が聞けば、ある機密に辿り着く事が出来る。
そんな事をあちこちで言いふらされては堪らなかった。
場末のバーのマダムの顔をしたスパイは本国にそれを知らせ、パイロットは命を失う事になった。
表面上はハイジャックの気の毒な犠牲者であり、国家機密など何処をどう穿っても出て来ない完璧さで、仕事は成し遂げられていた。
たった今一人の男を殺した事など嘘のように陽気に鼻歌を歌いながら彼は行く。
世界で一番平和な国に死を撒き散らすために。
1500字位が書きやすいです~。




